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今日はあいにくの雨だった。 重い体を無理に起こし、カーテンを開ける。 冬の空は、雪に変わりそうな程白く、窓はファンヒーターの暖かさで曇り始めていた。 昨夜遅く、安積さんはアパートまで送ってくれた。 あたしは初めての事で緊張していたし、疲れてもいたので、 着替えてすぐ、眠ってしまった。 だからだろう。 夕べの事が夢か現実か、分からなくなってしまった。 お腹と腰が痛いのは、生理が近いから。 頭が重いのは、雨だから。・・・それで理由が付いてしまう。 あたしは溜め息を付いて、今日を始めることにした。 会社に着く頃、雨は雪に変わっていた。 雨が降っていたというのに積もり始めた雪に、営業課の皆も社内で仕事をしている。 報告書を書いたり、注文書を書いたり。 ・・・その中に、安積さんの姿もあった。 今までと変わらない態度。そして、瞳。 何の感情もなく、会社の備品のひとつを見ている感じ。 そう考えて、ちょっと笑ってしまった。 あたしの夢はよく出来ていて、ストーリーが破綻しないように『誰にも内緒』になっている。 本物の安積さんが、あたしを何とも思っていないことがよく分かっていて、 そんな約束をしたんだろう。 それなら、あたしも知らない振り。 会社での(本物の)安積さんは、知らない人。 頭の中で流れ出した『Je te veux』に、自然とキーボードをたたくリズムもつられていく。 「あー、やっぱり・・・。」 駅に着いた途端、あまりの人の多さに嫌な予感がした。 案の定、雪の為に徐行運転で、2時間前に出るはずの電車が、まだ来ていないらしい。 仕方なく、バスで帰る事にしたあたしは、マフラーを巻き直して、駅を出た。 「夏波!」 名前を呼ばれて振り返ると、安積さんが居た。 怒った顔で近付いて来る。 「こんな雪の中、さっさと帰る奴がいるか! 早く来い!」 手を引かれて、車へ乗り込む。 暖かい車内にホッと息を付くと、缶コーヒーが渡された。 「あ、ありがとう・・・。」 「こういう時は、『送ってって』と一言言えばいいんだよ。」 「でも、安積さんが・・・。」 社内ではみんなに内緒だと言い掛けた時、彼の携帯が鳴った。 「ちょっと、ゴメン。」 胸元に垂らしてあったイヤホンを耳に入れ、ポケットを探る。 「はい、山登。何? ・・・無理。今日は他の人、当たってくれ。じゃ。」 切るとすぐに次のコール。今度は電源を切ったらしく、ふいに音が止んだ。 「・・・あの、あたしはいいから、他の人・・・。」 「もう、車に乗ってるんだから、文句は言わない。」 ピシャリと言われて、黙ってしまう。そして分かってしまった。 これは夢じゃない、現実の事。 あたしは自分で、その他大勢でいることを承知してしまったんだ、と。 ゾッとした。体が震える。 「寒い? ラーメンでも食べに行こうか。」 ヒーターの温度を上げながら言う、安積さんの顔は、 現実だと分かった今も、嫌いになれなかった。 嫌いになれないなら、進んでみよう。でも・・・。 「・・・ラーメン好きだけど、猫舌だからゆっくりしか食べられないの。いい?」 別な意味も含ませて言ってみる。気付くかな。 「好きならいいんじゃない? 自分の早さで食べれば。」 分かったのかどうか、微妙な返事が返ってきた。 それでもいい。自分の速度で付き合ってみよう。 |