Je te veux
―10―


作:マックさん♪


 「ホワイトデー、何かリクエストはある?」
安積さんが、背中から抱きしめてくれながら言う。
先程までの責めるような抱き方とは打って変わって、優しい声。
回された腕も、重さを掛けないようにしてくれているのが分かる。
・・・何で、急にこんな態度をとるのだろう。
他の女性たちにも、こんな風に『鞭と飴』みたいなことをするのだろうか。
どんな風に見つめて、どんな風に抱きしめて、どんな風に囁くのだろうか。
そう考えて笑ってしまった。
焼き餅だ、これは。
あたしの知らない安積さんを知っている女性が居る事に対する、嫉妬。
もしかすると、独占欲かもしれない。
こんな気持ちを口にしたら、安積さんはどう思うだろう。
「夏波? ・・・寝たのか?」
「ううん。寝てないよ。」
腕の中でモゾモゾと向きを変えて、安積さんの胸に擦り寄った。
暖かい、広い胸。・・・それだけで満足しよう。
「ホワイトデーね、クッキーがいいな。」
「・・・欲がないな。」
「じゃあ、チョコレートも欲しい。」
「はいはい。」
笑いながら、髪をなでてくれる手が優しくて、あたしは何も考えられなくなった。

 帰りの車の中で、安積さんが珍しくCDをかけた。
「オルゴール?」
「そう。好きなんだ。」
以外な一面を見られて、ちょっと嬉しくなる。
普通は琴で聴くことの多い『六段』や『さくらさくら』が、硬質な澄んだ音で流れてくる。
「・・・オルゴール館ってのがあってさ。
 そこでは昔のドーナツ版式の大型オルゴールが聴けるんだ。
 今度行かないか?」
今度・・・。いつになるか分からない約束。
いつもの安積さんなら、はっきりと日にちを決めるのに、曖昧な言い方。
「うん、行きたい。」
「そうか、今度な。」
ほんのちょっとだけだけど、佐川さんに対して焼き餅を焼いてくれたのかな、と思った自分が後ろめたくて、あたしも曖昧な返事を返した。


 次の日の朝。
体中がダルく、頭痛と吐き気がして目が覚めた。
目が覚めても、ベッドから起き上がれない。
ズキズキと痛む頭で考えると、もうすぐアノ日だと思い当たる。
あたしは結構重い方だけど、ここまで酷いのも珍しい。
きっと今日中にくるだろうから、大人しくしていよう。
 取り合えず、食欲はないものの、コーヒーでもと思い起き上がる。
途端にせり上げる物に、慌ててトイレに駆け込んだ。
吐く物なんか何もないのに、吐き気だけが納まらない。
・・・今回、本当に酷いな・・・。
そのままトイレでへばっていると、チャイムの音が響いた。
誰だろう? 立ち上がった途端、流れ出す不快感。・・・来た!
仕方なくトイレに座り直すと、ガチャガチャとチェーンの音がする。
「夏波! どうしたんだ!」
「安積さん。ちょっとだけ待ってて!」
力を振り絞って声を上げ、あたしはトイレを出た。
水音に状況が分かったのか、安積さんはドアを閉じて待っていた。
「ごめんなさい。」
「トイレだったのか?」
「うん・・・。」
まだパジャマのあたしを見て、顔を顰めながら入って来る。
「具合、悪いんなら、横になっていた方がいい。」
ベッドへあたしを戻しながら言う。
「大丈夫よ。・・・病気じゃないから。」
「でも、真っ青で涙目だ。」
毛布を肩まで上げて、ポンポンと叩く。
「・・・そんなに酷い顔?」
「ああ。でも、病気じゃないって、まさか・・・。」
「あー・・・、えーと・・・。」
流石に恥ずかしくて口籠っていると、安積さんが急に顔を覗き込んで来た。
「・・・つわりか?」
「違います。・・・その逆です。」
いくらなんでも勘違いしすぎ。あたしは慌てて訂正する。
「そうだよな。一応、俺も気を付けてるし・・・。
・・・いつもそんなに酷いのか?」
「ここまでじゃないけど、結構ね。
 でも、今回特に酷いみたい。」
「じゃ、やっぱり休んでおけ。」
ゆっくり、瞼を閉じるように手が撫でて行く。
その暖かい手に、あたしは急激に眠くなって来た。
・・・でもね。本当はその手をずっと握っていられたら、痛いのも苦しいのもなくなるのにな。

 ゆっくり目を開くと、安積さんの姿はなかった。
ヒーターが低めの温度で入れてあり、部屋の中は暖かかった、 起き上がってみると、テーブルの上にはメモが一枚。
『オレンジのムースなら、喰えるだろう。冷蔵庫に入れて置く』
大きな角ばった文字で、そう書いてあった。
冷蔵庫を覗くと、白い箱が入っていて、中にはメモの通りオレンジのムースが3つ。
暖かな室内でそれを食べていたら、美味しいのに涙が溢れてきた。
「何でこんなに優しいのよ! その他大勢なのに、こんなに優しくしないでよ!
 もっと素っ気なくしてくれないと、本気で好きになっちゃうよ!」



 とっくに本気で好きなくせに、まだ悪あがきが出来ると思っている自分が、心底嫌になった・・・。






戻る / 貰いモノは嬉し!へ戻る