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「……もう、一緒には居られない」 ぽつりと呟くように言ったガウリイのその言葉に。 あたしは耳を疑った。冗談だと、そう思った。 「……え……?」 「……一緒に、旅は続けられない、と、そう言ったんだ」 あたしの嘘であって欲しいと言う、小さな願いは一瞬のうちに打ち砕かれ、意識が遠ざかるような錯覚を覚えた。 「……冗談……でしょう……?」 かすれる声で、必死に……冗談であって欲しいという願いを込めて、わらにもすがる想いでそう、あたしは……ガウリイに再度聞き返した。 「……本気だ……」 目の前が真っ暗になるっていう表現、あれは本当なんだ、と変なところであたしはそう関心してしまった。 本当に、目の前が真っ暗になって……まるで唐突に光を奪われてしまったような幻覚に見舞われた。 谷底に、信じていた仲間に突き落とされたような、そんな気分。 「……どうして……そんな……」 後半は声がかすれて、ほとんど聞き取れないようだったけれど、ガウリイは、真剣な眼差しを……その奥に深い悲しみをたたえた蒼い瞳をあたしに向けた。 「……お前さんを……愛してるから……」 「なっ……」 予想外の言葉に、あたしは言葉を詰まらせる。 「そっ……なっ……えっ?」 「……愛してるから……だから……」 ふと気がつくと、ガウリイの体が小刻みに震えているのが判った。 「……だから、もう一緒には居られない」 「……どうして、そうなるの……?」 あたしはガウリイをじっと見つめて、またそう尋ねる。 「あたしを愛してると、どうして……一緒に旅を続けられなくなるのよ?」 「……お前さんに嫌われたくないんだ」 真剣な眼差しが、あたしを射貫いた。 「このまま一緒に旅を続けたら……何時か、オレはお前さんを襲っちまう…… そんなことしたら、きっとお前さん、一生オレを許してくれないだろう?」 「ちょ、ちょっと待ってよ……」 「……だから……」 「待ってって言ってるでしょ!」 だんっ、と力一杯テーブルを叩くと、ガウリイがびくんっ、と体を跳ね上げる。 「どーしてそうなるのよっ! あんたがあたしを愛してるって、ただそれだけでっ!」 「ただそれだけって……」 「あたしだって、あんたのこと……その……好きよ……っ!愛してるわっ!」 まるで売り言葉に買い言葉のように、けれどもそれはあたしの真実の想い。今までずーっと心の奥深くに隠してきたその思いを、あたしは解放した。 「……リナ……?」 ガウリイが、不思議そうな目であたしを見つめているのが判った。 「……保護者だったから……ガウリイだって、あたしを子供扱いしてたでしょ? だからずっと……言わずに我慢してきたのに……」 その結果が、この別離、だというのだったら…… それはなんと、無駄な時間を過ごしてきたことだろうか。 「……それでも、もう……」 ガウリイの顔が曇り、視線をそらした。 ……決意は、変わらない、と言いたいのだろうか。 せっかく……お互いの気持ちを確かめ合うことができたというのに…… 同じ方向を向いているっていうのに……? 「……お前さんを愛してる、その気持ちは今も変わらないが……」 「……残酷な言葉ね……」 あたしは、うつむきながらそう呟いた。 「……すまん……」 ガウリイがうつむいたまま、そう言葉を吐いた。 あたしより背が高くて、姿勢の良いガウリイが、まるで怒られたことものように背中をまるめて…… そのせいか、すごく小さく見えた。 「……謝らないでよ……」 あたしの言葉は、けれども言葉にならなかった。 自分の意思とは無関係なところで、瞳からあふれてくる涙があたしの頬を伝って、シーツを濡らした。 その涙の熱さにあたしは初めて、自分が泣いていることに気がついた。 「……謝られたら、余計……惨めじゃない……」 「……すまん……」 あたしの言葉を聞いてるのかいないのか、それでもガウリイは、再び謝罪の言葉を口にした。 ぴくりとも、その体を動かさずに…… 「……おやすみ……ガウリイ」 涙で震える声で、あたしはやっと、そう言った。 「そして……さよなら……」 「……それじゃあ……」 あたしを見ることなく、ガウリイはあたしの部屋を立ち去った。 それが……あたしと、ガウリイの最後の会話だった。 翌朝起きて、目が覚めて……あたしは……昨日のことが現実であると改めて実感した。 泣きはらしてはれぼったい目は、十分な睡眠時間を取ったというのに、まだ眠気を誘う。 枕はしっとりと涙で濡れていて…… そしてなにより、朝ご飯だぞ、と微笑んで起こしに来てくれるはずのあのガウリイの姿が、お昼も過ぎようというのに現れなかった。 あたしはのそのそと体を起こして、階下の食堂へと食事の為に降りて行った。 ウサギは寂しいと死んでしまう、と聞いたことがある。 そして、人は残酷な強さで、寂しくても生きれる、と…… ついこの間まで一緒に旅をした、金髪碧眼の、けれども今はもう傍にいないその彼の残像を、目の前の空席に見出して、あたしはまた、静かに涙を溢した。
Fin. |