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医務室で火傷の薬を探していると、ノックの音がしてドアが開いた。 「・・・安積さん。帰ったんじゃ・・・。」 「薬、ここに出てるみたいだぜ。」 あたしの言葉を遮って、あずみさんはベッドの上にあった薬を手に取った。 「ここに座って。」 「でも!」 「座って。」 先刻の話は、聞いてもらえなかったらしい。また、同じ事の繰り返し。 あたしは溜め息を付いて、ベッドへと腰掛けた。 「・・・安積さん。 ここは会社で、人目があります。 薬は一人で塗れますから、誰かに見られる前に帰って下さい。」 あたしの足に薬を塗っている安積さんに、あたしはなるべく小さな声で言った。 「安積さん、皆には内緒だって言ったのは、安積さんでしょ? こんな所見られたら、噂になりますよ。」 太腿までずり上げられたスカートに、足は素足。 ブラウスはボタンが留まっていなくて、ベストも着ていない。 いくら『薬を塗る為』と言っても、信じてもらえるとは思えない。 まして、火傷は自分で薬が塗れる所ばかり。 誰かに見られたら噂になる事は分かりきっているのに、何でこの人には分からないのだろう。 「安積さん!」 「上を向いて。」 また、有無を言わせぬ調子で、ブラウスを肩から落とす。 胸元に薬を塗りながら、安積さんは言った。 「心配するのもだめなのか?」 「違います。心配してもらえるのは嬉しいけど、度を越しているって言っているんです。 ただの同僚は、ここまでしません。 大体、皆にバレたら、安積さんが困るんでしょ?」 「俺が?」 「内緒だって、自分が言ったんじゃない!」 言った途端、彼が笑い出した。 「か、夏波。融通が利かないって言われないか?」 「言われますけど! でも今は・・・。」 「変わってるとは?」 「それも言われるけど、話が・・・。」 「可愛いは?」 「言われ・・・ま・・せん・・・。」 急に言われて、顔が熱くなる。勢いが削がれる。 「安積さん、ズルイ・・・。」 まだ笑っている彼に、あたしはブラウスを直し、ボタンを留める。 「ゴメン、つい・・・。」 堪えられない風にまだ笑い続ける彼に、口惜しいのも手伝って、無言でスカートも直した。 「いや、女って内緒って言っても、わざと人目につくようにしたりするの好きだから・・・。 本気にしてると思ってなかったんだ。」 「・・・あたし、帰ります。薬、ありがとうございました。」 まだ笑っている安積さんを残し、あたしは一人医務室をでた。 一体、あの人は何を考えているのだろう? あたしの事、笑っているばかりだし、第一、何で笑われているのかも分からない。 からかわれているのだろうか。 ・・・でも、笑った顔は好き。安積さん自身も、きっと好き。 好きだからこそ、迷惑にはなりたくないのに。何故。 何で自分から言い出したことを破ろうとするのだろう? ブラウスはそのままに、スカートとセーターを着る。 胸元にはハンカチを入れて、濡れたところが肌に触らないようにした。 今日はフレアスカートで良かったと、ノブに手を伸ばした時。 「・・・しさん、知りませんか。」 佐川さんの声だ。 「ああ、帰ったよ。」 安積さんの声。何でこんな所に・・・。 「新人の子が火傷したって言ってたから、林さんのほうは大丈夫かな、と思って。」 「先刻、薬塗っていたからもう大丈夫だと思うけど?」 自分の事が話題になっていて、出るに出られなくなる。 立ち聞きするつもりはないのに、動けなくなる。 「林さんに会ったのか?」 「薬を塗る手伝いをしたからな。」 「ふーん・・・。でも、それだけだろ? 俺もそろそろ身を固めようと思ってるから、手は出すなよ。」 「付き合ってるのか?」 「いや。でも、林さんみたいなのって、『都合のいい女』っぽいしね。 結婚向きでしょ。」 ・・・会話をしながら遠ざかる声。と。 ドアが急に引かれて、思わず倒れそうになった所を安積さんに抱き留められた。 「・・・だってさ。付き合ってみたら?」 火傷に触らないように抱きしめながら言う。 ・・・そんなに本気になられるのが嫌なら、こんなに優しくしないで欲しい・・・。 ・・・でも。 「安積さんのが『イイ男』だから、安積さんがいい・・・」 ニッコリ笑った彼を見て、改めて好きだなと思ったから。 繋いだ手を振り解かずに歩いた。 |