Je te veux
―7―


作:マックさん♪


 二月ももうすぐ終わりになる頃、新人が研修にやって来た。
営業の男の子と、女の子。
この女の子は、ここに居ついてくれるだろうか。
今までも、年に三回は女の子が来たが、もって一ヶ月。
話を聞くと、あたしの前の人たちもそうだったらしい。
三年も続いているのはあたしだけ、と言われた。
「どうぞ、よろしくお願いします。」
頭を下げる新人に、あたしは期待と不安半々で返事をした。
「こちらこそ、よろしくね。」

 短大卒の彼女は、有路仁美といった。
二十歳になったばかりの、元気いっぱいの彼女は、一週間でここの仕事に不満を持ったようだ。
「林さん、よく嫌になりませんね。」
「営業で大変な人たちのサポートが、あたしたちの仕事なのよ。」
「それにしても、遣り甲斐がないっていうか・・・。
 冗談じゃなくて、お茶汲みしかしていないじゃないですか。」
あたしは苦笑するしかなかった。
 彼女の言う通り、あたしたちの仕事はお茶汲みが主な内容だ。
それから毎日の集計を入力したり、注文書を纏めたり・・・。
彼女が言ったように、つまらないと思う人もいるだろう。
でも、あたしは25人分のお茶汲みが好きだ。
それぞれの好みを覚え、カップを覚え、適温で届ける。
元気で出掛けられるように、疲れた体が休るように、と。
「やっぱり、あたしには向かないみたいです、この仕事。
 課長に配属替え、お願いしてみます。」
この娘も辞めるのかな・・・。
そう思いながら、帰ってきた人たちに配るコーヒーを淹れる。
ブツブツ言いながらも彼女は、コーヒーを持って行った。
残り18人分のカップを持ち、あたしが入ろうとした時。
「やだ〜、ありがとうございます。」
出て来た彼女とぶつかってしまった。
咄嗟にお盆を自分に向けて、彼女にカップが落ちないようにしたつもりだったが、量が量なので少し被ってしまったらしい。
「キャー!」
悲鳴が響いて、皆がわらわらと出て来る。
「熱いー!」
左手の甲を抑えて泣く彼女を連れて、何人かが医務室へ向かった。
あたしは割れてカップを拾いながら、胸元から足へ、前面のほとんどがコーヒーを被っていることに気が付いた。
特に胸元と膝のちょっと上の辺りがチリチリする。
でも、ここを片付けないと・・・。
「どうした?」
顔を上げると、安積さんが居た。
「・・・コーヒー、落としちゃって・・・。」
「被ってるじゃないか!」
制服のベストに手を伸ばして、慌ててボタンを外そうとする。
「平気ですから!」
濡れて、外しにくいベストから、彼の手を退ける。
「大丈夫です。・・・ここ、お願いできますか?」

 給湯室で、絞ったタオルを胸元に当てて、ゆっくりとベストを脱いだ。
ブラウスも少しはだけ、ストッキングも脱いだ。
赤くなってチリチリするものの、水膨れは免れたようで、取り合えずホッとする。
温くなったタオルを、もう一度絞っていると、有路さんが戻って来た。
左手の包帯が痛々しい。
「大丈夫だった?」
「はい、でも。痛いので今日はもう帰ります。課長もいいと言っているので・・・。」
ピョコンと頭を下げて、彼女は去って行った。
パタパタと足音が遠ざかり、途中で一度止まる。そして再び遠ざかって行く。
と。安積さんが顔を出した。
「どう? ・・・。」
「大丈夫です。」
軽く顔を顰めて上着を脱ぐと、あたしに掛けてくれた。
・・・よく見ると、あたし、すごい格好・・・。
恥ずかしくて顔を上げられないあたしの手を引いて、安積さんが歩き出した。
「・・・後は清掃の人がやってくれると。・・・医務室、行こうか。」
「安積さん! あたし、大丈夫だから!」
手を振り解こうとするあたしに、安積さんは余計に力を込める。
「・・・大丈夫、大丈夫なんて言ってると、誰も心配してくれなくなるぞ。
 少しは頼れよ。」
「誰を?」
つい、っと口から出た言葉に、安積さんは足を止めて振り返る。・・・怒ったような表情で。
「・・・それを俺に言わせたいのか・・・?」
あたしは頭を振って、そして息を吸った。
「本当に、誰に頼っていいか、分からないの。
 それに、頼った途端、拒絶されるくらいなら、最初から一人がいい。」
あの、雪の日の電話の彼女たちのように。
口には出さなかったけど、伝わったのか、彼はそこに立ち尽くした。
あたしは無言で上着を返し、一人医務室へと向かった・・・。


 あたしはズルイ。
その他大勢で言いといっておきながら、彼女達と同じは嫌だと言う。
本当に、あたしはズルイ女だ・・・。






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