Je te veux
―8―


作:マックさん♪


 医務室で火傷の薬を探していると、ノックの音がしてドアが開いた。
「・・・安積さん。帰ったんじゃ・・・。」
「薬、ここに出てるみたいだぜ。」
あたしの言葉を遮って、あずみさんはベッドの上にあった薬を手に取った。
「ここに座って。」
「でも!」
「座って。」
先刻の話は、聞いてもらえなかったらしい。また、同じ事の繰り返し。
あたしは溜め息を付いて、ベッドへと腰掛けた。
「・・・安積さん。
 ここは会社で、人目があります。
 薬は一人で塗れますから、誰かに見られる前に帰って下さい。」
あたしの足に薬を塗っている安積さんに、あたしはなるべく小さな声で言った。
「安積さん、皆には内緒だって言ったのは、安積さんでしょ?
 こんな所見られたら、噂になりますよ。」
太腿までずり上げられたスカートに、足は素足。
ブラウスはボタンが留まっていなくて、ベストも着ていない。
いくら『薬を塗る為』と言っても、信じてもらえるとは思えない。
まして、火傷は自分で薬が塗れる所ばかり。
誰かに見られたら噂になる事は分かりきっているのに、何でこの人には分からないのだろう。
「安積さん!」
「上を向いて。」
また、有無を言わせぬ調子で、ブラウスを肩から落とす。
胸元に薬を塗りながら、安積さんは言った。
「心配するのもだめなのか?」
「違います。心配してもらえるのは嬉しいけど、度を越しているって言っているんです。
 ただの同僚は、ここまでしません。
 大体、皆にバレたら、安積さんが困るんでしょ?」
「俺が?」
「内緒だって、自分が言ったんじゃない!」
言った途端、彼が笑い出した。
「か、夏波。融通が利かないって言われないか?」
「言われますけど! でも今は・・・。」
「変わってるとは?」
「それも言われるけど、話が・・・。」
「可愛いは?」
「言われ・・・ま・・せん・・・。」
急に言われて、顔が熱くなる。勢いが削がれる。
「安積さん、ズルイ・・・。」
まだ笑っている彼に、あたしはブラウスを直し、ボタンを留める。
「ゴメン、つい・・・。」
堪えられない風にまだ笑い続ける彼に、口惜しいのも手伝って、無言でスカートも直した。
「いや、女って内緒って言っても、わざと人目につくようにしたりするの好きだから・・・。
 本気にしてると思ってなかったんだ。」
「・・・あたし、帰ります。薬、ありがとうございました。」
まだ笑っている安積さんを残し、あたしは一人医務室をでた。

 一体、あの人は何を考えているのだろう?
あたしの事、笑っているばかりだし、第一、何で笑われているのかも分からない。
からかわれているのだろうか。
・・・でも、笑った顔は好き。安積さん自身も、きっと好き。
好きだからこそ、迷惑にはなりたくないのに。何故。
何で自分から言い出したことを破ろうとするのだろう?

 ブラウスはそのままに、スカートとセーターを着る。
胸元にはハンカチを入れて、濡れたところが肌に触らないようにした。
今日はフレアスカートで良かったと、ノブに手を伸ばした時。
「・・・しさん、知りませんか。」
佐川さんの声だ。
「ああ、帰ったよ。」
安積さんの声。何でこんな所に・・・。
「新人の子が火傷したって言ってたから、林さんのほうは大丈夫かな、と思って。」
「先刻、薬塗っていたからもう大丈夫だと思うけど?」
自分の事が話題になっていて、出るに出られなくなる。
立ち聞きするつもりはないのに、動けなくなる。
「林さんに会ったのか?」
「薬を塗る手伝いをしたからな。」
「ふーん・・・。でも、それだけだろ?
 俺もそろそろ身を固めようと思ってるから、手は出すなよ。」
「付き合ってるのか?」
「いや。でも、林さんみたいなのって、『都合のいい女』っぽいしね。
 結婚向きでしょ。」
・・・会話をしながら遠ざかる声。と。
ドアが急に引かれて、思わず倒れそうになった所を安積さんに抱き留められた。
「・・・だってさ。付き合ってみたら?」
火傷に触らないように抱きしめながら言う。
・・・そんなに本気になられるのが嫌なら、こんなに優しくしないで欲しい・・・。
・・・でも。
「安積さんのが『イイ男』だから、安積さんがいい・・・」


 ニッコリ笑った彼を見て、改めて好きだなと思ったから。
繋いだ手を振り解かずに歩いた。






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