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「やあやあ! 君が噂に名高いリナ=インバースだねっ! 会えて光栄! 寧ろ話のネタになるに近いねっ!」 「そりゃどーも」 あたしはげんなりと男の差し出した手を力無く握り返した。 「ところで君は誰だい?」 そう言って男は長い銀髪を揺らし、あたしの隣のガウリイを見た、が。 「はうっ! 人の名前を尋ねるときはまず自分から! よしっじゃあまずは僕の名前だね! 浮かれて思わず紳士道から逸れるところだったよ!」 名前を言おうとしたガウリイを手で制して、男は大袈裟に腕を広げた。 「僕の名前はアリエール=ソフラン! まぁよくある名前だけどね! このルードン・シティの警備隊長を務めているんだ!」 どーしてこの男はいちいち叫んだりオーバーなアクションをとるんだろう………。 この自己紹介もただ立って、ではなく、くるくると回り踊りながらなのだ。 「俺はガウリイ=ガブリエフ。リナの旅の連れだ」 アリエールの奇行に何も感じないのか、ガウリイはいつものようにのほりんこと名を名乗る。アリエールはまたもや大袈裟なリアクションを取る。 「おおっ! 素晴らしいっ! 立てば騒音、座れば迷惑、歩くだけでも大災害! のリナ=インバースの連れだなんてっ! 勇気ある者を神は勇者と呼ぶのだよ!!」 「じゃかましいいいいいいいいいいいいっっ!!」 さっきから黙って聞いてりゃ無礼千万っっ! あたしは怒りに任せるままにアリエールの顔面に思いっきりドロップキックをかました! ―静寂と孤独の狭間を彷徨う夜― (第三話) 作:あごんさん 美味しい夕食を三人でとって、それなりに楽しい時間を過ごしてからあたし達はルードン・シティ警備隊長へと面会に向かったのがちょっと前。食事中にルワードさんが警備隊長は古くからの友人だと告げ、実に面白いヤツだからきっとあたし達も気に入ると言っていたがっ! 「気に入らんわああああああああああああああああっ!!」 喉も裂けよとばかりにあたしは絶叫した。 「あはははははは! 噂以上の短気かつ暴力的かつ胸無しっぷり! 素晴らしい!!」 あたしの抗議もなんのその。アリエールはにこやかに笑いそう言った。 「………それ以上何か言うと、本っっ気でシめるわよ」 青筋をピクピクいわせて地を這うような低い声であたしがぼそりと言うと、アリエールはやはりにっこにっこと笑うだけだった。 「アリエール。無駄話はいらないから、事件の話をしてくれないか。リナさん達に少しでも詳しい情報を与えてほしいんだ」 呆れたように話を促すルワードさんにアリエールは瞳の奥だけで笑ってみせた。 「ふふん。君には弱い。オーケー」 そしてアリエールは椅子に腰を落とした。あたし達もそれに続くようにして向かいの席に座った。白い大きなテーブルを挟んであたし達とアリエールが向かい合う形になる。 「こないだ資料は渡したよね?」 「ああ。もうすでに市長もこちらのリナさんも目を通してある」 「ふぅん。そっか」 アリエールは鼻を小さく鳴らしてから、ぎしりと音をさせて椅子の背もたれに体重を預ける。長い銀の前髪を鬱陶しそうに払いのけ、鳶色の瞳をルワードさんに合わせた。 「実はあれから、全っ然っ進展してないっっ!!」 ぽけり。 偉そうに胸を張るアリエールのその言葉に、あたしとルワードさんは椅子に座ったそのままの姿勢でへちコケたのだった。 ………大丈夫なのか、こんな奴が警備隊長で………。 この捜査の行く先に不安を覚えつつ、あたしは冷えた床の感触を頬で感じながら疲れた吐息を漏らした。 ありゃ。ルワードさんも似たような表情だし。 ガウリイだけはいつもの通り、自分のペースを貫いているようだ。さすが脳味噌マロニー!! 侮れない男だわっ! 「だから、事件のコトとかは僕に期待しないで欲しいなぁ」 えへへと締まりの無い顔でアリエールは笑った。自慢げに言うんじゃあないっ! 