Je te veux
―18―


作:マックさん♪


「じゃ、式は夏頃だって言ってたから。」
「うん。また会おうね。」
3時を少し回った日曜の駅は、人もまばらで、4人で立っていても邪魔にはならないようだった。
「安積さんもお元気で。」
「おう、またな。」
百合ちゃんと里代、安積さんは随分と仲良くなったようで、にこやかに別れの挨拶をしている。
・・・願わくは、二人が地元で安積さんのことを喋りませんように・・・。
心の中で祈るように呟き、改札を抜ける二人に手を振った。
すると向こう側から手招きされて、あたしは一人で側に寄った。
「・・・かなちゃん。安積さんていい人ね。」
「うん。かなちゃんのこと、本当に好きみたい。安心した。」
囁かれて驚いているうちに、二人は人混みに紛れて見えなくなってしまった。
「・・・そんなこと、ある訳ないのに・・・。」
「何がないんだ?」
いつの間に隣に来たのか、見上げると丁度同じタイミングでこちらを見下ろしていた安積さんと目が合った。
妙に嬉しげな目から、視線を逸らせなくなる。

 もしかして。でも、そんな事ある訳ないのに。だって、一度も聞いたことがない。

 暫く見詰め合っていると、安積さんがふいに笑った。
「・・・今日は家へ来るか?」
聞き間違いだと思った。雑踏の中で、自分に都合のいい言葉を拾ってしまっただけ、と。
でも、そんなあたしに安積さんは、もう一度同じ言葉を言った。
「今日、これから俺の家へ来ないか?」
しっかりとあたしの目を見て。
聞き間違いじゃない! 本当に『家においで』と言ったんだ!
「夏波?」
「あ、あたし! 朝の片付けが残ってるし、自分ん家に帰るね!」
思わず口走った、半分本当の言い訳。なのに安積さんは、あたしの手を引いて歩き出す。
「安積さん!」
「まだ早いから、一緒にやろう。そうすれば、早く終わる。
 それからお前の着替えを持って、俺ん家に行くんだ。」
・・・昨日から、急に変わったこの人は、一体何を考えているのだろう。
あたしの事好きでいてくれるかと思ったら、ちゃんと本命の彼女がいるし・・・。
「あ!」
「どうした?」
急に立ち止まったあたしに、安積さんも止まる。そのすぐ前に、先刻の『彼女』。
「あら、山登。偶然ね。」
「市川・・・。」
安積さんの声に慌てて手を離そうとするが、逆に強く握られてしまう。
それが分かったのか、彼女は顔を顰めてあたしを見た。
「夏波、こいつは俺の高校からの友達で、市川。
 市川、これが夏波。・・・どうだ?」
「あ、初めまして・・・。」
頭を下げたあたしに、彼女は綺麗に微笑んで、こう言った。
「こちらこそ。いつも山登が迷惑を掛けて、ごめんなさいね。」
その言葉を聞いた途端、あたしは安積さんの手を振り解いていた。
「夏波・・・?」
「あ、あたし、本命の彼女がいるなんて知らなくて・・・。
 ごめんなさい!」
言いながら走り出す。
見られる背中が惨めで、目の奥が熱くなった。でも、泣かない。泣きたくない。
「夏波!」
腕を取られて立ち止まると、心配そうな安積さんの顔があった。
「夏波、待てよ。あいつは。」
「聞かない! 放して!
 ・・・早く彼女のところに戻らないと、許してもらえなくなっちゃうよ・・・。」
「だから!」
取られた腕をそのままに、安積さんが歩き出し、あたしも引き摺られるように着いて行く。
「山登! どうしたの、急に。」
追い着いた彼女が声を掛ける。あたしは反射的に下を向いた。
「市川からも言ってくれ。『俺たちはただの友達』だって。」
「そうよ。付き合ってたのなんて、高校のときですものね。」
「市川! 余計なことを。」
頭の上でされる親しげな会話に、あたしは歯を食いしばった。
絶対に、泣かない!
「本当のことじゃない。今のうちに誤解されないように言っておいた方がいいと思って。」
・・・ああ、そうか。きっとこの人、まだ安積さんが好きなんだ。
でも、安積さんの方はもう、終わってしまったことなんだ。
だからあたしに、こんな言い方をするんだ・・・。
「夏波、行こう。」
「・・・うん。」
ゆっくりと歩き出したあたしたちの背中に、彼女の声が掛かる。
「また遊びましょうね、山登。」


 初めて来た安積さんの部屋は、『男の人の部屋』だった。
適度に物があり、適度に散らかっている。そんな感じの部屋だった。
「インスタントで良ければ、コーヒーいれるよ。」
「うん、ありがとう。」
ガラステーブルの前に座ってすぐ、両手にカップを持って安積さんが現われた。
コトンとカップを置くと、何故か向かい側ではなく、隣に座った。
「安積さん?」
「聞かないんだな、お前は。」
「聞いていいの?」
顔を覗き込んでみれば、必死で笑うのを堪えている安積さんの顔・・・!
「何で笑うのよ!」
「わ、悪い! あんまりにお前が面白くて・・・!」
肩を小刻みに震わせて笑う姿に、あたしは面白くなかった。
前からそうだけど、この人はいつもあたしを笑う。何でかは分からないけど・・・。
「焼きもち焼くでもない、怒るでもない。本当、お前みたいな女は、初めてだ。」
「それ、褒めてない。」
「褒めてるんだよ、俺は。」
嬉しそうにあたしを抱きこんだ安積さんは、本当に上機嫌だ。
「・・・女には不自由しないんじゃなかったの?」
「でも、相手が居るときは、その人だけとも言ったぞ。」
・・・もしかして、あたしが誤解していただけなのかも・・・。
他にも彼女がいっぱい居る人ではなくて、いつも真剣に一人と付き合って、そして『たった一人』を探していたのかもしれない。
そりゃ、別れてもすぐ次の人が見つかる人なのかもしれないけど・・・。
でも、ちゃんとした付き合いをしていた人だったんだ。
 考えてみれば、この一ヶ月。ほとんど毎日一緒にいた。
他の女性と会う時間なんて、ある筈がなかったんだ。
「・・・ごめんなさい。あたし、誤解してた。」
「市川か? でも、夏波はあいつと会ったことがあるのか?」
何で分かったのだろう。
あたしは、安積さんの腕を見つめながら言葉を飲み込んだ。
「お前、市川の顔を見て『あ』って言ったろ? 何か言われたのか?」
「言われてない、よ。」
嘘は言ってない。彼女には何も言われてないのだから。
「・・・あいつとは、大学に入学った時に自然消滅したんだ。
 その後も、お互いに付き合ってる相手がいないときには遊んだりした。
 でも、昨日電話で、もう今までみたいには遊べないって言ったんだ。」
昨日の電話・・・。あたしは昨日の安積さんの表情を思い出していた。
友達に別れを告げるには不似合いな、幸せそうな表情・・・。
「なあ、夏波。
 このまま、俺とここで暮らさないか?」


   あたしは、貴方の『たった一人』になれるのでしょうか。






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