灰色の部屋には、灰色の思いが充満していそうだ。
 犯人を黒と専門用語でそう呼ぶと聞く。
 そして犯人ではなければ白だと言うそうだ。
 だから、犯人なのかわからない重要参考人は、この灰色の部屋に迎えられるのかもしれない。
 なんとなくそう思いながらあたしは尋問室へと、本日二度目の入室を果たしたのだった。
「じゃあ、僕は出てくから」
 軽く手を上げてアリエールはぱたりと扉を閉めて出て行った。
 ふむ。
 それを見届けてから、ガウリイに小声で尋ねる。
「本当にいない?」
「気配は遠のいて行ってるぜ」
「ありがと」
 ガウリイがそう言うならば間違いはない。確かにアリエールは離れていってるのだろう。
 でもこの場に居合わせなくても会話を聞けることもできる。
「ちょっと待ってて」
 ガウリイとルワードさんとハロルドにそう言って、あたしは部屋中をくまなくごそごそと探り出した。椅子の裏、机の裏、引き出しの中、その他諸々。
「何してんだ?」
「レグルス盤が無いか確認してんのよ」
「………レグルス盤?」
「なるほど」
 あたしの言葉にガウリイとルワードさんが同時に、だが正反対の反応を示した。
「あ〜〜つまりね、レグルス盤ってのはこっちの話をどこかで聞ける道具なのよ」
 実に大雑把な説明をあたしはした。
 ガウリイにはこれで充分である。詳しく説明しても無駄。時間が勿体ないだけだし。
「では私も探そう」
 言うが早いか、ルワードさんもあたし同様に部屋をくまなく捜索し始めた。





―静寂と孤独の狭間を彷徨う夜―
(第七話)