「あ……あぁそー。わかったわ………。じゃあもらった資料からだけで捜査を進めていくわ」 必要以上に人を脱力させる男である。 「あんたみたいな人がよく隊長なんてなれたわよね」 心の底からの感想をあたしが漏らすと、アリエールはまたしてもニヤリと笑う。 「しょーがないんじゃないかな。カネとコネで手に入れた地位だからねぇ」 悪びれる様子など微塵も見せずに、どころかなんだか誇らしげにさえアリエールは胸を反らす。だから自慢げに言うんじゃあないっっ!! 「あぁ、でもそうだね。実は犯人に心当たりがあるんだ。完全な僕の勘だけど」 長く細い足を組み替えながらアリエールはゆったりと微笑した。 がたがたがたっ! またしてもあたしとルワードさんが派手な音を立てて椅子からズリ落ちた。 突然に何を言うかなっこの男はっ! 「本当なのかっ!? アリエール!」 慌ててルワードさんがアリエールに詰め寄った。 「ふふん」 鼻で小さく笑っているアリエールに今度はあたしが詰め寄る。 「ちょっと! それってどーゆーコトなの!? 物証が無いから逮捕できないってこと!?」 風が渡る。 東から西へと。 静かにでも確かにこの部屋に窓から入りそしてまた窓へと抜けたのを感じた。 あたし達の詰問に応えたのは。 アリエールではなかった。 「おやおや。アリエール隊長。その犯人の心当たりとは僕のことかな?」 果てなく深く底無く黒い初夏の夜の闇が、人の形をとったとしか思われない姿を持った男が、開いた扉にもたれかかり、幽冥たる瞳をこちらに向けていた。朱い唇が鋭いクレッセントのように笑いの形を持っていた。 唐突なその出現はまるで、さっき吹きぬいた風と共にこの部屋にやってきたかのような錯覚を感じさせる。 「ふふふ。大当たりだよ、アルヴァート=クリスン。だって君がこの街に来たちょうど七日前から事件が発生しているのだから。十中八九そうだろうと思っているんだ」 「非道いな。そんな濡れた衣を着せられても、僕は魔道士じゃあるまいし乾かせないよ」 「無実ならば魔道士でなくとも乾くらしいよ」 言って実に愉しげにアリエールはくっくと喉の奥で笑う。 それに応えるようにアルヴァートと呼ばれた男の漆黒の髪が流れる。闇が蠢く時とはこういう風に音もなく、それと感じさせずに動くに違いない。 しかし、こりはひょっとして…………。 「あ……あんたらもしかして、その会話が友人同士の他愛ない冗談とか、言わないでしょぉぉねぇぇっ!?」 堪えようも無く震える声であたしはアリエールとアルヴァートを睨み付けた。頬の筋肉が引きつるのがよ〜〜〜〜っくわかった。眉間に痛いほどに力がこもる。 「その通りだねっ! リナ=インバースさん!!」 「他愛ないどころか愛情たっぷりのジョークだよ。可愛い魔道士のお嬢さん」 無駄な大声で奇妙な節をつけてアリエールが。 闇色の声と捉え所のない貌でアルヴァートが。 順番にそう口を開いてあたし達に笑いかけた。 勿論、あたしは。 「フザけてんじゃあないぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」 心の底から絶叫して椅子を蹴りながら立ち上がり、旬な乙女に必需品であるスリッパで二人のド頭を殴りつけた。ちぃっ! やはしダメージが少ないかっ! 次にスリッパを買うときはトゲ付きのやつにしよう。 などとどこで売っているのかも知れないスリッパを想像しながら、肩で大きく息をしたのだった。 「彼はね、各地を巡ってはその地にある伝承や伝説を書きまとめている人なんだ」 アリエールが隣に座ったアルヴァートをそう紹介した。 「初めまして。アルヴァート=クリスンです。いつか全てをまとめて発表できればいいと思っているんだ」 アルヴァートは白い歯を唇の間からこぼして一礼した。 「それにしてもあのリナ=インバースがこんなに可愛いらしい女性だったとは。驚きだな」 「そりはどーも」 非の打ち所のないお世辞をアリガトウ、と心の中で付け加えてあたしも一礼を返す。 