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「さぁ吐け! お前がやったんだろう!!」 強面のおっさんに執拗に責められているハロルドが窓の向こうで、苦しげに呻いているのがわかる。 「違う………」 振り絞るような声でハロルドが否定する。 あたしとガウリイとリズ、そしてアリエールが並んでその光景を見ていた。 「なんで、ハロルドなのよ………」 我知らず出たその声に、反応したのはアリエールだった。 「彼は、殺された三人と、そして行方不明の一人と、旧知の仲なんだ」 リズが黙ってそれを肯定するのが視界の隅でわかった。 「それだけで犯人なんて、言いがかりじゃないか………」 ガウリイがまるで自分が責められているかのように、苦しげに唸った。 「証人が、いる」 弾かれるようにあたしとガウリイはアリエールの顔を見て、そしてリズの顔を見た。 「あたしは知らない、けど。確かにハロルドはあたし達と、昔に仲間だった男よ」 ―静寂と孤独の狭間を彷徨う夜― (第五話) 作:あごんさん あれから、あたし達三人は役所へと一目散に走った。 リズは、 「ハロルドってハロルド=マクラクラン!?」 そう叫んであたし達の会話に混じると、今にも駆け出しそうなあたしのマントを引っ張った。 「役所へ行くのね? じゃああたしも行くわ」 「………ハロルドを、知ってるの?」 こくりと頷いたリズに、あたしは、 「一緒に来て!」 手を引っ張るようにして宿屋を出た。 そして着いた先では、既に尋問が始まっていたのだ。 「証人って?」 「ハロルド=マクラクランが、昨夜、ユニア=イースと道端で口論しているところを通行人が見ていたんだ」 こくり、とあたしの喉が鳴った。 「そしてそれ以降にユニア=イースを見た者はいないんだ」 「それだけじゃ確実な証拠とは言えないわ」 「そうだね。でも彼は容疑者として連れてきたわけじゃあないからね」 相変わらず軽く言うアリエールをあたしは睨みつける。 「参考人ってこと?」 アリエールの貌に全体的に笑みが乗る。この男は顔のパーツ全てを使って笑う。だから、この男の笑顔は人に好印象を与えないのだ。 「ただの参考人じゃあない。重要参考人だね」 つまりは犯人として当局は見ている、ということだ。 あたしはアリエールの顔を見たくなくって、そして隣のリズを見た。 その視線に何か質問があると思ったのか、リズは瞳を閉じて語りだした。 「ハロルドはね、今は完全に足を洗ってるけどね。昔はそりゃあ手の付けられないヤツだったの。三年前、いや四年前くらいかな。急にカタギになるって言い出したのさ」 「そう。四年じゃあもう昔話、よね」 「まぁね」 リズは小さく応じる。 しかし、アリエールの話ではハロルドは犯行の否認をしているらしい。 でも昨夜にユニア=イースと会ったことは認めている。しかし口論はしていない、と。その上、会話内容に関しては全くの黙秘。 これではハロルドの立場は悪くなるだけだ。 いくらハロルドが犯人じゃないとしても、朝もなく昼もなく夜もなく役人から自白を強要されれば、弱った精神状態では、楽になるためにも自白をさせられる可能性も高い。 事実、こういったケースはひどく多いのだ。 「リナ、どうする?」 囁くようにガウリイがあたしの耳に口を近付ける。 「そうね。このままここにいても埒があかないのも事実だし。一旦出ましょ」 そう言ってあたし達は役所を後にしたのだった。 さて。 あたしは思わず途方に暮れて、夕刻が迫りつつある町並みを見た。 ガウリイにもリズにもすでに双方の紹介はしてある。 「ね、ガウリイ」 「ん?」 あたしは少し言い淀んでから、ようやく決心して口を開く。 「ニーナは、どう?」 こんなこと聞かなくてもいいことだと思った。だから言うか言うまいか悩んだ。ニーナの心境を聞くなんて野蛮だとも思ったが、聞かずにはいられなかった。 「ん、落ち込んでるよ」 「………そう」 そりゃそうよね。当たり前だわ。 