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『一緒に暮らさないか』 言われた言葉が頭の中でグルグル回る。 ・・・これはプロポーズなんだろうか。でも、なんで? 安積さんは結婚する気ないって言ってたのに。 混乱はしているけど、嬉しい気持ちも勿論あって、どうしていいのか分からなくなる。 分からなくなって下を向いたあたしに、安積さんは重ねて言った。 「・・・返事は?」 「あ、あの! 勿論嬉しいけど、でも、そんな急に言われても、結婚なんてどうしていいのか・・・。」 わたわたするあたしに、安積さんは人の悪い笑みを口元に浮かべた。 「俺、結婚しようとは言ってないよ。」 「あ・・・!」 勘違いした! 昼間、友達と結婚話なんかしていたから、勘違いしてしまった! 恥ずかしくて赤くなった顔を見て、安積さんは益々笑いを深くする。 「何でそう思ったの? そんなに俺と結婚したい?」 「・・・ごめんなさい。もう、からかわないで・・・。」 「からかってないよ。・・・でも、そうか。そんなに俺と結婚したかったのか・・・。」 恥ずかしくって、顔が真っ赤なのが自分でも分かるのに、尚も安積さんは言う。 凄く惨めな気分だった。 あたしが安積さんを好きだって知ってて、こんなからかい方をするなんて、酷すぎる。 「・・・安積さん、あたしが勘違いしてオロオロするの見て、遊んでるんでしょ。」 「違うって。それもいいんじゃないかなぁ、と思ってるだけだよ。」 「え・・・?」 「確かに、前は結婚する気にはなれなかったけど、夏波とならいいぞ。 俺はお前と暮らしたいし、それが結婚って形でもいいんじゃないか?」 ・・・言い返したい。反論したい。でも、どこにどう返していいのか分からない・・・! 「どうだ?」 「どう、って・・・。」 「結婚したくないのか? したいんだろ? するんだな? 本当だな?」 有無を言わせぬ迫力で、言葉尻を捕らえて畳み込むように詰め寄る。 覆いかぶさるように迫られて、あたしに出来たのは頷くことだけだった。 「じゃ、言ってごらん。『結婚して下さい』って。」 ・・・何で? 「ハッキリ言葉にしてもらわないと、俺が無理に言わせたみたいじゃないか。」 ・・・その通りだと思うんだけど・・・。 「ほら、夏波。」 「あたしは! ・・・あたしは安積さんが好きだからいいけど、安積さんはそれでいいの?」 「俺も好きだよ。」 ・・・人間、思いも掛けないことに遭遇すると、何も考えられなくなるだなぁ、と頭のどこかで思う。 きっと今のあたしは、ものすごく間抜けな顔をしているんだろう。 「本当に。結婚して、一緒に暮らして、色んな顔を見たいと思うくらい好きだよ。」 ふわりと優しい笑顔とその言葉に、段々体が熱くなる。 「ああ、泣かない泣かない。」 苦笑した声で言われて初めて、自分が泣いているのが分かった。 「言って。夏波から、『結婚して下さい』って。」 「・・・結婚、して、下さい・・・。」 やっぱり話が急過ぎる。・・・ような気がする。 おまけに、何か丸め込まれた感じがしないでもない。 プロポーズがどちらから、なんて事は今更どうでもいいけど、安積さんは本当にあたしでいいんだろうか。 あたしが『初めて』だったから、責任を感じてるとか、料理が気に入ったから、とか。 とにかく、安積さんみたいに格好良くて素敵な人が結婚してくれるなんて信じられない・・・。 「聞いてる?」 急に声を向けられて、あたしは慌てた。 「・・・すいません。」 「本当に、ちゃんと聞いて。 これは夏波さんの将来にも関係するのよ。」 何故か、あたしは今、市川さんとお昼を一緒している。 昨日、あのまま安積さんの所に泊まったあたしは、今日のお弁当を作れなかった。 久し振りに何処かで食べようと、外に出たところで市川さんに会ったのだ。 そして、彼女に話があると言われるまま、ファーストフード店にいた。 「だからね、山登は女なら誰でもいいの。 次から次へと乗り換えて、それでも別れ方が上手いのか、恨まれないのよ。 今もあたしの職場・・・。あ、あたしジムのインストラクターなんだけど、山登も通っているジムなのよ。 山登ってば、女と付き合い始めると来る回数が減るからすぐ分かるのよ。」 この人は、会ってからずっと安積さんがいかに女性にだらしないかという事を喋り続けている。 でも、あたしの知っている安積さんは、約束はキチンと守る誠実な人。 本気には本気で返してくれる人だ。 あたしは、あたしが見て感じた安積さんを信じたい。 「だから、ね? 夏波さんも早いうちに別れた方がいいわよ。」 「ごめんなさい。それは出来ません。」 つい口から出てしまった本音に、市川さんの顔色が変わった。 「あたしたちの事、何も知らないくせに、後から出てきて邪魔をして! ちょっと優しくされたからって、いい気にならないでよ! 山登はね、あなただからじゃなくて、誰でもいいのよ。」 シンとした店内で、市川さんの息遣いだけが聞こえる。 周りがコソコソと話し出す頃、ようやく彼女は浮かせていた腰を下ろした。 「あたしが他の人とちょっと出掛けたりしたから、焼餅やかせようとしてあなたと付き合ったのよ。 あなたなんて、あたしの代わりなんだから!」 「夏波は誰の代わりでもない。」 思わず二人で見上げると、テーブルの脇に安積さんが立っていた。 「安積さん・・・。」 「山登! 違うのよ!! この人があたしたちのことを知らないみたいだから・・・。」 「言い訳はいい。」 言いながらあたしの腕を引いて立たせる。 「お前とは、もう5年以上前に終わってる筈だ。 ・・・行こう、夏波。」 彼女の悔しそうな表情が、安積さんへの気持ちを表していた。 『悲しい』ではなく『悔しい』は、多分あたしには理解出来ない。 |