作:あごんさん




「どーやら無いみたいね」
 首をコキコキと左右に振ってあたしは一度伸びをした。
 結構探したが見当たらない。ってことは無いのだろう。果たしてそれはこっちを信用しているのか、そんなことにも気が回らないほど間抜けなのか。判断に迷うところである。
「さて、じゃあ始めましょーか?」
 言ってあたしはハロルドの前に座る。あたしの右にはルワードさんが座った。ガウリイは立っている。この部屋に椅子は三つしかないのだから、誰かが立つしかないんだけど、ガウリイもよく知ったもので自分よりもルワードさんが座った方が良いと判断したらしい。
 確かにこの場合はルワードさんの方がいいだろうとあたしも思う。
 会話に参加する可能性がとことん低いガウリイよりも、いかにも頭のきれそうなルワードさんの方がいいのだ。ひどい言い草だと思うなかれ。遊びじゃないんだから。
「こちらはルワードさん。知って………るみたいね、どーやら」
「久しぶりだね。ハリー」
「お久しぶりです………」
 ハロルドとルワードさんが軽く挨拶を交わす。
 ま、その可能性は高いとは思っていたけどね。
 ニーナのただ一人の肉親であるルワードさんが、ニーナの恋人であるハロルドを知らないわけもないだろう。真面目なニーナの事、きっとすぐに紹介したんじゃないだろーか。
「あたしが知っている限りの情報を今から話すわ。全て話し終えてから、あんたに聞きたいことや確認をするわ。オーケー?」
 疲れた表情で、まるで項垂れるようにハロルドは頷いた。
 この半日間、ずっと役人に責め立てられていたのだろう。
「まず、あんたとユニア=イースとの会話現場を見たって男のところに出向いたわ」
 男の名前を告げるとハロルドは顔を上げた。その際に小さく「あいつか」と呟いたのが聞こえた。
「そしてあんたが昔この辺じゃあ相当の悪だったってこと、それからユニア=イースとの恋人だったことを聞いたわ」
 ハロルドは二回こくりと頷いた。
「あんたがユニア=イースに対して『これ以上構うな』と発言したこと」
 俯いたままの姿勢でハロルドは肩を落とした。
「ね、あんたは知ってるの? 殺された三名と行方不明のユニア=イースとは同じ娼婦のグループだってこと」
「…………知ってるさ。あと一人、エリザベスもだろ?」
「そうね。リズは今あたしの宿屋にいるけどね」
 あたしの言にハロルドは怪訝そうな顔をした。
「どうしてかってゆーとね、ここまで同じグループの人間ばかりが狙われているわけだから、リズの身にも危険が迫ってるって考えた方がいいわ。それで来てもらったの」
「………よく、リズが承知したな」
 ふっとあたしは笑った。
 確かにハロルドとリズ達はよく知れた間柄なのだろう。リズの性格を掴みきっているようだ。
「まぁ説得には多少骨が折れたけどね」
 あたしは小さく肩をすくめてみせた。
「ね、どうしてこうまで同じグループの娼婦が狙われ続けるのか見当はつかない? 五人に何かあると思ってるのよ」
 この言葉にハロルドは何やら考える素振りをする。
「リナさん」
 真っ直ぐにあたしを見据えてハロルドがあたしの名を呼んだ。
 この男があたしを真正面からこんな風にちゃんと見るのって初めてなんじゃあないだろうか。
「今から俺は俺の知っていることを話すよ。けど、ニーナには言わないでもらいたいんだ」
「………………どういうこと?」
 ハロルドは真摯な瞳であたしとルワードさんを交互に見遣る。
「ニーナはきっと今、とてもショックを受けてますよね?」
「見ていられないほどに」
 ルワードさんがどこか冷たく言い放った。
 苦しげにハロルドの顔が歪む。ニーナの心痛を思って心が苦しいのだろう。
「俺は俺の過去をなに一つ、ニーナに話してない」
「………………」
「俺って本当に、かなり莫迦だったんだ。奪うわ盗むわ殺すわ犯すわの遣りたい放題だった」
 あたしは何も言わなかった。
 ただ、本当に莫迦だったのね、と思っただけだ。
「そんな俺の過去を聞いて、今のニーナに余計な錘を乗せたくない」
「だからっていつまでも隠し通す気なわけ?」
 激しく左右にハロルドの首が振られる。必死の否定だ。
「違うっ! 俺がやったことは帳消しになるもんじゃあないし、忘れちゃ駄目なんだ。だから絶対に時が来れば、俺の口からちゃんとニーナに言いたい」
「その覚悟は決まってるのね?」
「勿論。俺は真剣にニーナを愛してるから。俺の過去を全て話し終えたときに、俺はちゃんと好きだってことをニーナに伝えたい」
 そうか。それでハロルドとニーナはまだ恋人になれていなかったのか。
 なかなか男らしいことを言う。
 甲斐性無しかと思ってたらとんでもない。甲斐性があるからこそ、今の関係なのだ。
「過去ってのは忘れちゃ駄目なことだけど、でも現在のあんたに何一つとて影を及ぼす力はないわ」
 あたしがそう言うと、照れくさそうにハロルドが鼻の頭をぽりぽりと掻く。
「実は俺が足を洗ったきっかけってのはリナさんなんだ」
 ほへ?
 まさかここであたしの名前が出てくるとは想像だにしなかった。
 虚をつかれた感じであたしはハロルドを見た。
「リナさんは全く覚えてみたいだけど、四年前に少し行った街でリナさんとゴタゴタしたんだ」
「………あんたが前に言ってたチンピラとのいざこざに巻き込まれてってのは、巻き込まれたんじゃんくてあんたがそのチンピラ本人だったってこと?」
「そうなんだ」
 ほほう。どうりであたしに対して異様なまでに怯えた態度をとっていたはずだ。
 そもそもあたしは一般人にはあんまり迷惑がかからないよーにそれなりに配慮をしているのだ。
「なるほろねぇ。おかしいと思ってたのよね。一般人を巻き込んで全治二ヶ月のケガなんてさせるほどあたしも見境が無い性格じゃないのよね。せいぜい全治一ヶ月がいーところだもの」
「それを見境が無いとゆーんじゃないのか?」
「いきなり会話に参加するなぁぁぁっ!!」

 づづっ!