恋人に連続殺人犯の容疑がかかったら誰だって辛い。 「会えなくてもいいんだけど、ニーナの家に、行きたい」 あたしが、一文一文を区切るように言うとガウリイは、 「うん。こういう時は少しだけでも声をかけてあげた方がいい。特にニーナみたいに孤独な状況だったら尚更だろ」 力は無かったけど、優しい笑顔でそう答えてくれた。 「なんか取り込むみたいね。あたしは先に宿屋に戻ってるわ」 気を遣ってくれたのだろう。リズは言うが早いかさっさと身を翻して宿屋へと続く道のりを歩いて行った。その華奢な体が赤い夕闇に溶け込み、やがて見えなくなってからあたし達二人はニーナの家に向かった。 ニーナの家は暗かった。 いつもなら窓から漏れる灯りや良い匂いを乗せた煙がこの家から外に向かうというのに。 あたしは動けなかった。 足に鉛でもついたみたいに、重くて動けない。 喉に何か異物が詰まるように、何も声が出てこない。 玄関の扉までがやけに遠く感じる。 来たはいいけど、声をかけたいと思ったけど、いざとなれば何て声をかければいいのか見当もつかない。 ニーナの家は暗くて、近寄り難いものだった。 ぽむ、とガウリイがあたしの背中を軽く叩いて、その長い足を一歩前へ出した。長い金髪が揺れている。そのまま歩調が緩むこともなく、ガウリイはニーナの家の玄関まで歩いていってしまった。 置いていかれたようで、あたしの心に細波が立つように不安が拡がる。 ガウリイはあたしへと振り向くと、小さく手招きして。 微笑った。 力無く、元気も無いいつものガウリイらしからぬ笑顔だったけど。でもどうしようもなくガウリイの笑顔だった。 今の今まで異様に重かった足が、すいと動く。あたしは半分小走りでガウリイの隣へと走った。 ようやく決心してあたしはドアノッカーへと手を伸ばし、逡巡してからノックした。 こんこん。 軽い音が夕闇の中を響き、あたしの鼓膜を震わせる。 返事はない。 「ニーナ、あたしよ。リナ」 こんこん。 もう一度、今度は声と共にノックする。 少しだけ待ってみようとあたしはドアノッカーから手を離した。隣のガウリイがあたしの髪をさらりと撫でる。その時のガウリイの顔は見なかった。 「ニーナ?」 再度呼びかけてみる。もう一度だけノックしようとノッカーに手を伸ばしかけた時。 扉の向こうに気配が生まれた。 「………リナさん?」 「ニーナ! そうよ。あたしよ」 扉の向こうから戸惑うような気配が伝わってきた。 「そのままでいいの。聞いて」 この言葉に返事はない。扉の向こうで頷いているのかもしれない。 「あたしね、市長に頼まれてこの事件の捜査をしてるの」 「リナさんが?」 「そう。ね、ニーナ」 黄昏の街は初夏の匂いに包まれて、いっそむせ返るようだった。 ほのかに匂ってくるのはどこかで成っている檸檬だろうか。 「信じてあげてて。あたしが絶対にハロルドの疑いを晴らしてあげるから。ニーナはハロルドを信じてあげてて。人は誰かに信じて待っててもらうだけで本当に強くなれるの」 ガウリイの逞しい腕があたしの肩を軽く抱く。 「ハロルドは今、大変なの。弱い心じゃ負けるかもしれない。やってないのに自白をさせられるかもしれないの。だから、信じて待っててあげて」 扉の向こうからは何も反応がない。 いや、あった。 聴こえてきた。 消えそうな、声だった。 いや、声じゃない。 すすり泣く声だった。 「あたしが絶対にハロルドの嫌疑を晴らすから!」 知らずの内に握った拳が小さくわななく。 「信じて、そして待ってて!」 力を込めて、思いを込めてあたしはそう言って、そのまま踵を返した。 絶対に犯人を捕まえてやる。 そう固く心に誓って。 ニーナの家を後にしたのだった。 「リナ、ハロルドは大丈夫だと思うか?」 とにかくまずはもう一度役所に行くべきだと、あたし達は役所へと向かっている。その途中でガウリイが不安そうにそう訊いてきた。 「何がよ」 「いろんな意味でだよ」 ふぅぅぅ、とあたしは長く深い嘆息をした。 「そうね。