「切り裂きジャックの事件について君たちが捜査に協力するとなると、これはひどく面白くなりそうだなぁ」 あたし達がこの捜査に協力する事は先程すでに話し終えている。 アルヴァートはどこか恍惚の瞳であたしとガウリイを見ている。濡れた瞳に色気は感じられず、ただ一種の寒気さえ覚えるようだった。 「不謹慎ね。アルヴァートさん」 「アルヴァートで良いよ。リナ=インバース」 「………リナでいいわ。アルヴァート」 何故か出そうになった舌打ちをあたしはようよう堪えた。 「人が三人死んでるわ。それを面白がるような人為ならば書き物商売はやめたほうが懸命よ。そんな人物の書いたモノなんて誰にも感銘を与えないから」 アルヴァートはおどけるように眉を上下させた。 「肝に銘じておこう」 自分でも不思議なほどにあたしはこのアルヴァート=クリスンが気に入らなかった。理由なんか思いつかない。理由なんてないのかもしれない。ならば。 本能がそう命じているのだろう。 ――アルヴァート=クリスンに隙を見せるな、と。 「じゃあ本当に事件にも捜査にも進展は無いんだな?」 話を切り替えたのはルワードだった。最初に見たときは冷たい色に見えた薄青の瞳が、今では優しい色合いに見えてきた。 「うん。全くもって残念ながら」 ちっとも残念そうじゃない口調でアリエールが大きく頷いた。 「そうか。じゃあ無駄足だったかな」 小さく溜息を吐いてルワードさんは椅子の背にもたれる。きぃと応えるように椅子が鳴いた。 「それはひどい。もっと言い様があるだろう。いくら僕が君に弱いとはいえそう言われれば辛いなぁ」 ルワードの一言に抗議するようにアリエールが声を上げた。 でもあたしはこの場合、ルワードさんが完全無比に正しいと思うんだけどなー。 「まぁ、でも何か情報とか動きが出れば知らせるよ」 「ありがとう、アリエール」 「どういたしまして。これからの予定は?」 後半の質問はどうやらあたしとガウリイに向けられたものらしい。鳶色の瞳があたし達を見据えている。 「まぁもう夜も更けつつあるし。宿に帰って資料に目を通すだけね」 ガウリイもこくこくと頷く。ってあんたは資料に目なんか通さないでしょーがっ! 「なるほど」 短くそれだけ言ったアリエールにあたしは眉根を寄せた。 「なんでそんなこと訊くのよ」 「いや別に。夕食がまだなら一緒にと思っただけなんだけど」 へぇ。 「残念だけどもう食べ終わったから。またの機会にしましょ」 あんたなんかとご飯なんか食べてもちっとも落ち着いて味わえないから絶対にゴメンだわ! なーんてちょっぴりカワイイことを心中で叫んでみたりしたのだった。 そしてあたし達三人はルードン・シティ警備隊本営を後にしたのだった。 ふむ。 考え事をするときの癖なのだが、大きく息を吐いてあたしは軽く爪を噛んだ。 あれからすぐにルワードさんとも別れ、あたし達は自分達の宿に戻って一息を付いた。あたしはマントやらなにやらを全て脱いで既に寝間着に着替えている。 安宿に相応であろう硬いソファへと腰をおろして、あたしは資料へと再び目を落としていた。 ガウリイはまだ入浴中である。 水が流れる音が耳に微かに聞こえる。 普段ならばまるで仔犬の行水のように派手に音を立てて入浴するガウリイなのだが、本日は実に大人しく入っている。理由もわかる。 あたしが資料を読んでいるのでなるべく邪魔をしないように、という配慮からだろう。 ざっと資料を読んだが、疑問点がいくつかある。 これは明日にでもアリエールに聞いておいたほうがいいだろう。 まず一つ目。 どうして犯人は路上で殺したりしたのか。 いくら路上娼婦が人目を憚って暗い夜道で客引きをするといっても全く人の目につかないわけでもないだろうに。 相手に一声を掛けた時点ですでに娼婦の自室へと連れて行かれるのは明白。 ならばそこで殺した方が安全策であろうと思う。 そして二つ目。 