 口を開けばいらんことばっかし言うんだから!
 あたしは軽くガウリイをマントの留め金で小突いた。なんかわかんないけどガウリイは後頭部を押さえてうずくまると、途端に実に静かになったのだった。
 あり? なんか出血してるみたいだけど、まぁ、これも天罰の一種であろう。
「それで?」
 ガウリイはほっぽっといて。
 あたしはハロルドに話の続きを促した。
「………あぁ、うん。その時のリナさんの科白が俺を改心させたんだ」
 微量と多量の間くらいの出血をかますガウリイを唖然と見ながら、ハロルドは言葉を繋ぐ。
「なんて言ってた? あたし」
「うん。『自分がされてイヤなことを他人様に平気でしてるんじゃあない。人の痛みも想像できない莫迦には人権なんてない。人間は人の痛みをわかるからこそ、人間なのよ』って」
「…………………………」
 まー悪人相手にはしょっちゅう言ってる科白ではある。
 しかしこれだけで改心するとは。
 単純なのか正直なのか、莫迦なのか賢いのか。
「最初は俺もその言葉にひどく反発したんだ。でも、リナさんにめっためったにやられてさ」
 めっためった、を強調するんじゃあないっつーの。
「金品全部身包み剥がされてさ。それも容赦も何もなかったな」
 …………何が言いたいんだ、おのれは。
「でもさ、あとでやっとわかったんだ、俺。俺はもっとひどい事をしてるじゃないか、って」
 ハロルドの瞳に真摯な輝きが灯る。
「それで、俺、足を洗う事にしたんだよ」
 そしてハロルドはぺこりっと頭を下げた。
「リナさんのお陰なんだ。ようやっと俺は人間になれたんだ。ありがとう」
「ちょっとちょっと、やめてよね〜〜。そーゆーの」
 そこまで律儀に礼をされると照れてしまうではないかっ!
 あたしは慌てて手を振って、ハロルドの下がったなりの頭を上げさせた。
「改心のいきさつはわかったよ。話を戻そうじゃないか、ハリー」
 まるで関心が無いように、ルワードさんは話を半ば強引に押し戻した。
 心なしか、ルワードさんのハロルドに対する態度はちと冷たい。
 ま、そりゃ妹の恋人なんだから複雑な想いもあるだろうけど、少し冷たすぎはしないだろうか。
 あたしは内心で首を捻った。
「あ、そうですね。え〜と………」
「知ってる事は何でも話す、からだ」
「は、はい。すみません、ルワードさん」
 やや腰が低い感じだが、ハロルドはゆっくりと語りだしたのだった。