まず犯人ではありえないわ。犯人ならユニアに会ったことそれ自体を否定するはずよ。なのにハロルドはユニアとの口論は認めてるわ。これって余程のバカじゃない限り犯人がすることとは思われないもの」 「うん」 「短気決戦じゃないとヤバいっちゃーヤバいわ」 「そうなのか?」 全く何を見て何を聞いてたんだかこの兄ちゃんは! 「見たでしょ? ガウリイも。あの執拗な尋問を」 「………あぁ」 「あんな風に毎日毎日朝昼晩とやられたらマトモな精神なら、自白を強要される恐れもあるのよ」 「そうなのか?」 「そう。毎日あれじゃあ尋問されることが日常だと錯覚に陥るの。嫌な日常から逃れるためにそうしちゃう人も多いんだから」 あたしの見立てでは保って三日。 でもリズの話ではハロルドは昔にそれなりの悪だったらしいし、ならばそれなりに耐えられる可能性もあるのだが。確かルードン・シティでは尋問の際に幾つかの種類ではあるが拷問が認められているはずだった。勿論、拷問に至るまでにはそれなりのプロセスもいる。最終的には領主の許可も必要だ。そこに行くまでには最低でも十日はかかるだろう。 とにかく、まずは出来るものならばハロルドに面会したい。 「急ぐわよ、ガウリイ!」 「おう!」 そして同時に地を蹴り、まるで沈む陽に立ち向かうようにあたし達は駆け出した。 「無理だね」 「やかましい」 「公務執行妨害と受け取るよ?」 「言論の自由を行使してるだけだわ」 物静かに、ただ淡々と交わす言葉が小さな部屋に、澱のように沈殿する。 「ハロルド=マクラクランとの面会を要求するわ。これは捜査において重要なことだと判断した上よ」 「無理だね」 幾度目になるのか、あたしもアリエールも同じ会話を無機質に繰り返す。 「……………………………」 今度はさすがにあたしは何も言わなかった。 うみゅ、手を変えよう。 「ならば尋問に立ち会うのはどう? これも捜査の一環だと主張するわ」 アリエールは顎に手を当てて暫く黙り込んだ。 おし、もう一声か。 「勿論、こっちは警備隊の指示には従うし、尋問に口を挟まないわ」 「………………………それならば問題はない、かな」 長い沈黙の末に、やっぱし軽い声と調子でアリエールはそう言ったのだった。 ふふん。そうなりゃこっちのモンだったりするのだが。 そう内心で意地の悪い笑みを浮かべながらあたしはアリエールの鳶色の目を見据えた。 やや待たされた後ですぐにあたし達は尋問室へと案内された。 灰色の壁、灰色の天井、灰色の床。僅かに揺れるランプでさえも灰色に思えてくる。そんな部屋にハロルドはいた。幸薄い人生を『灰色の人生』と最初に謳ったのは一体誰なのか。きっと一度こうして尋問室に招待された人間に違いない。 ハロルドはすっかり落ち窪んだ目で扉を開けるあたし達を見て、一瞬の間を置いてから目を見開いた。乾いた唇が微かに動く。その唇は「なんで」という形に動いたのをあたしは見た。 「なんであたし達がここにいるのか不思議でしょうけど、簡潔に言うと、市長に今事件の捜査を依頼されたからよ。さて、ハロルド。再会を懐かしんでいる暇はないわ」 一気にここまで喋るあたしに、 「ちょっとリナさん。約束が違うんじゃないかなぁ」 アリエールが困った顔で口を挟む。 「約束って?」 へーぜんとうそぶくあたしに、アリエールは苦笑した。 「警備隊の指示に従うって約束。勝手に話しかけるのは遠慮してほしいんだけど」 「あぁ、そんなコト言ったわよね。でも別に約束を破ってはいないわよ」 アリエールの流れるような眉がちょっとだけ動いた。それに応えるようにあたしは鼻で小さく笑う。 「ふふん。あたしが言ったのは『こっちは警備隊の指示に従う』ってだけだわ。あたしが、とは一言も言ってないわよ? この場合のこっちってのはね」 くん、と顎を隣のガウリイへと動かす。 「こっちのこと。『こっちにいるガウリイは』の略で『こっちは』。オーケー? それを勝手に解釈したのはそっちだわ」 なるほど、とアリエールが呟く声が聞こえた。 