被害者には誰も性行為の後も見られなければ、何も盗られていないということ。 私怨にしてはなにかおかしい。 私怨を持つほどの相手ならばそれこそ顔見知りであろう。だったら何も夜遅くにどこにいるかもわからない――と言ってもそれぞれに縄張りはあるらしいが――相手に会うよりも、直接部屋に行けばいいだろう。 三つ目は。 これは資料を読んで思ったのだが、三人目の被害者であるトリッシュ=シナ。彼女の前歯にはなにか肉片が挟まっていたということ。 それは生肉のようだが成分的には脂身であったらしい。当局としては昼食の食べかすが歯の間に詰まったのだろうと結論付けているがそれはおかしい。 検死での胃の解剖で夕食には肉を食べていないことが判明しているから、ならば昼食なのだろうと安易な考えなのだろうが、しかしまともに考えても前歯に詰まった肉片を半日も放っておく人間がいるとは思えない。 ふむ、とあたしはもう一度、鼻を鳴らした。 ふ、と視線を前方に向けると、そこにはガウリイがいた。 おお、ビックリ。いるならいるって言いなさいよねぇ。 「何よ。もう上がったの?」 「うん」 「ならそう言やいいのに」 ガウリイは優しい笑顔でにこりと笑う。 「うん。でもリナが一生懸命読んでたからさ。邪魔しちゃ悪いし」 「殊勝な心掛けねぇ」 あたしもつられたようにくすくすと笑う。 「明日から捜査を開始するのか?」 「善は急げ、よ。これ以上犠牲者が出るのはイヤだわ」 「そっか。じゃあ明日はニーナを手伝えないなぁ」 おや。 独白めいたその言葉にあたしは眉を上下させる。 「何よ。随分とニーナのこと気にするのね?」 ガウリイはまだ濡れている髪を弄ぶ手を止めてニヤリと笑った。 なんだなんだ、その笑顔は。 「へぇ。ヤキモチ?」 「なワケないでしょ。バカ」 本気であきれ返ってあたしは肩をすくめた。 ガウリイはつまらなさそうに「なぁんだ」と言ってから自分の小指を指し示した。 「気付かなかったか? ニーナ、怪我してんだよ。小指。ドアに挟んだらしい。そんで重いモノとか辛いみたいだったからさ」 「あ、そーなの? わかんなかった」 「包帯巻いてるぞ。一応見たけど、ちょっと腫れて紫になってたくらいだったから大丈夫なんだろうけど」 ふぅん。 それで昨日も今日もガウリイは手伝ってたのかー。 「じゃあガウリイは来なくていーわよ。ニーナを手伝ってあげなさいよ」 あたしが軽くそう言うと、みるみるガウリイの眉が下がっていった。 なんだなんだなんだ、一体。 「俺がいると邪魔なのか?」 はぁ!? あたしは悲しげなその一言に本っ気で呆れた。 「何言ってんのよ、あんたは。そーゆー問題じゃないでしょう? ニーナの怪我が治ったら一緒に捜査すればいいじゃない。それだけのコトでしょーが。ニーナが困ってるなら手伝ってあげてほしいだけよ。ニーナはあたし達の友人なんだから」 もうぬるくなった香茶を飲み干してあたしはガウリイの青い双眸を見つめた。 軽い微笑を口元に乗せて。 「………そうだな。うん。悪かった。ごめんな、リナ」 ガウリイはバツが悪そうに鼻の頭をほりょほりょと掻いて、頭を小さく下げる。 うみゅうみゅ。よろしい。 「あたしはニーナの怪我の具合なんかわかんないけど、もしアレだったら治癒の呪文をかけてもいいしね」 ウィンクひとつしてガウリイにそう言うと、 「そーだな! 明日ニーナにリナがそう言ってたって訊いてみる!」 母親にお出かけに連れていってもらう子供みたいにガウリイは輝かんばかりの笑顔でそう答えた。 おー、おー。はしゃいじゃって。 「まぁ、どうせ明日は聞き込みやら何やらばっかしだし。ガウリイがいても眠いのを我慢するのが仕事になる確率が高いし。ちょうど良いって言えばそーなのよ」 「うん、それはそーだな!」 かなりあたし的にバカにしてみたりしたんだけど、どーやらガウリイには通じなかったらしい。 えへへと笑ってるガウリイにあたしは苦笑してみせた。 こうして夜が更けていったのだった。 |