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「じゃ、またな。」 「ああ、また連絡する。」 男同士、軽く挨拶をして分かれるのを、あたしは車の中から眺めていた。 あたしのアパートの方が近いのに、広瀬さんを先に送ると言い張って、安積さんはあたしを黙らせた。 彼を降ろして走り出した車は、案の定と言うか、行きに見かけたホテルに滑り込んで停まった。 腕を取られ、無理矢理歩かされて、部屋へ押し込められる。服を脱ぐ間も無く、抱きしめられて口付けられて、貪られる。 一言も声を聞かずに抱かれ、荒々しく事は進む。 あたしの声だけが部屋中に響いて、何度も霞み掛ける目に、安積さんの短い髪が映った。 気が付くとあたしは、その彼の頭を抱きしめていた・・・。 うつらうつらしていた頬に、冷たい缶の感触。 ビックリして目を開けると、安積さんはシャワーを浴びた後らしく、タオルで頭を拭きながらスポーツドリンクを飲んでいた。 「夏波、あいつと付き合いたいか?」 タオルで顔が見えないまま、安積さんが言った。 「ううん。 安積さんのがずうっと『イイ男』だから、あの人とは付き合わない。」 言った途端、ぱっと顔を上げた安積さんと目が合う。 ビックリした様な顔には、流石にちょっと傷付いた・・・。 なのに。 「いいのか?」 信じられないというように、安積さんの声が言っていた。 「本当に、いいのか? あいつの連絡先とか、聞かなかったのか?」 「あたし、安積さんが好きよ? だから、他の人紹介されても、安積さんがいいって言ってくれるなら、 安積さんとだけ付き合いたい。」 あたしは、ちゃんと安積さんに好かれていた。 ずっと遊びだと思っていたけど、焼餅を焼かれるくらい好かれていた。 だから、もういい。 安積さんにどれだけ彼女がいても、同列にいられるうちは安積さんといたい。 「・・・本当に?」 「本当に。」 重ねて聞くのに、あたしは笑って両腕を広げた。 抱きしめたい。ただ、安積さんを抱きしめたかった。 そんなあたしを見て、安積さんも微笑んで、あたしを抱きしめてくれた。 「安積さん、好き。大好き。 だから、安積さんが『要らない』って思うまで、付き合って。」 「本当に、俺でいいのか?」 「安積さんじゃなきゃ嫌なの。」 するすると出てくる言葉は、素面ではいえないような物ばかりだけど、 シチュエーションに酔ったのか、もっともっと言いたくなる。 「先のことなんて分からないから、今は安積さんとだけ付き合いたい。 でも、安積さんがいいって言うなら、もうちょっと先まで付き合っていきたい。」 「・・・俺な、お前から抱きついてくるなんて初めてだから、今日で終わりにするつもりなのかと思った。」 言われて初めて、思い当たる。 いつもは安積さんに手を取られて、首や背中に手を回していたんだ、と。 何か、縋ってはいけないような気がして、縋ったら嫌われそう気がして出来なかった。 でも、もしかしたら安積さんも不安だったのかもしれない。 あたしは安積さんを抱きしめていた腕に、力を込めた。 「好き、大好き。安積さんが好きなの。」 「夏波・・・。」 広いベッドの上で、ただ抱き合ったままあたしは、トクトク脈打つ心臓の音を、気持ちよく聞いていた。 「じゃ、おやすみなさい。」 部屋まで送ってもらって、今までは受けるだけだったキスをあたしから安積さんにした。 安積さんも、いつもみたいに額にして、今日は唇にもしてくれる。 と。 何故か、抱きしめたまま後ろ手に鍵を閉めて、部屋の中へと入ってきた。 「安積さん? どうしたの?」 抱きしめられたまま聞くあたしに、安積さんはニッコリ笑ってこう言った。 「コーヒー、飲ませてくれないか?」 「いいけど?」 暗かった室内に明かりを点け、安積さんを通した。 「ちょっと待っててね。」 腰を下ろすと同時くらいに、安積さんの携帯が鳴り出した。 「はい。」 その姿を見て、あたしは台所との境の扉を閉めた。 これはプライベート。他にも彼女のいる人を好きになったのだから仕方のないこと。 微かに聞こえる音を頭から追い出す為に、あたしはコーヒーをいれることに集中することにした。 カップに注いでもまだ続く声。・・・少し長いなあ・・・。 冷めても不味くなるので、声は聞かないことにしてコーヒーを運ぶ。 無言でカップを置いたあたしに、安積さんは「じゃ、さよなら。」とボタンを押した。 「悪かったな、夏波。」 「ううん。人の電話を聞かないのは礼儀でしょ? それより切らなくてもよかったのに。」 「いいんだ。」 手招きされて、隣に腰を下ろす。 肩を抱かれて引き寄せられて、静かにコーヒーを飲む時間。 それは、暖かくて幸せな、まるで蜂蜜みたいな時間だった。 |