「とにかく! あたしはあたしの行動についての約束なんてしてないわ! 納得したら黙ってて」 言い捨ててそのまま再びハロルドと向かい合う。 「で、あんたはやってないのね?」 念を押すようにあたしはハロルドの碧の目を見据えた。 「やってない! 俺は何もしてない!」 きっとこうやってずっと叫んでいたのだろう。その声はもう掠れ始めていたが、その瞳の力は少しも損なわれていない。 よし。 「わかったわ。あたし達はあんたの無実を信じてる」 途端にハロルドの顔に安堵が拡がる。 「ニーナも、あんたを信じて、待ってるわ」 言い聞かせるように、力と思いを込めて言ったその言葉に、ハロルドの顔が瞬時にくしゃくしゃになった。泣きはしなかったが、堪える事自体も辛いらしく、そのまま机の上に突っ伏した。激しく打ち震えるその肩が痛々しい。でもあたしはその姿から目を逸らさなかった。逸らしてはならないと思ったのだ。あたしが今回の依頼を受けたからには、目の前で展開される全てを見なければならない。 あたしは依頼を受ける時にはちゃんと腹を括っている。 だから、このハロルドの姿も見ておくのだ。 半端な覚悟で、人の依頼なんか受けない。 どんな些少な事件でも、絶対に誰かに何かの影響を残すのだ。依頼を受ける際にはその全てを引き受ける程の覚悟は絶対に必要なのだ。 「あたしにはあんたがユニア=イースと深夜に会ったこと、そしてその事実の是認、そして犯行の否認をしてる事しか知らないわ」 まるで何も無いようにあたしは淡々と話を続ける。 ガウリイが何か言いたげだったがそれは無視。 「あたし達にも、ユニア=イースとの会話内容を話す気にはなれない?」 びくりと顕著な反応がハロルドの両肩に現れた。あたしは無言でハロルドの言葉を待った。ガウリイもアリエールも全く動かない。この灰色の空間で動くのは震えるハロルドの体だけだった。 しかし待てど暮らせどハロルドが口を開く気配が見られない。 これはアリエールがいるせいで言う事が出来ないのか、それともそんな事も関係なく、あたし達にでさえも話すことの出来ない内容なのか。判断に迷うトコロだ。 まぁ、いいだろう。今回のこの面会は何もハロルドから情報を仕入れる為に仕組んだものじゃあない。本音を言えばちょっとは情報も欲しかったりするんだが、言いたくない内容を無理に言わせたトコロでそれが真実なのかどうかも怪しくなる。それならば何も聞かない方が惑わされずにすむとゆーもんである。 あたしが今回どうしてもハロルドに会いたかった理由はやはり。 「さて、じゃ行くわ」 軽い嘆息と共にあたしは言って立ち上がる。 ハロルドの顔がようやく上がったのを見て、にやりと笑ってみせる。 「精精あんたも気張んのよ、ハロルド。この部屋でね」 踵を返すあたしの背中をガウリイが戸惑いながらついていく。その表情が「もういいのか」と告げていたが、その通りなのだ。 もう、いい。 「あたし達は外で気張るわ」 ひらひらと頭上で手を振りながらノブに手を掛けかちゃりと回す。 「そだ」 短く言ってその場で顔だけを後方へ向けた。 「あたし達が知ってる事がもうひとつあったわ」 その言葉にハロルドだけじゃなく、ガウリイもアリエールも眉をひそめた。 「ハロルド=マクラクランが無実だってことね」 真っ直ぐにハロルドを見据えて言った科白に、ハロルドの顔が再び歪む。それに気付かぬふりであたしは言葉を繋いだ。 「待ってるわよ」 誰が、とは言わない。言わずとも通じるだろう。 あたしはさっと身を翻して扉を開けて灰色の部屋を出た。そのまま早足で廊下を進む。 伝えたかったのはこの一言だけだったから、もう用はない。 このたった一言は、きっとハロルドの心の拠り所になるだろう。だからもう大丈夫。 ハロルドは灰色の尋問室で頑張れる。 今はとにかく一刻も早く犯人を挙げることだ。 情報は乏しいが皆無ではない。 さて、どこから手をつけるべきか。 これからすべきことを頭の中で整理しながら小さく唸る。 夜が、 長くなりそうだった。 |