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こくんと咽喉が鳴った。 夜更け、男性の部屋を尋ねると言う行為は、年頃の乙女にとって勇気が必要だ。もちろん、何の思惑もなければ緊張することもない。思惑が、緊張する理由があるから、勇気が要るのだ。 緊張を吐き出すように溜息を深くつき、ドアをノックした。 「リナか?開いてるぞ?」 やはり。部屋の主は気配で、彼女がドアの前にいることを知っていたらしい。 「ちょっと邪魔するわね」 ドアを開け、一声かけて、彼女は部屋の主へ近寄った。 彼女の旅の連れである部屋の主は、ベッドに腰掛け荷物の整理をしているところのようだった。 「なんだ?」 手を止め、彼が彼女を見上げた。 「ん、ちょっとね。言いたいことがあって」 「言いたいこと?」 「うん」 彼女の全身には緊張がみなぎっていた。それは彼女の体が硬く強張っていることから容易に想像できる。 「で?」 押し黙る彼女に先を促すが、彼女の口は依然硬く結ばれたまま。 「リナ?」 「あ、あのねっ」 口を開いて、今度は開きっぱなし。 「おーい、リナ?どうした?」 「だからねっ」 「ああ」 彼女は何か重大なことを打ち明けようとしているらしい。 そう悟って、いやもしかしたら彼の場合とっくに悟っていたのかもしれないが、表情を引き締めた。 「あたしガウリイが」 「俺が?」 「ガウリイのことが」 「うん?」 「ガウリイを」 「俺を?」 「だからねっ、そのっ」 彼女が口にしようとしているのはとてつもなく勇気を要する言葉なのだろう。 「だから?」 「あ、あたし・・・」 どもる彼女の前で、にっこりと彼が微笑んだ。 「リナが好きだ。愛してるよ」 「そうっ、あたしガウリイが好きで愛してるの」 つられたように告白してしまい、彼女は予定が狂っていることに気づいた。 「はれ??」 「ん?」 満面の笑みを彼は浮かべていた。 「な、何で先に言うのよ〜〜〜〜〜」 彼女は絶叫した。 「俺が先に言いたかったから」 「なによそれ!!!むかつくう〜〜〜〜〜」 彼女が地団駄を踏むのはもっともだ。 これまで散々肩透かしを食らい、その状態に業を煮やして一大決心し。彼女は抱える思いを打ち明けようとしたのだ。その決意がさも無駄であったかのように、彼はあっさりと肝心の言葉を口にしたのである。 「愛を告白してむかつくって言われるのも珍しいよな」 「誰のせいだ誰のっ!!」 「俺のせいか?」 「なんっ、当たり前でしょーがっっ」 「そうかあ?おまえがもたもたしてたからじゃないのか?」 「あんたに言われたくないわよっ」 「だ〜か〜ら〜、その辺はお互い様だろ?」 最近の彼は、こんな風な意地悪な笑みをよくするようになった。 目の前の細い腰に腕を回し、彼は華奢な体を引き寄せた。 「な、なななななな」 空いた手が彼女の髪を掴み下へと引いた。痛くない、但し抵抗すれば痛いであろう程度の強さで。 「何するよのっ」 前かがみにされられて、文句を言い募ろうとした彼女の言葉は封じられる。 彼女は驚きから。彼は彼女を観察したくて。 お互いの目は開かれたまま、唇同士が重なった。 彼女の頬が真っ赤に染まるのを見止め、彼は顔を離した。 「今夜はこの部屋に泊まるだろう?」 それは紛れもなく女を誘う男の顔で、彼女は魅入られたように頷きかけたけれど。 勝利を確信していた彼の隙をつき、彼女のスリッパが炸裂した。 拍子に、彼女を閉じ込めていた腕が緩んだ。 「い・や・よ」 手の届く範囲から一歩下がったところで。 「あたしがその気になるまでだ〜め」 思いっきり彼女は無邪気に笑ったのだった。それが意識してであれなくてであれ、彼にとっては非情な宣告。 「おやすみっ」 軽やかに身を翻し、彼女はあっという間に部屋を出て行ってしまった。 取り残された男の呟きは、後悔の混じった、それでいて幸せそうなものだった。 「あ〜あ、ちょっといじめすぎたかな」
おしまい |