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「なぁ、リナ」 「なによ」 なぜか遠慮がちにガウリイが名を呼んできた。 「どこに行くんだ?」 こけり。 そのすっとぼけた科白にあたしは前のめりでコケてみせた。 だぁぁぁぁぁっ!! なぁにを聞いとんじゃあっ! この男はっ! 「あほぉぉっ! だーかーらー! ハロルドとユニア=イースとの会話を見たって証言した奴のトコに行くんでしょーがっ!」 すぱこぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉんっ! 取り出したスリッパを電光石火の速さで閃かせ、ガウリイのドタマを力いっぱい殴ったのだった。 最早周囲は夜の帳が落ちつつあった。 ―静寂と孤独の狭間を彷徨う夜― (第六話) 作:あごんさん 「あぁ、あれは間違いなくハロルドだったぜ」 そう言って男は軟派に笑う。右手の中に収まった琥珀の液体の入ったグラスがやけに大きく見える。男は標準よりも二回りは小柄な身体だった。声もいやに高い。 「ってことはあなたはハロルドと知り合いなの?」 「まぁな」 語尾に下卑た笑いが続いた。 ここはリズの住まいに近い所にあるダウンタウンの一角だ。俗に言うところの最下層の者が住む町なのだ。 あたし達はアリエールに証人の居場所を聞いて、そのままここにやってきた。 「アイツとは昔に一緒に悪さした仲さ」 「昔はどーでもいいわ。昨夜の話を詳しく聞かせてちょうだい」 話を促すあたしに男はやはり下卑た笑みを浮かべた。 こーれだからチンピラってやつは! 一々言動が遠まわしで鬱陶しくてもったいぶる! 「俺が安酒場で飲んでホロ酔いで歩いてたら女と男が喧嘩してやがったのさ」 男はちんたらと語りだした。最初からそーしろ。 「何事かと思ってな。ひょっとしたらオイシイ目にあう可能性もあったわけだしな、そんで覗いてみたんだぁよ」 黄色く汚れた歯が唇からこぼれて見える。その唇に浮かんだ笑みは下品なものだった。 そのオイシイ目とやらもどーせトラブルに顔を突っ込んで金儲け、とかだろう。ってよくどこかで聞く話だな、それ。 ……………………あ、あたしもよくそうするけど! でももっと高尚な志だから違うぞっ! あたしの場合は金儲けとかじゃなくボロ儲けを狙ってる! う。なんかこっちの方が質が悪いよーな気もするが、気のせいとしよう。うん。 「どーした、リナ? 心なしか顔色が良くないぞ?」 ぽえりょん、とガウリイが訊いてきたが、それを「なんでもないわ」と受け流し、再び会話に集中した。いかんいかん。内心の動揺が表に出てたのか。 「そしたらユニアとハロルドがなにやら言い合ってたんだ。しばらく見てたが、ハロルドが直ぐに帰っちまったよ」 アリエールによると会話内容までは聴こえなかった言ってたが。 「内容までは、わかんないのよね?」 一応確認のために訊いてみる。 「想像はつくけどな」 う〜〜みゅ。やっぱしわかんないか…………って、え? あっさりと言った男をあたしはぽかんと口を開けて見遣った。 「はい? 今なんと………?」 「わかんねぇけど、想像はつくぜ」 な。 「なんですってぇぇえぇぇ!? あんたそんなこと警備隊に言ってないじゃない!」 「そりゃそうさ。あいつらは『聴こえたか?』って質問してきたんだから。聞こえなかったから『聴こえなかった』って正直に答えただけだぜ」 してやったりと言わんばかりに男はニヤリと笑う。 なるほど。あたしは『内容がわかるか?』と質問した。だからわからないが『想像はつく』なのだろう。チンピラってのはふつー役所をとことん嫌うものである。そういった事も非協力といえる態度の要因にはなるのだろう。その点あたし達は役所じゃあないから、あっさり喋るというワケだ。 「で、その想像ってのは?」 男は短く鼻を鳴らす。 「よくある恋愛沙汰って奴じゃあねぇのか?」 「恋愛沙汰?」 そのままオウム返すあたし。オウム返しな嫌いなんだけど、しょーがない。 「そう。ハロルドとユニアはできてたからな。ユニアがベタ惚れで、ハロルドが足を洗う時には修羅場もいいところだったぜ」 なるほどぉ。 「でも完全に切れてたんでしょ?」 ハロルドが足を洗ったのは四年前と聞く。ならばなぜ今更そんな話を蒸し返す必要があるのか。 それに…………。 