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平日はただの同僚。目が合っても感情を込めない。 それが、あたしたちのルール。 あたしは、自分にこんな才能があったとは思わなかった。 新しい楽しみに、つい指がリズムを刻む。 「林さん、毎日楽しそうだね。」 同僚の佐川さんが、入力書類のついでに声を掛けていく。 「そう見えますか?」 「うん。彼氏でもできたの?」 「ハズレです。自分の隠れた才能に気が付いたんです。」 佐川さんが笑いながら席に戻る。 ・・・傍から見てもあたし、楽しそうに見えるんだ。 またちょっと、嬉しくなった。 週末。土曜の夜に、安積さんは突然やって来た。 約束をしていた訳ではないのでびっくりしたが、昼間部屋の掃除をしておいて良かったと、 あたしは彼を部屋へ招き入れた。 「・・・何て言うか・・・。」 「何もない部屋でしょ?」 狭い部屋の入り口で、安積さんは立ち尽くしていた。 友達や、たまに来る親にも言われる程、何もない部屋。 ベッドにテーブル、ボックス型本棚とテレビ。 クロゼットの中には、服もバッグを納まってしまう。 ベッドの上からクッションを幾つか取って、安積さんに渡す。 「あんまり物があるのって、苦手なの。 ・・・コーヒー、飲む?」 もう、夜も10時を回っていたので、きっと御飯は食べているのだろう。 彼が頷きつつ腰を降ろしたのを見て、あたしはキッチンへ立った。 玄関に併設されている、小さなキッチン。彼がいるだけでいっぱいの6畳間。 あまりにも平凡で面白みのないこの部屋は、まるであたしみたいだ。 「明日、出掛けないか? 見たい映画があるんだ。」 「どんなの?」 「アクション物。」 「それなら見たい。」 そう言ったあたしに、安積さんはにこやかに言った。 「本当にアクション物だから、恋愛は絡んでいない話だぞ。」 「うん。ロマンチックなのは苦手。 ボンド・シリーズみたいなのならいいけどね。」 「・・・夏波はそういう映画が好きなのか?」 「うん。アクションとか、コメディーとか。」 お喋りしながらコーヒーを淹れて、お盆にカップを2つ。 今のあたしたちみたいで、ちょっと笑えた。 ひとつひとつがあって、決してくっつかない。 きっとそれが、一番いい関係でいられる距離なのかもしれない。 「ラブ・ロマンスに誘ったら行くか?」 「・・・他の女性と行ってね。きっと途中で眠っちゃうから。」 コーヒーを置いて向かいに腰を下ろすと、何が可笑しいのか、安積さんが笑った。 午前2時。 玄関での会話は、自然小声になる。 「じゃ、明日10時に、駅ビルの喫茶店で。 ・ ・・鍵とチェーン、忘れずに掛けろよ。」 「分かってる。・・・おやすみなさい。」 返事の代わりに、額にキスを落とし、安積さんは帰って行った。 あたしが鍵を閉め、チェーンを掛けたのを確認してから。 部屋の中に、彼の居た跡はない。 流しに置かれた2つのカップだけが、夢じゃないと言っていた。 このままでいよう。 本気にならないように、自分に言い聞かせた。 |