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いつも通りの朝。天気は悪くなく、三月初めにしては上々。 でもあたしの気分は重く、気が付くと溜め息ばかり。 「・・・洗濯でもしようかな・・・。」 下着類は毎日手洗いしているので、大物だけ洗濯機で回し、その間に掃除をする。 なんと言うか、動いていないと身の置き所がなく、つい俯いてしまう。 意識して上を向くものの、相変わらず溜め息ばかり。 洗濯も干し終えて時計を見ると、さすがに10時を過ぎていた。 「ハア・・・、気が進まない・・・。」 着替え始めると、途端に襲ってくる溜め息。 安積さんにとってあたしって、どういう存在なんだろう。 あたしとの事は遊びだから、だからこそ本気で好きになってしまったあたしが邪魔になったのかな。 他の人紹介してまで、遠ざけたいのかな。 もう、一緒にいることもダメなのかな。 夕べからの暗い考えが、頭の中をグルグルして、目頭が熱くなった。 でも、泣かない。泣き顔なんか見せない。 「・・・行きたくないな・・・。」 でも、約束は約束。ドタキャンなんて出来ない。 「おはよう、用意はできたか?」 「うん、大丈夫。」 スカートとお揃いの、デニムの上着を手に、あたしは玄関に立って、ドアを開けた。 安積さんは、そんなあたしを上から下まで無遠慮に見ると、こう言った。 「・・・座るんだから、そのスカートは止めた方がいい。 そのシャツも薄すぎる。風邪をひくぞ。 ジーンズにして、シャツの上からセーターでも着た方がいい。」 慌ててスカート丈を確かめると、膝頭が隠れる長さ。後ろのスリットも10センチくらいの普通の物。 シャツは色こそ春物だけど、そんなに薄手じゃない。上着を着てしまえば、寒くない。 「今日は映画を見るんでしょ? だったら・・・。」 「いいから着替える!」 怒ったように部屋に上がり、クロゼットからセーターとジーンズを出して来る。 「嫌よ。そんなよく分からない理由で着替えるなんて・・・。」 言い終わらないうちに安積さんが、噛み付きそうな顔で肩を掴んだ。 「じゃ、着替えたくなるようにしてやるよ。」 低い声。怖い。動けない。 頭を抑えられて無理矢理のキスは、苦いだけなのに抵抗さえできない。 と、その唇が胸元の移動し、ツキン、と痛んだ。 あ、と思った時には安積さんはしゃがみこんで、スカートをたくし上げていた。 「やめて!」 聞こえないようかのように、太腿の内側、真ん中辺りを吸い上げられ、またツキンとした痛み。 「これで着替えるしかないだろう? ホラ。」 嬉しそうな、勝ち誇ったような表情で服を渡してくる安積さんを、初めて殴ってやりたいと思った。 出来る筈もないのに色々なことが悔しくて・・・。 ノロノロと着替え始めたあたしは、痛みの箇所に2つ、紅い痕を認めて唇を噛んだ・・・。 「よお、久し振り。」 待ち合わせの喫茶店にいたのは、少し線の細い人だった。 あたし、この人と付き合うんだ・・・。 そうは思っても、この人と付き合う自分が想像できない。したくない。 心の中でそっと溜め息を付いて、軽く頭を下げた。 「初めまして。」 と。何故か肩に置かれる手の重み・・・。 ニッコリと笑顔の安積さんが、あたしの肩を抱いたまま向かいの席に腰を下ろす。 ・・・勿論、並んで座って、肩は抱かれたまま。 向かいの席で、相手もビックリした顔をしている。・・・きっとあたしも同じ顔をしている筈。 なんで? どうして? これじゃ、紹介というより『自分の彼女を紹介』にしか見えないよ? こういう事に疎いあたしでさえそう思うんだから、きっとこの人もそう思っている。 「なあ、安積。彼女・・・。」 「ああ、林夏波っていうんだ。可愛いだろ? 夏波。こいつが広瀬。高校が一緒だったんだ。」 ニコニコと紹介してくれる安積さんの顔は、有無を言わせない迫力がある・・・。 この人は、一体何を考えているのだろう・・・? 何の為に今日、ここに居るのか。あたしと広瀬さんを合わせた意味とか。 喫茶店を出て、同じビル内の映画館で、安積さんがチケットを買いに行った。 「えーと、林さんだっけ?」 広瀬さんが話し掛けてきた。 「今日、安積に『彼女紹介してやる』って言われて来たんだけど、 あいつの彼女を紹介されるとは思わなかったよ。 安積のこと、よろしくな。 女癖は悪いけど、いい奴だぜ。」 「俺が何か?」 戻ってきた安積さんに、二人で何でもないと首を振る。 「・・・ま、いいか。入ろうぜ。」 腕を取られて入場するも、あたしは先程の広瀬さんの言葉が気になって仕方なかった。 本当に今日の安積さんは変だ。 今座った席順も変。大分、変。あたしの隣が安積さんで、その向こうが広瀬さん。 自分から他の人と付き合えと言ったくせに、この状況はどう説明するつもりなんだろうか? 館内が暗くなってすぐ、安積さんが手を握ってきた。 そっと見ると、安積さんもこっちを見ていた。・・・嬉しそうな顔で。 あまりに嬉しそうだったので、あたしは恥ずかしくなって手を離そうとしたが、逆にギュッと握り締められてしまった。 そしてそれは、映画が終わって館内が明るくなるまでそのままだった。 「さーて。じゃ、広瀬、送ってくよ。」 外へ出ての第一声。 「え?」 「もう?」 「映画を観る約束だったろ?」 安積さん一人が上機嫌で、駐車場に向かう。 出口で待っていると、広瀬さんがボソッと言った。 「・・・あんな浮かれた安積、初めて見た・・・。」 |