Je te veux
―16―


作:マックさん♪


 「じゃ、またな。」
「ああ、また連絡する。」
男同士、軽く挨拶をして分かれるのを、あたしは車の中から眺めていた。
 あたしのアパートの方が近いのに、広瀬さんを先に送ると言い張って、安積さんはあたしを黙らせた。
彼を降ろして走り出した車は、案の定と言うか、行きに見かけたホテルに滑り込んで停まった。
腕を取られ、無理矢理歩かされて、部屋へ押し込められる。服を脱ぐ間も無く、抱きしめられて口付けられて、貪られる。
一言も声を聞かずに抱かれ、荒々しく事は進む。
あたしの声だけが部屋中に響いて、何度も霞み掛ける目に、安積さんの短い髪が映った。
気が付くとあたしは、その彼の頭を抱きしめていた・・・。

 うつらうつらしていた頬に、冷たい缶の感触。
ビックリして目を開けると、安積さんはシャワーを浴びた後らしく、タオルで頭を拭きながらスポーツドリンクを飲んでいた。
「夏波、あいつと付き合いたいか?」
タオルで顔が見えないまま、安積さんが言った。
「ううん。
 安積さんのがずうっと『イイ男』だから、あの人とは付き合わない。」
言った途端、ぱっと顔を上げた安積さんと目が合う。
ビックリした様な顔には、流石にちょっと傷付いた・・・。
なのに。
「いいのか?」
信じられないというように、安積さんの声が言っていた。
「本当に、いいのか?
 あいつの連絡先とか、聞かなかったのか?」
「あたし、安積さんが好きよ?
 だから、他の人紹介されても、安積さんがいいって言ってくれるなら、
 安積さんとだけ付き合いたい。」
あたしは、ちゃんと安積さんに好かれていた。
ずっと遊びだと思っていたけど、焼餅を焼かれるくらい好かれていた。
だから、もういい。
安積さんにどれだけ彼女がいても、同列にいられるうちは安積さんといたい。
「・・・本当に?」
「本当に。」
重ねて聞くのに、あたしは笑って両腕を広げた。
抱きしめたい。ただ、安積さんを抱きしめたかった。
そんなあたしを見て、安積さんも微笑んで、あたしを抱きしめてくれた。
「安積さん、好き。大好き。
 だから、安積さんが『要らない』って思うまで、付き合って。」
「本当に、俺でいいのか?」
「安積さんじゃなきゃ嫌なの。」
するすると出てくる言葉は、素面ではいえないような物ばかりだけど、
シチュエーションに酔ったのか、もっともっと言いたくなる。
「先のことなんて分からないから、今は安積さんとだけ付き合いたい。
 でも、安積さんがいいって言うなら、もうちょっと先まで付き合っていきたい。」
「・・・俺な、お前から抱きついてくるなんて初めてだから、今日で終わりにするつもりなのかと思った。」
言われて初めて、思い当たる。
いつもは安積さんに手を取られて、首や背中に手を回していたんだ、と。
何か、縋ってはいけないような気がして、縋ったら嫌われそう気がして出来なかった。
でも、もしかしたら安積さんも不安だったのかもしれない。
あたしは安積さんを抱きしめていた腕に、力を込めた。
「好き、大好き。安積さんが好きなの。」
「夏波・・・。」
広いベッドの上で、ただ抱き合ったままあたしは、トクトク脈打つ心臓の音を、気持ちよく聞いていた。


 「じゃ、おやすみなさい。」
部屋まで送ってもらって、今までは受けるだけだったキスをあたしから安積さんにした。
安積さんも、いつもみたいに額にして、今日は唇にもしてくれる。
と。
何故か、抱きしめたまま後ろ手に鍵を閉めて、部屋の中へと入ってきた。
「安積さん? どうしたの?」
抱きしめられたまま聞くあたしに、安積さんはニッコリ笑ってこう言った。
「コーヒー、飲ませてくれないか?」
「いいけど?」
暗かった室内に明かりを点け、安積さんを通した。
「ちょっと待っててね。」
腰を下ろすと同時くらいに、安積さんの携帯が鳴り出した。
「はい。」
その姿を見て、あたしは台所との境の扉を閉めた。
 これはプライベート。他にも彼女のいる人を好きになったのだから仕方のないこと。
微かに聞こえる音を頭から追い出す為に、あたしはコーヒーをいれることに集中することにした。
カップに注いでもまだ続く声。・・・少し長いなあ・・・。
冷めても不味くなるので、声は聞かないことにしてコーヒーを運ぶ。
無言でカップを置いたあたしに、安積さんは「じゃ、さよなら。」とボタンを押した。
「悪かったな、夏波。」
「ううん。人の電話を聞かないのは礼儀でしょ?
それより切らなくてもよかったのに。」
「いいんだ。」
手招きされて、隣に腰を下ろす。
肩を抱かれて引き寄せられて、静かにコーヒーを飲む時間。
それは、暖かくて幸せな、まるで蜂蜜みたいな時間だった。




好きな人に好かれる事が、こんなにも嬉しくてこんなにも気持ちがいいと、初めて知った。






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