そういった場合ってのは普通未練のある方、つまりこの場合だとユニア=イースがハロルドの元へと駆けつけて文句をつけるもんじゃあなかろうか。ハロルドからわざわざユニア=イースのいるバイカー通りに行くなんて不自然な気もする。ここいらにハロルドの黙秘の理由があるかもしれない。 「切れてたつもりでもユニアからすりゃ許せなかったんだろうさ」 思考の海に沈みかけてたあたしを、男の甲高い声が現実に引き戻す。 許せない? 声には出さなかったが顔には出てたらしい。疑問に男は答えてくれた。 「自分だけさっさと汚い世界から抜けて、表の世界の女とヨロシクやってりゃあ気分も悪いもんだろ」 表の世界の女ってのはニーナのことだろう。 「でも裏社会から抜ける抜けないなんて当人の意思なわけでしょ? それは逆恨みってもんでしょーが」 「さぁてな。女の気持ちなんざ男には理解できねぇよ。ユニアの気持ちについては同じ女のあんたの方がわかるんじゃあねぇのか?」 眉を一度上げると、男は再びグラスの中の琥珀を呷る。 カラン、とグラスの中の大きな氷が涼しげな音を奏でた。 「一つだけ、聴こえた言葉がある」 琥珀の液体をじっと見つめて男は小さく呟く。 その言葉に、あたしは呼吸すら忘れて男の顔を凝視した。隣のガウリイも事態を理解しているようで、緊張した面持ちだ。 「これ以上構うな」 「へ?」 一瞬男が何を言い出したのか理解できずにあたしは間抜けな声を上げた。 「と、ハロルドが言ってたんだ。それだけは聴こえたぜ」 あぁ、もう本題に入ってたのか。 「これ以上構うな、ねぇ」 なるほど。確かにこれは色恋沙汰なのかもしれない。 しかしこれを報告すれば間違いなくハロルドの立場は悪化するだろう。色恋沙汰から発展しての殺人ってのは実際によくある話なのだ。他の三件にしてもどーせ適当な理由をつけてしまうだろう。所詮役人なんてのはそーゆーモンなのである。 その言葉から連想する限りではハロルドからユニア=イースに会いに行った理由もわかる。 ひょっとしたらユニア=イースは常日頃からハロルドに付きまとっていたのかもしれない。それでハロルドが完全に関係を断ち切るためにもユニア=イースの仕事場までわざわざ会いに行った。 ふむ。この仮説は有りえる。 もう一度資料に視線を落としてみる。 「え〜〜っと………それから半刻ほどしてからまた戻ってるみたいだけど?」 文字を追いながら男にそう問うた。資料によると何も変わったことはないとあるが、今となってはこれも怪しいもんである。 「あぁ。ちとばかし気になってな。だがもう二人ともいなかったぜ」 ふむ。資料通りである。 「何かいつもと違う、とゆーか、変わったことは無かったの?」 男は記憶を探るようにして天井に顔を仰向けた。その際に小さく唸ったのが聞こえた。 「…………いや、何もおかしなトコロは無かったぜ。いつものダウンタウンの夜中の光景だけだったな。ゴミ箱に顔をつっこんでるババアや、酔いつぶれた女を担いだバカ共に、野良犬とエサの奪い合いをする間抜け。あとは喚き散らす女に服を脱ぎだす男。それから………」 「ストップ。もういいわ。充分に参考になったわ」 なんだかまだまだ続きそうだったのであたしはそこで止めた。 男はニヤリと笑う。 「ふへへ。まだあるのにねぇ」 「ありがと。気持ちだけ受け取っておくわ」 感謝の言葉を置いてあたしとガウリイは静かに立ち上がる。その時に男の前に幾ばくかの金銭を置いた。感謝の気持ちは現金で。これは万国共通の標語である(と思う)。 男は無言で金銭をポケットに入れると、軽く片手を上げた。 そのままあたし達は外へと出た。 とりあえず聞くべきことは聞いただろう。またあとで何か聞きたくなれば来ればいいだろうし。そのためにもちょいと多めにに金銭をだしたのだ。 外はやっぱり、むせ返るような暑さの、初夏の一夜だった。 どこか、何かが胸に引っかかる。 それが何なのかわからない。 先ほどの会話の中で何かが奇妙なしこりを胸に残した。 暗いダウンタウンの町並みに目が眩みそうになる。 ここは、厭な場所だな、となんとなく思った。 「誰かを、庇ってるのかしら」 「ハロルドか?」 ぽつりとこぼしたあたしの言葉に、ガウリイが低く応える。 あたしは無言でこくりとうなずいた。 「まぁ、可能性はあるんじゃないのか?」 「あたしは高いと思うわ」 いくらなんでもあそこまで頑なに口を開くのを拒むのは不自然だ。