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―静寂と孤独の狭間を彷徨う夜― (第二話) 作:あごんさん 夕闇迫る道すがら、あたしはガウリイに市長宅へ招待されたと告げた。 「なんで?」 ガウリイが不思議そうに首を傾げる。どーしてこいつってばいい大人にくせに、でっかい図体の兄ちゃんのくせに、こういう可愛い仕草が似合うんだろう。不思議。 「ホラ、例の事件についてよ」 言われてガウリイはしばし考えた後に、ぽむと手を合わせた。 「あぁ、あの娼婦連続殺人事件ってやつか?」 「そう。それ」 因みにあたしはその呼称が好きではない。娼婦連続殺人事件など下世話だし、そこにある意図的で明確な侮辱の意思が感じられるからだ。このルードンという街の方向性から見て間違いなくそう思う。 ルードン・シティでは先年までに娼館の営業が禁止されているのだった。 現在の市長というのがなかなかの傑物で、しかもかなり頭が固い人らしい。カチカチに固まった非独創的でしかも偏見的な頭を持った辣腕家ほど始末に悪いものはない。現市長が就任した折に、娼館とは犯罪の温床である。いちじるしく風紀を乱す諸悪の根源である娼館を取り潰す、と宣言したのは五年前ときく。女性達からは全面的な支持の声を得、男性陣からは消極的な反対の意見が出た。だがそこは辣腕政治家である。いくつかある反発の声を押しのけ、そしてこの法案を成立させたのだ。その法案の名は風営法。このルードンの特徴とも言える法律だった。あたしも詳しくは知らないのだが、まぁ女性が色気を売るあらゆる商売を規制する法らしい。 清潔で明るい街というイメージがこの街の方向だった。 だが、娼婦とはこの世で一番初めに生まれた職業の一つであるとも言われているのだ。いくら娼館を閉鎖してもそれで娼婦という商売が消えるものでもない。そして生まれたのが、皮肉にもこれもまたこの街の特徴となってしまった路上娼婦、通称・夜鷹である。 今回の事件はこの夜鷹が三人、惨殺されているのだ。 三人が三人とも腹部を切り裂かれ、そして内臓の一部を持ち去られているらしい。 それゆえこの事件は「切り裂きジャック事件」とも言われている。 初めの事件が起こったのはあたし達がこの街に入った三日後、つまり七日前になる。翌日には第二の被害者が。そしてその更に三日後、つまり二日前に第三の犠牲が出た。そして第三の事件後に街に厳戒態勢がひかれ、女性の夜の外出は禁止となった。迷惑な話である。昔とは違い今では職業女性も多い世の中なのだ。外出禁止となれば困る女性もさぞかし多いだろう。ついでにこの街からの出入りも禁止されている。 「どこかで……って言ってもあたしが行ったトコロなんかしれてるから多分博物館でしょうね……そこであたしの名前を見た人間が市長に伝えたんでしょうね。あたしがこの街に来てるってことを。そんであたしに助言もしくは捜査を依頼する気なんじゃないのかしら?」 「ふぅん………」 気の無い相槌をうってガウリイは町並みに視線を走らせた。 そこからはお互いに口をきくこともなく、ただ無言で市長宅へと歩みを進めただけだった。 市長宅はこの街のほぼ中心にあった。 でかいけど無駄な空間が見当たらない。贅をこらした佇まいもなかったが質素でもない。 品がある、といえば一番しっくりくるかもしれない屋敷だった。 「リナ=インバースとその連れよ。市長に招かれてるわ」 そう告げるとまだ若いメイドが一度深くお辞儀をして、少々お待ちくださいませ、と言い残して屋敷の奥へと消えていった。招待しておいて待たせるとは礼儀に適っていない。市長の人間もたかがしれているかもしれないな、と短くそう思った。 しかし、せめて応接間くらいには案内するもんじゃなかろーか。こんな玄関先でただ突っ立ていろ、とはメイドの躾も行き届いていない。