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小さなテーブルは、二人分の食事を並べるといっぱいになった。 大根のお味噌汁、ほうれん草のお浸し、そして山盛りの角煮。 茶碗を手に持っていても、テーブルが狭い。 「これが今作ってたヤツか?」 「うん。」 一口食べて、安積さんが不思議そうな顔をした。 それが妙に幼く見えて、あたしは笑いながら言った。 「沖縄風に、黒糖を使ってるの。日本酒の変わりに泡盛も。」 あたしがそう言う間にも、気に入ったのか次々を口に運ぶ。 見る見る空になるお皿に、あたしは嬉しくなった。 「あ、悪い。喰い切っちまった。」 「大丈夫。まだあるから持ってくるね。」 「ついでに飯もお替り。」 茶碗も受け取って、台所へ。 食べてくれる人がいる食事は久し振りで、楽しかった。 お鍋に残っていたお肉を全部皿に盛り、ご飯もよそって部屋へ戻った。 「何処でこんな料理、覚えたんだ?」 「短大の時の友達に沖縄出身の娘がいて、その娘に。」 「へえー・・・。」 取り止めのない話をしながら食事を終え、コーヒーを飲んでいる時だった。 ピンポーン。 こんな遅くに誰だろうと、スコープを覗いた。 「・・・佐川さん。」 「林さん、いるんでしょ?」 台所と部屋の境の扉を閉めるあたしに、安積さんが言う。 「俺が出るか?」 「ううん。大丈夫。」 「・・・じゃ、チェーンは外すなよ。」 心配そうな顔に頷いて、あたしはドアの鍵を開けた。と。 いきなりドアが引かれ、あたしは驚いてドアから手を離してしまう。 その、チェーンの分いっぱいに開かれたドアから、佐川さんは顔を覗かせた。 「林さん、2日も休むから心配したよ。」 「あ、ありがとうございます。もう、平気ですので、明日には仕事に出ますね。」 「こんな所で立ち話も何だからさ、中へ入れてくれない?」 ガチャガチャと鳴るチェーン。なんか、怖い。 「あの、もう遅いですし・・・。」 「遅いから、近所迷惑になるでしょ? ね?」 佐川さんは、口調は優しいのに強引だ。あたしはその強引さが、生理的に苦手だった。 同じ『強引』でも、安積さんのは困るような嬉しいように感じるのは、やっぱり好きだからだろうか。 「ねえ、林さん。」 「困ります。」 流石にこれ以上はどうしようかと思った時、ポンと肩を叩かれた。 「佐川。本当にこれ以上困らせるなよ。」 「安積! お前、何で・・・。」 呟くようにそう言って、安積さんを、そしてあたしを見た。 「・・・何だ、そういう事か。」 そう言うと、佐川さんはドアから体を離した。 「じゃ、また明日、会社でな。」 「おう。」 パタンとドアが閉まり、足音が遠ざかる。 それが聞こえなくなってようやく、あたしは安積さんを振り向くことが出来た。 「安積さん、何で・・・?」 「たまには頼れって言っただろ? それに、そんな泣きそうな顔で困っていたくせに・・・。」 「でも、これじゃ会社にバレちゃうよ。」 「それは・・・。」 明らかに困った顔で、安積さんが呟いた。 そこまで考えてなかったらしいけど、あたしは今までの気分が下がっていくのが分かった。 「・・・明日、佐川さんに口止めしなくちゃ、ね。」 「俺がするから、夏波は佐川には近付くな。」 「何? それ。」 「お前みたいに男慣れしてない女は、対処出来ないだろ。 だから、俺が・・・。」 「遊びだから気にするな、って?」 言った途端、安積さんの手が振り上がり、そして握られた。 あたしはそれを顔を背けずに見ていた。 「夏波・・・。」 いきなり抱きしめられて、キスされて、息も奪われる。 苦しくて苦しくて、涙が滲むまでそれは続いた。 「・・・夏波は、少し男に慣れた方がいい。 俺の友達でいいヤツ、紹介してやるよ。 だから、佐川には近付くな。あいつだけは止めとけ。」 一気に頭が覚めた。背中が妙に冷たい。はを喰いしばってないと、体が震え出しそう。 安積さんはあたしを莫迦にしたいのか、それともそんなに邪魔なのか。 「夏波?」 「そんなに嫌なのに、何で出てきたの? あたし一人でも大丈夫だったのに。」 「でも、あんな泣きそうな顔してたら、男なら誰だって・・・。」 「もう、帰って。お願い。」 「夏波。」 「お願い・・・。」 あたしのせいなんだ。あたしが困っていたからなんだ。 でも、そんなに会社で噂になるのが嫌なら、放っておいて欲しかった。 声なんかかけないで、助けてなんてくれないで。 このまま。ただこのまま、もう少しだけ。 一緒にいて楽しい付き合いをしたかっただけ。 新しい彼氏を紹介してもらわなくたって、ストーカーになったりしないし、自殺なんかも考えない。 まして、他の女性たちと別れて欲しいとか、結婚を迫ったりしない。 悔しくて、苦しくて、安積さんが帰ったのも気付かず、玄関先に蹲って泣いていた。 こんな扱いをされても、あたしは安積さんが好きだった。 嫌いになれたら楽なのに、それさえも出来ない自分がいた・・・。 |