さっきの話を聞いて更にその思いは深まった。 確かに前述の通り、そのままの発言はハロルドの立場を良い方向へとは向けさせないだろう。 しかし、物証がないと逮捕ができないのも事実なのだ。状況証拠だけで犯人逮捕に踏み切れる場合もあるが、それも確実な証人がいないと仕方ないこと。はっきし言ってハロルドはユニア=イースとの口論の内容を明かしてもいいと思う。 それでも口を開かないのは、誰かを庇ってるとしか思えない。 この『庇う』にしても複雑だが。 例えば、ハロルドは犯人を知っていてその犯人を庇っているのか。 それともハロルドもまた犯人を知らないが、口論内容によって誰かに迷惑が及ぶのか。 もしくは口論内容によって犯人が確定される恐れがあるのか。勿論、この場合はその確定される犯人が真犯人ではありえない、という状況だろうが。 しかしこれを調べようとしたら、ハロルドも交友関係を全て洗わなければならない。 「う〜〜〜〜〜ん」 余りにも情報が少なすぎる。 あたしはたまらず呻いた。 「で、今からどーするんだ?」 「………そーねぇ………」 正直、もう一度ハロルドと面会がしたい。 それもあたしとガウリイとハロルドの三人で。 警備隊の人間がいれば聞ける情報も聞けはしない。 あたしがそう言うと、 「そりゃ無理なんじゃあないか? さっきみたいな手は使えないだろーし」 眉を寄せてガウリイが肩を竦めた。 「わかってるわよ。だから悩んでんでしょーが」 ちょっと口を尖らせてあたしは腕を組んだ。 口の中でもごもごと小さく『混沌の言葉』を紡ぐ。そして『力ある言葉』を解き放つ。 「明かりよ」 その言葉に応えてあたしの手元に小さな弱い光を放つ魔法の灯りが生まれた。 ちと行儀はよろしくないけど、あたしは歩きながら資料を取り出し、ぱらぱらと目を通す。 被害者の交友関係が書いてある資料を見る。 三人とも交友関係はそれぞれが十名も書かれていない。そして当たり前だがその中にハロルドの名前は挙げられていない。これは杜撰なのか、それとも近年の分だけなのか。 杜撰な調査の結果だとすれば、ハロルドの交友関係を調べてもらったとしても成果は出ない気がひしひしとする。 「あのさー」 「なによ」 「ルワードさんに頼んでみちゃどーだ?」 「………何をよ」 あたしは資料から顔を上げて、ガウリイへと視線を転じた。 「だから。あの隊長さんにさ」 「アリエールに?」 何を言いたいのかわからない。 「そう。ルワードさんにさ、そのアリエールに俺とリナとハロルドの三人で会わせてくれって、頼んでくれって頼んでみちゃどーだ?」 あぁ、そういうことか。しかしややこしい言い方をするわねぇ。 「ん〜〜、どーかしらねぇ。いくら友人だからってそこまで公私混同しないでしょー」 首を少し傾けてあたしは耳飾を触った。金属の冷たさが心地よいのだ。 「でも、ま、ダメ元で言ってみましょーか」 さすがにこの時間だとルワードさんも仕事が終わってるだろーし。 そしてあたし達は市長邸へと足を進めたのだった。 その際に魔法を解除したのだが、その時になんとも言い難い違和感が生まれた。 「どーした? リナ」 突然足を止めたあたしにガウリイが怪訝そうに首を傾げた。 「ん? いや、なんでもないわ」 適当に誤魔化して再び足を前に出す。 なにか、おかしい。 見落としをしている気がする。しかしその見落としが何についてなのかわからない。あたしは首をぶるぶると振ってその違和感を追い払った。 まずやるべきことをしないと。 そう言い聞かせるようにして前方に拡がる夜を睨み付けた。 「うん。いいよ。他ならぬルワードのたっての願いなら断る理由が見つからないなぁ」 あっけらかんと言い切ったアリエールにあたしはその場で勢い余ってコケてみせた。 「すまないな、アリエール」 涼しげな口調でルワードさんがアリエールに一礼する。 あたし達はすぐに市長邸に行き、そこでルワードさんにお願いしたところ快諾してくれて、そしてそのままの足で警備役所に来て、そしてルワードさんがアリエールにあたしとガウリイだけのハロルドとの面会を頼んでくれたのだ、が。 お……思いっきり公私混同してるしっ! まさかこんなに簡単に事が運ぶとは思いもしなかった。 おそるべしっ! やる気のない警備隊長! 「おやおや、いいのかい? アリエール」 壁にもたれてるアルヴァートが面白そうに眉を上下させた。 