「えっと、ユニア達五人とは俺は特に近しかったんです。足を洗ってからは本当に顔も合わせてなくって、最近じゃあ五人のことなんてちっとも思い出しもしなかったほどでした」
 なんか敬語になってるぞ、ハロルド。
 ルワードさんがいるからだろうけど。
「でも、この間に昔の仲間がやってきて『良い儲け話がある。一口乗らないか』と、そう言ってきたんです。勿論俺はその場で断りましたが………」
 ふむ。
「それにどうやらユニア達も絡んでいるらしくって。良い儲け話ってことはでかいリスクもあるって意味だし、あまりヤバイ話には乗るな、とそう忠告をしに行ったんです」
 そう言葉を切ってから、ハロルドは上目遣いにあたし達の顔を覗きこんだ。
 あたしとルワードさんは黙したままだ。
 ガウリイもまぁ黙しちゃいるんだけど、どっちかとゆーと上の空とゆーか、聞いてないとゆーかの状態なのだ。
「………ねぇ、ハロルド」
「………はい」
 あたしの呼びかけに一瞬の間を置いて返事をする。
「もう、無関係なのよね? なのにどうしてそんな事くらいでわざわざ忠告に?」
「すでに三人が殺されていたから、です。この連続殺人とその儲け話に関連があると、そう思ったからですよ。無関係とはいえ顔なじみが殺されるのは厭なもんでしょう」
「じゃあ話を持ちかけてきたってゆー昔の仲間には忠告はしたの?」
「後で回るつもりでした」
「…………オーケー」
 吐息と共にあたしは低くそれだけ言った。
 確かに矛盾点は無いように思える。だが、どこか違和感めいたものも感じてしまう。
「その儲け話とやらの内容は知っているの?」
「話に乗らない奴にバラすようなお人よしは裏の世界にはいないよ、リナさん」
「なるほどね」
 今度は吐息をつかなかった。
 疑心暗鬼は自分の視界を狭めて首を絞めかねない。そうわかっていても疑ってしまう。
 本当にハロルドは知っている事実を全て話しているのだろうか、と。
 どことなく嘘臭いのだ。なぜそう感じるのかと言われれば困るのだが、あえて言えば、直感、である。今まで幾度となくあらゆる事件に遭遇してきたあたしの、勘なのだ。
 確かにこの話から真実の香りもする。でも、所々に虚偽が見え隠れしてはいないだろうか。
 あたしは頭を左右に軽く振った。
「そうね。それならば『これ以上構うな』の説明もつくわね」
 だが。
「だったらなぜ、それを役人に言わないの?」
「儲け話ってのは要するに犯罪行為ってことだから。いくら足を洗ったとはいえ昔の仲間を売るほど人悲人じゃあない」
「矛盾してるわよ、ハロルド」
 溜息交じりのあたしの言葉にハロルドの顔に緊張が走るのわかった。
 甘い。徹底していない。
 顔に出るような嘘ならば初めからつくべきじゃあない。
「………矛盾なんて………」
「顔なじみが殺されるのが厭ならば、言うべきなのよ、あんたは。夜中に忠告に行くくらいなら昼間に行けばいい。第一、四年前に足を洗った人間に持ちかける儲け話なんか真実味がないのよ」
 戸惑い気味のハロルドを遮ってあたしは畳み掛けるように言葉を撃ち放つ。
「あんたはさっき知ってることを話すと言ったわ。ここまで胡散臭いとどこまで信用すりゃいいのかわからないわよ。あんたの無実を晴らせないわ」
「リナさんもおかしいことを言ってますね」
 醒めた声の持ち主はルワードさんだった。
 あたしは思わず眉をひそめて横に座る彼の、綺麗なラインを描く横顔を見遣った。
 おかしいことを言ってる? あたしが?
 ルワードさんの淡い青の双眸があたしを見据える。
「依頼したのは犯人を捕まえることであって、ハロルド=マクラクランの無実を晴らすことではないはずですが?」
「……………………」
 返す言葉が思いつかなかった。
「目的の履き違いは捜査そのものの道筋をおかしくするだけです。ハリーの話を核に捜査を進めるつもりなんですか?」
 なるほど。
「…………そうね。その通りだわ」
 ゆっくりと息を吐き、ゆっくりと椅子の背もたれに体重を預けた。きぃっと椅子が切なげに鳴く。
 つまり、ルワードさんはこう言いたいのだ。
 ハロルドが犯人であろうとなかろうと関係なく捜査を進めろ、と。この様子からして間違いなくハロルドは何かしら事件に絡んでいるか、もしくは誰かを庇っている。何かを隠している。これらに目を瞑ったままでは捜査の難航は目に見えている。
 今はとりあえずハロルドの無実を晴らすためだけに動くな、と。
 んでも。
「ね、ハロルド?」
 ある程度、この話がどこまでが嘘でどこが本当なのかだけは見極めておきたい。
 そう思い、ハロルドに声を掛けた―――時だった。
「リナ、誰か来る」
 ガウリイが低く短くそう言ったのは。
「………時間ならまだまだあるはずよ」
 舌打ちをこらえてあたしは扉を睨んだ。
 ほどなくして分厚い木製の扉が内側に向けて勢いよく開かれた。その向こうに見えるのはいつになく緊張した面持ちのアリエールだった。
「ちょっと、まだ時間なら………」
 立ち上がり抗議しかけたあたしを、アリエールは手で制して、低くこう言ったのだった。

「ユニア=イースの死体が、発見されたよ」

 その場にいる全員の顔が一瞬にして強張った。
 ハロルドは苦しげに呻いて、机の上に突っ伏した。
 こうして事件はとうとう四人目の被害者まで出したのだった。





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