Je te veux
―17―


作:マックさん♪


 部屋に差し込む、一条の光。
建てつけの悪い雨戸の隙間から、朝の光が漏れているのが見えた。
もうすぐ目覚ましも鳴る筈、そろそろ起きる時間だ。
段々春めいてきたせいか、いつもより暖かい布団の中でまだ半分眠っているあたしの耳に、 無情にも目覚ましの音が鳴り響く。
仕方なく止めるが、あまりの寒さに慌てて腕を引っ込める。
と。
「・・・もう朝か・・・?」
背中にピッタリとくっついている暖かい物が、低い声で言った。
「安積さん!?」
寒いのも忘れて飛び起きたあたしは、隣に安積さんがいるのを見詰めてしまった。
でも安積さんは寒そうに毛布の中にもぐりこみ、あたしの腰を攫った。
腕の中に抱き込んだまま、寝心地のいい場所をモゾモゾと探す。
「ねえ、安積さん! 
 何でここにいるの? 帰ったんじゃなかったの?」
いつもはあたしが眠ってしまってからそっと帰って行くので、今日もそうだと思っていた。
「・・・帰るのが面倒になった・・・。」
言いながら、もう一度寝ようとしている。
 ビックリした。ドキドキする。
半分寝起きの安積さんは妙に幸せそうな表情で、ますます好きになってしまう。
女の人の家には泊まらない主義だ、と言っていたのでこの顔を見たのはきっと、あたしが初めてだと思う。
嬉しくて嬉しくて、夢じゃないかと思ってしまう。
でも、夢でもいい。すごく幸せで、すごく嬉しい。
・ ・・このままもう一度寝てしまおうと、安積さんの温かい胸に顔を寄せた。
と、突然流れ出す『Je te veux』のメロディー、あたしは慌てて携帯を取る。
「はい。」
『かなちゃん、起きてる?』
「百合ちゃん!」
『これから電車に乗るから。着いたらまた、電話するね。』
ピッと切れた電話に、今日が日曜日だったのをカレンダーで確認する。
「・・・誰か来るのか?」
「・・・中学の時の友達と会う約束してたの、忘れてた・・・。」


 「里代! 百合ちゃん!」
改札から出てくる二人を見付け、大声で呼ぶ。
二人も気付いたらしく、真っ直ぐこちらへやって来る。
「久し振り!」
中学の時のノリのまま再会を果たしていると、頭を突付かれる感触。
「・・・邪魔になってるぞ。」
「あ、そうだね。」
答えたあたしに、二人の視線が初めて安積さんに注がれる。
 何故か強固に、一緒に行くと言って聞かず、結局あたしが折れた形で一緒に来た。
「・・・かなちゃんの彼氏?」
「えっと・・・。」
どう答えていいのか困ってしまう。と。
「同僚の安積です。どうぞよろしく。」
安積さんが自分から名乗ってくれた。
「あ、こちらこそよろしくお願いします。」
「で? かなちゃんの彼氏なんですか?」
早速の百合ちゃんの言葉に、あたしは慌てて言った。
「立ち話もなんだし、そこのカフェにでも入らない?」
駅ビルのカフェを指差し、三人の顔を確かめる。
「・・・ね?」

 四人でカフェに入り、あたしと安積さんはサンドイッチを、里代と百合ちゃんはケーキセットを頼んだ。
「まーちゃんに会った?」
こちらへ話題を振られないうちに、あたしは今日の目的を切り出した。
「まだなんだ。」
「電話で話しただけ。」
「何か欲しいとかって話は出なかった?」
「こういう時、男の人って何が欲しいんですか?」
里代が安積さんに振る。
安積さんはにこやかに言った。
「そうだね。パジャマなんていいんじゃないかな。」
「じゃ、かなちゃんの時にはパジャマを上げるね。」
無邪気な声が突き刺さる。
『この人とはそういう関係じゃないの』『遊びではないけど、そこまでの関係じゃないの』
言ってしまいたかったけど、言えなかった。
安積さんが求めているのは、もっと軽い関係なのに、そんな事言われても困るだけだって。
そんなことを想いながら黙ってコーヒーを飲んでいると、安積さんが口を開いた。
「俺のは2Lで頼むな。」
「あ、安積さん!」
思わず咽て、大声を出してしまう。
「何を言ってるのよ! そんな事・・・。」
言いかけて、周りの視線に気付く。あまり広くない店中の人が、あたしを見ているような気がする・・・。
「・・・ちょっと、お手洗いへ行って来る・・・。」
バッグを手にそう言うと、二人は下を向いて肩を震わせた。
トイレに飛び込んで、一息。・・・恥ずかしい・・・。
赤くなった顔が鏡に映っている。
 本当に皆、冗談ばっかり。
安積さんにもちゃんと言っておかないと、実家の方に知られたら本気にされちゃうよ、って言っておかなくちゃ。
そんな事を思いながら、用を足した後、戻り辛くてゆっくりと手を洗っていると、鏡の中、こちらを見ている女性に気が付いた。
「・・・あの・・・。」
「あなた、安積山登と一緒に居たわよね。」
振り返り、声を掛けようとすると、向こうから話かけてきた。
 少し日焼けした、でも綺麗な肌の明るめの美人。服の上からでも分かる、スポーツで鍛えた体。
あ、この人、安積さんの彼女だ。そう、解かった。
「ふーん・・・。」
彼女はじっくりとあたしを見た後、ニッコリと笑って居なくなった。
・・・あたしはそこから動けなくなってしまった。
 でも、昨日のこと、今朝のこと、さっきのこと。誤解しなくて良かった。
あんな綺麗な『本命の彼女』がいるなんて知らなかったから、安積さんに迷惑かけちゃうところだった。
少し潤みだした所為で視界がぼやけるのを堪え、深呼吸をした。
「お待たせ。」
「遅かったね。」
「混んでたの?」
席に戻ったあたしに、二人が声を掛ける。それに首を振って、あたしは腰を下ろした。
安積さんが覗き込んだのが分かったけど、あたしはまだその顔を見られなかった・・・。


ちょっとだけ見た夢は、はちみつみたいに甘くて蕩けそうだった。
でもやっぱりそれは夢で、現実は厳しかった・・・。






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