Je te veux
―4―


作:マックさん♪


 今日はあいにくの雨だった。
重い体を無理に起こし、カーテンを開ける。
冬の空は、雪に変わりそうな程白く、窓はファンヒーターの暖かさで曇り始めていた。

 昨夜遅く、安積さんはアパートまで送ってくれた。
あたしは初めての事で緊張していたし、疲れてもいたので、 着替えてすぐ、眠ってしまった。
だからだろう。
夕べの事が夢か現実か、分からなくなってしまった。
 お腹と腰が痛いのは、生理が近いから。
頭が重いのは、雨だから。・・・それで理由が付いてしまう。
あたしは溜め息を付いて、今日を始めることにした。


 会社に着く頃、雨は雪に変わっていた。
雨が降っていたというのに積もり始めた雪に、営業課の皆も社内で仕事をしている。
報告書を書いたり、注文書を書いたり。
・・・その中に、安積さんの姿もあった。
今までと変わらない態度。そして、瞳。
何の感情もなく、会社の備品のひとつを見ている感じ。
 そう考えて、ちょっと笑ってしまった。
あたしの夢はよく出来ていて、ストーリーが破綻しないように『誰にも内緒』になっている。
本物の安積さんが、あたしを何とも思っていないことがよく分かっていて、 そんな約束をしたんだろう。
それなら、あたしも知らない振り。
会社での(本物の)安積さんは、知らない人。
 頭の中で流れ出した『Je te veux』に、自然とキーボードをたたくリズムもつられていく。


 「あー、やっぱり・・・。」
駅に着いた途端、あまりの人の多さに嫌な予感がした。
案の定、雪の為に徐行運転で、2時間前に出るはずの電車が、まだ来ていないらしい。
仕方なく、バスで帰る事にしたあたしは、マフラーを巻き直して、駅を出た。
「夏波!」
名前を呼ばれて振り返ると、安積さんが居た。
怒った顔で近付いて来る。
「こんな雪の中、さっさと帰る奴がいるか! 早く来い!」
手を引かれて、車へ乗り込む。
暖かい車内にホッと息を付くと、缶コーヒーが渡された。
「あ、ありがとう・・・。」
「こういう時は、『送ってって』と一言言えばいいんだよ。」
「でも、安積さんが・・・。」
社内ではみんなに内緒だと言い掛けた時、彼の携帯が鳴った。
「ちょっと、ゴメン。」
胸元に垂らしてあったイヤホンを耳に入れ、ポケットを探る。
「はい、山登。何? ・・・無理。今日は他の人、当たってくれ。じゃ。」
切るとすぐに次のコール。今度は電源を切ったらしく、ふいに音が止んだ。
「・・・あの、あたしはいいから、他の人・・・。」
「もう、車に乗ってるんだから、文句は言わない。」
ピシャリと言われて、黙ってしまう。そして分かってしまった。
 これは夢じゃない、現実の事。
あたしは自分で、その他大勢でいることを承知してしまったんだ、と。
ゾッとした。体が震える。
「寒い? ラーメンでも食べに行こうか。」
ヒーターの温度を上げながら言う、安積さんの顔は、 現実だと分かった今も、嫌いになれなかった。
 嫌いになれないなら、進んでみよう。でも・・・。
「・・・ラーメン好きだけど、猫舌だからゆっくりしか食べられないの。いい?」
別な意味も含ませて言ってみる。気付くかな。
「好きならいいんじゃない? 自分の早さで食べれば。」
分かったのかどうか、微妙な返事が返ってきた。

 それでもいい。自分の速度で付き合ってみよう。






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