「何がだい? アルヴァート」 「どう言い繕ったって所詮は密会だろう? どんな重要な証言が得られるのかもわからない。果たしてそこの二人はその全てを正直に全部君に報告するのだろうか?」 イヤな事を言う男である。 ちと当たっているだけに余計ムカツく。 そもそもなんでこの男がここに居る必要があるのか。まーアリエールが許可したからだけど。いくらなんでも一般市民を捜査会議(とゆー名目なのだ、一応)に同席させるとは、公私混同にもホドがあるんじゃあないだろーか。 「あぁ、その危険性は高いねぇ」 「ちょっと! さっき確かに許可したわよ! 今更反古なんて承知しないわ!」 ヤバイ雲行きにあたしは慌てて口を開く。 「ん〜〜、じゃあちゃんと全部報告してくれるのかい?」 「勿論」 時と場合によるわ。 と、心の中で付け加えてあたしはしゃあしゃあと頷いた。 クスクスとアルヴァートが笑う声が耳に障る。 「なによ。何が言いたいの?」 きり、とアルヴァートを睨みつける。アルヴァートはそ知らぬ顔のままでただ愉しそうにクスクスと笑い続ける。 「それ、思い出し笑いかなんか、そーゆー類の笑いだったら一人の時にしてくれる?」 「いや、思い出し笑いじゃあないよ。リナ=イナバース」 「ふぅん。だったらあたしについて笑ってるなら容赦しないわ」 「へぇ。可愛いお嬢さんにどんな目に逢わされるのか、それも楽しみだね」 再度、クスクスと笑う。 厭な男っ! 「あたしはね、人をバカにするのは大好きだけど、バカにされるのは大嫌いなの」 「じゃあ気が合うね、僕達」 ガウリイがそっと息をついたのがわかった。 「じゃあこうしよう」 剣呑な空気漂うあたしとアルヴァートの間を、静かに割って入ったのはルワードさんだった。 この場にいる全員の視線を一身に集めて、ルワードさんはまるで預言者のように厳かに、まるで宣言でも下すかのように口を開いた。 「私がこの面会に同席しよう。私は市長秘書として公的に三人の話を聞き、事件解決に必要ならばしかと警備隊長への報告を果たす。それならば如何か」 「………………………………」 この言葉に一同は思わず黙り込んだ。 なるほど、なるほど。こう来たか。 あたしは緩みかけた口元を慌てて引き締めた。 どうしてなかなかの策士ぶりじゃあないか。 「………うん、それは良い案だね。ルワードなら信頼に値するよ」 微笑と共にアリエールが頷く。 「…………ふむ。一見非の打ち所が無い、どころか、これはあらゆる面から公平にして不公平だねぇ」 内容とは裏腹にアルヴァートは矢張り愉しげに笑った。 「どういう意味だい?」 「わからなければそのままがいい」 アルヴァートの言葉を謀りかねたのか、アリエールが小首を傾げた。アルヴァートはにべもなくそれを受け流す。 「どーゆー意味だ?」 ………やっぱしね。そー来ると思ってたけど。 ひそひそと小声で耳元で囁くように、ガウリイが不思議そうに尋ねてきた。 「後で説明したげるわ」 それだけ言ってあたしは視線をルワードさんに戻す。視線の先でルワードさんの涼しい瞳が笑っているのが見えた。 ルワードさんは今「市長秘書として公的に」と言った。 とりもなおさずこれは市長代理と思え、という意思表示に他ならない。 そしてあたしとルワードさんは既に「知人」という領域まで関わっているのだ。それでいて「公的」と表現したのだ。とは言え、それを「私的」だと糾弾するのは市長に対しての謗りと相成る。 そして「事件解決に必要とあらば」という言葉。これまた曲者だったりする。 つまり判断は己で下すということ。 ルワードさんが不必要と判断した時点で報告の義務はなくなるのだ。 確かにアルヴァートの言う通りに「あらゆる面から公平にして不公平」になる。 「さて。話は纏まったようだな」 言いながらルワードさんは扉へと向かう。 さっさと尋問室まで連れて行け、という意思表示だろう。 「うん、じゃあ行こうか」 どこか嬉しそうにアリエールは小さく駆けてルワードに並ぶ。 親友というよりもなんか片思いと女の子みたいだなぁ、アリエール。 ……………………………。 うっ。思わず想像してしまった。をえ。 多少、己の想像で気分が悪くなりつつ、あたしもその後に続いた。ガウリイもすっと、あたしの横に並ぶ。 視界の端で、 アルヴァートが、 あの正体不明の笑みで、あたし達を見送っていた。 |