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部屋に差し込む、一条の光。 建てつけの悪い雨戸の隙間から、朝の光が漏れているのが見えた。 もうすぐ目覚ましも鳴る筈、そろそろ起きる時間だ。 段々春めいてきたせいか、いつもより暖かい布団の中でまだ半分眠っているあたしの耳に、 無情にも目覚ましの音が鳴り響く。 仕方なく止めるが、あまりの寒さに慌てて腕を引っ込める。 と。 「・・・もう朝か・・・?」 背中にピッタリとくっついている暖かい物が、低い声で言った。 「安積さん!?」 寒いのも忘れて飛び起きたあたしは、隣に安積さんがいるのを見詰めてしまった。 でも安積さんは寒そうに毛布の中にもぐりこみ、あたしの腰を攫った。 腕の中に抱き込んだまま、寝心地のいい場所をモゾモゾと探す。 「ねえ、安積さん! 何でここにいるの? 帰ったんじゃなかったの?」 いつもはあたしが眠ってしまってからそっと帰って行くので、今日もそうだと思っていた。 「・・・帰るのが面倒になった・・・。」 言いながら、もう一度寝ようとしている。 ビックリした。ドキドキする。 半分寝起きの安積さんは妙に幸せそうな表情で、ますます好きになってしまう。 女の人の家には泊まらない主義だ、と言っていたのでこの顔を見たのはきっと、あたしが初めてだと思う。 嬉しくて嬉しくて、夢じゃないかと思ってしまう。 でも、夢でもいい。すごく幸せで、すごく嬉しい。 ・ ・・このままもう一度寝てしまおうと、安積さんの温かい胸に顔を寄せた。 と、突然流れ出す『Je te veux』のメロディー、あたしは慌てて携帯を取る。 「はい。」 『かなちゃん、起きてる?』 「百合ちゃん!」 『これから電車に乗るから。着いたらまた、電話するね。』 ピッと切れた電話に、今日が日曜日だったのをカレンダーで確認する。 「・・・誰か来るのか?」 「・・・中学の時の友達と会う約束してたの、忘れてた・・・。」 「里代! 百合ちゃん!」 改札から出てくる二人を見付け、大声で呼ぶ。 二人も気付いたらしく、真っ直ぐこちらへやって来る。 「久し振り!」 中学の時のノリのまま再会を果たしていると、頭を突付かれる感触。 「・・・邪魔になってるぞ。」 「あ、そうだね。」 答えたあたしに、二人の視線が初めて安積さんに注がれる。 何故か強固に、一緒に行くと言って聞かず、結局あたしが折れた形で一緒に来た。 「・・・かなちゃんの彼氏?」 「えっと・・・。」 どう答えていいのか困ってしまう。と。 「同僚の安積です。どうぞよろしく。」 安積さんが自分から名乗ってくれた。 「あ、こちらこそよろしくお願いします。」 「で? かなちゃんの彼氏なんですか?」 早速の百合ちゃんの言葉に、あたしは慌てて言った。 「立ち話もなんだし、そこのカフェにでも入らない?」 駅ビルのカフェを指差し、三人の顔を確かめる。 「・・・ね?」 四人でカフェに入り、あたしと安積さんはサンドイッチを、里代と百合ちゃんはケーキセットを頼んだ。 「まーちゃんに会った?」 こちらへ話題を振られないうちに、あたしは今日の目的を切り出した。 「まだなんだ。」 「電話で話しただけ。」 「何か欲しいとかって話は出なかった?」 「こういう時、男の人って何が欲しいんですか?」 里代が安積さんに振る。 安積さんはにこやかに言った。 「そうだね。パジャマなんていいんじゃないかな。」 「じゃ、かなちゃんの時にはパジャマを上げるね。」 無邪気な声が突き刺さる。 『この人とはそういう関係じゃないの』『遊びではないけど、そこまでの関係じゃないの』 言ってしまいたかったけど、言えなかった。 安積さんが求めているのは、もっと軽い関係なのに、そんな事言われても困るだけだって。 そんなことを想いながら黙ってコーヒーを飲んでいると、安積さんが口を開いた。 「俺のは2Lで頼むな。」 「あ、安積さん!」 思わず咽て、大声を出してしまう。 「何を言ってるのよ! そんな事・・・。」 言いかけて、周りの視線に気付く。あまり広くない店中の人が、あたしを見ているような気がする・・・。 「・・・ちょっと、お手洗いへ行って来る・・・。」 バッグを手にそう言うと、二人は下を向いて肩を震わせた。 トイレに飛び込んで、一息。・・・恥ずかしい・・・。 赤くなった顔が鏡に映っている。 本当に皆、冗談ばっかり。 安積さんにもちゃんと言っておかないと、実家の方に知られたら本気にされちゃうよ、って言っておかなくちゃ。 そんな事を思いながら、用を足した後、戻り辛くてゆっくりと手を洗っていると、鏡の中、こちらを見ている女性に気が付いた。 「・・・あの・・・。」 「あなた、安積山登と一緒に居たわよね。」 振り返り、声を掛けようとすると、向こうから話かけてきた。 少し日焼けした、でも綺麗な肌の明るめの美人。服の上からでも分かる、スポーツで鍛えた体。 あ、この人、安積さんの彼女だ。そう、解かった。 「ふーん・・・。」 彼女はじっくりとあたしを見た後、ニッコリと笑って居なくなった。 ・・・あたしはそこから動けなくなってしまった。 でも、昨日のこと、今朝のこと、さっきのこと。誤解しなくて良かった。 あんな綺麗な『本命の彼女』がいるなんて知らなかったから、安積さんに迷惑かけちゃうところだった。 少し潤みだした所為で視界がぼやけるのを堪え、深呼吸をした。 「お待たせ。」 「遅かったね。」 「混んでたの?」 席に戻ったあたしに、二人が声を掛ける。それに首を振って、あたしは腰を下ろした。 安積さんが覗き込んだのが分かったけど、あたしはまだその顔を見られなかった・・・。 |