あたしはこういった無駄な時間が大嫌いなのだ。時は金なり、とは極論だがそれでもその通りなのだ。人間が人間のために時間を割く、とはつまりその人のために全てを使うという意味に等しい。 特に話を聞くという行為はそのものだ。 やや待たされてから先ほどのメイドが物静かにやってきて、 「失礼致しました。リナ=インバース様。市長より応接間にお通ししろとご指示が出ました。案内させていただきます」 無機質にそう言ってからくるりときびすを返した。 あたしとガウリイはなんとなく目を合わせてから、やはり無言でメイドの後についていった。 応接間もまたこの屋敷の外観と同じで、豪華さもないがつつましさもない。これは方向性無いだけかもしれない。無個性とも人は言うだろう。 ここでも暫く待たされて、いい加減むかついてきてガウリイに辞去を伝えようとした時に扉が軽くノックされた。 「はい」 やや不機嫌にあたしが返答をすると、音も無く扉がゆっくりと内側に向かって開かれた。 そこに立っていたのは先程あたしに会いに来た男。博物館ではかなりムカついてたので顔貌をよく見ていなかったのだが。 年の頃なら三十手前といったところか。 涼しげな目元をしていて鼻梁もすっきりと通っている。薄い唇から出る言葉もなんだか薄そうだ、というのは偏見か。 たしか、ルワードといった。 立ち上がりあたしがルワードに声を掛けるより早く。 「ルワードさんっっ!?」 ガウリイが勢いよく立ち上がり、その素っ頓狂な声が応接間中に響き渡った。 「へっ?」 間の抜けた声を出してあたしは隣のガウリイを見上げた。ガウリイの青い目が丸くなっている。 「………ガウリイ、さん」 ルワードもまた目を見開いてガウリイの顔を凝視している。知り合いなのだろうか。 「えっと、あんたの知り合いなの?」 あたしは二人の顔を見比べながら、つんつん、とガウリイの服を引っ張った。 「言っただろ、さっき。ホラ、ニーナのお兄さんに会ったって」 ………………………………………へ? ってことは…………。 「ニーナのお兄さんなのっ!? あなたがっ!?」 思わずあたしも素っ頓狂な声を張り上げて、ルワード………もといルワードさんの顔をマジマジと見た。 さっきの「出てくる言葉も薄そうだ」ってのはまさしく偏見です、すみません。 なんとなく誰かに謝っちゃうあたしとルワードさんの視線が空中でかち合う。 ルワードさんはどこか居心地が悪そうな雰囲気で一瞬だけ目を伏せた。あたしはなんだかそれが妙に気になった。照れているわけでもなさそうだし。とはいえ不快に思っているわけでもなさそうだ。強いて言うならば。 傷口に沁みる涙をこらえるような表情だった。 「………あなたも、ニーナを助けて下さったんですね。お礼を申し上げます」 少し言い淀んでから控え目な口調でルワードさんが深く礼をした。 「いーのよ、当たり前のことして礼言われちゃかなわないわ」 「ガウリイさんと同じことを仰る………」 目元をほんの少しだけ緩ませてルワードさんはそれだけ言った。やはし昼間のうちにガウリイには先にお礼を言ってたよーである。しかしこの人。笑うとかなりもてるんじゃないだろーか。少し笑んだだけで随分とイメージが変わるんですけど。 「ではお聞き及びかと思いますが、ニーナが私の妹であることは黙っていていただきたい」 ? どーゆー……? 「全然お聞き及びじゃあないわよ、それ」 あたしのその言葉にルワードさんは心持ち姿勢を正した。 「ニーナは私生児です。これは誰にも否定できません」 突然発せられたその、まるで鋭利な刃物のようなその科白にあたしは眉を吊り上げた。あたしが口を開く前にルワードさんが淡々と言葉を繋いだ。 「そしてこの街にはニーナの父もいますが、その妻もいます。つまり、そういうことです」 「………あ、そーゆー意味……なのね」 肩から力が抜けていくのがわかる。 「? どーゆーコトだ?」 「おバカ。