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初冬のある日。天気は良いと言えるだろう。白い雲が近くの山に、色濃く影を落としているから。 ゼフィーリアの国境付近の静かな村に、二人の旅人が滞在していた。 宿のないその村で、彼らは家畜を飼う老夫婦の家に、寝泊りしている。 彼らがその村にきて、そろそろ二ヶ月が経とうとしていた。 爆音が上がった。同時に土煙が舞う。当然その中には小石なども混じっているわけで、爆風にあおられ周囲に飛んでいった。 やがて訪れた静寂の中、一人の女性がせわしなく動いていた。 そばにいるもう一人は倒れた大木に腰をおろし、退屈そうに、呆れたように、けれどどことなく幸せそうに彼女の動きを目で追っている。 「ま、田舎の小悪党ならこんなもんかしらね」 ようやく動きを止め、彼女があたりを見回した。 肩に担いだ袋には、なにやら重そうなものがぎっしり詰まっている。 「やれやれ、やっと終わったのか?」 「ごっめーーーん、ガウリイ。お待たせ」 機嫌を取るように媚びた笑みを浮かべる彼女に苦笑して見せ、ガウリイと呼ばれた男性は歩み寄った。 「ほれ、貸せ」 ひょいと、彼女がたった今担いだばかりのそれを取り上げ、自分の肩に移す。 「あ、いいわよ別に、持ってくれなくても」 「はいはい」 口ではそう言いながらも肩から荷物を下ろす気配はない。 「もうっ」 上辺は怒っているようで、実はただの照れ隠し。彼女は頬を膨らませ、ふいっと踵を返した。 「出発するか?」 「言われなくてもするわよ」 声に刺があるように感じられるのも、素直になりきれないせい。 すべてわかっている様子で男はかすかに笑みを浮かべ、女性の後を追った。 早足で進む女性の後をのんびりと歩く。獣道から、もうすぐ街道に出るであろう地点で、彼女は足を止めた。呻き声が聞こえたような気がしたのだ。 山賊の残りかと思い通り過ぎようとしたが、その声が随分年齢を経たものであることに気づき、念のため茂みをかきわけた。 果たして、倒れていたのは一人の老人だった。 「ちょっとおじいちゃん、大丈夫??」 老人が倒れていた。辺りにはキノコが散らばっている。背にしょった籠にも、その半分くらいまでキノコが入っていた。 駆け寄って、抱き起こす。 「大丈夫なのか?」 男も近寄ってきて、老人の顔を覗き込んだ。 男がそう問うたとき、老人が目を開いた。 「あ、おじいちゃん大丈夫?どうしたの?」 答えようとして身じろいだ老人は、痛みにうめいた。 「う、痛っ」 「どこが痛いの?大丈夫?」 「腰を痛めたみたいじゃ」 「腰?」 「うむ。先ほどな、結構派手な爆発音がしてのう、空から小石のようなものが飛んできたんじゃ。驚いて顔を上げた拍子に、ほれ、そこの木の根に足を取られてひっくり返っての。そのときにどうも・・・」 彼女の頬を冷汗が伝った。 「あ、あの。とにかくおうちまでお送りします」 連れの男性のジト目が、彼女の顔に突き刺さる。冷汗を掻きながら、彼女は笑うしかなかった。 送っていった家では、妻が夫の帰りを待っていた。子供は遠くへ嫁入りし、寂しい二人暮し。そんな老夫婦のうちの一人が動けなくなってしまった。流石の彼女も責任を感じ、老人の腰が治るまで逗留し、家業を手伝うことにしたのである。 それから約二ヶ月。老人の腰も癒え、彼らがこの家に滞在する理由はなくなっていた。 しかし、彼女はなかなか腰を上げようとはしない。 なんのかんのと理由を見つけてきては、出立を延ばしている。 そう、男の目には、まるで旅立ちを遅らせているかのように映った。 もちろん、老夫婦の家の居心地が良い、というのは理由の一つだろう。 老夫婦が年の功か、余計な詮索をしない。二人はどういう関係なのかと、問われることは昨今では珍しいことではなく、その度に彼女は苦虫を噛み潰したような顔をしていたのだ。 草の生えた地斜面に膝を座り、ぼんやりと家畜の群れを眺める彼女の隣に腰を下ろし、男が口を開いた。 「まだ出発しないのか?」 不自然にも視線を彼に向けないまま、彼女は曖昧に言葉を返した。 「んー、そうねえ、どうしようかなあ・・・」 「なあ、そんなに怖いのか?お前の姉さん」 帰省を躊躇う理由がなんなのか、男がふと思いついて聞いてみる。 「ん〜〜〜?まあ、怖いっちゃ怖いけど。今回は姉ちゃんが理由じゃないわよ」 「じゃあ?」 「どうなるのかな、と思って。それが怖いの」 「何がだ?」 二人の関係が。 その言葉を飲み込んで、かわりに謝罪を口にした。 「悪かったわね、葡萄の時期に間に合わなくて」 はぐらかされた内容を問い詰めないのは、もしかしたら大方の予測がついているせいかもしれない。彼も話題の転換に話をあわせる。しかし、口から漏れた言葉は、ひどく意味深だった。 「いいさ、どうせ口実だ」 絶句し、彼女はそのときの・・・ゼフィーリアへの帰省を決めた時のことを思い返した。 もしかして、という思いと。まさか、というそれが交錯する。 迷いと照れを即座に振り払い、彼女は口を開いた。 「口実ってどういう意味?」 真意を測るべく、彼女は瞬きもせずに彼を見つめた。その視線を真っ向から受け止めて、ふわりと彼は微笑む。 優しく細められた瞳に、彼女はつい俯いてしまいそうになるのを、必死で堪えた。 「ねえ、どういう意味?」 「嘘とか誤魔化しって意味だよ。 お前さんが知らないはず、ないだろ?」 プイッと彼女がそっぽを向く。 「あんたって、意地悪」 「そりゃま、お互い様だろ」 雲が先ほどよりも増えていた。
<了> |