ニーナは私生児であると同時に愛人の子供ってことなのよ。その愛人の娘がこの街にいるなんて本妻に知れたら大事でしょーが。そーゆーことなんでしょ?」 相変わらず生乳だけで作られた甘いヨーグルトみたいな脳味噌のガウリイがほわりんと聞いてきたので、あたしは言い聞かせるようにそう説明して、最後の言葉をルワードさんに向けて言った。 ルワードさんは顎だけをひいてその回答の正しさを認める。 その時だった。 「失礼したかな。随分と待たせてしまったようだ」 鷹揚というよりも偉そうに、勿体ぶった口調で中年の恰幅のいい男が応接間の扉を開けた。 こいつが市長か。 薄いグレイの髪が短く刈られていて、これもまた薄いグレイの髭が口の周りを覆う。ゆったりとした白い薄手の服を身に纏い、市長は大股でこちらに歩んできた。市長はどさりと柔らかいしか本皮で張られた黒いソファに腰を下ろすと、手であたし達にも座るように示した。それに従うようにあたしとガウリイは市長の向かい側のソファへと腰を下ろす。 「ルードン・シティ市長のテレンス=ダービです。くつろいでもらって結構」 「それはどーも」 勿論くつろぐ気などさらさらない。とにかくこの市長への第一印象は最悪に近いものだった。人を呼びつけておいて、待たせるだけ待たせて謝罪の言葉がひとつもない人間と同じ部屋にあまり長くいたくない。 「早速ですけど、本題に移ってもらいたいわ。ダービさん」 「ふむ。なかなか性急な人柄のようだね、リナ=インバースさん」 「放っておいてちょーだい。話を聞きに来たのよ」 面白くもなさそうな口調のダービさんにあたしはにべもなくそう言い放った。 「ではそうするかな。ルワード」 「はい」 ダービ市長に呼ばれてルワードさんは短く返答して、腕に持っていた紙束を市長に手渡した。事件の資料なのだろうか。 「今回の事件だがね、一向に捜査が進展しない」 市長は忌々しげに紙を一枚、もう一枚とめくっては紙面に目を走らせていく。 「領主様からも少し言われておる。私の面目が潰れる危険性もありうる」 断片的なその言葉。言葉を惜しむ人間が人の上に立つなど許されない。 「まぁ殺されたのはどれも娼婦ばかりだがね。決められた法を守らず、挙句迷惑な死に方をして私を困らせるとはな」 かちん。 頭の奥で何かが何かにぶつかるような音。正体はわかっている。 市長の言葉があたしの癇にぶつかったのだ。 「殺されたのは女性です。夜遅くまで働く女性でしょう」 「娼婦は女性とは言わない。あれは売女というものだ。そしてこの街では違法者とも言われるがね」 「…………買うのは男だわ。この街から男を追放すれば理想の街になると思いますけど」 あたしの言葉に市長の眉が跳ね上がる。しかし、いかんせんこの男には迫力というものがない。修羅場をくぐってきた男なら誰でも持つ迫力が欠けている。そんな男にビビるあたしじゃあない。 「ふくみがあるな、随分」 「受けるわ、この捜査を。その為の呼び出しでしょ? 資料をちょうだい。それをただの文字の羅列としか思えない人間が見てもしょうがないものだわ」 刺々しい雰囲気が部屋に満ちる。視界の端でガウリイの端正な顔が小さく歪む。その短気な物言いをやめろ、とでも言いたいのかもしれない。 「………話が早くて助かるな。では後の詳しいことはこのルワードに聞きたまえ」 なんとか怒りを自制したのか、絞り出すようにそれだけ言ってから市長はソファから腰を上げた。あたしはそれにも頓着することもなくルワードさんへと顔を向ける。ばたむっとやかましい音を立てて、扉が閉まるのを背中越しに聞いた。それだけであたしは市長への関心を全く失った。下らない人間のことを考える時間ほどくだらないものはないのだから。 「さ、話を進めてもらいましょーか。ルワードさん」 ルワードさんもまた何事もなかったような顔で資料に視線を落とす。 「さきほど市長が仰せられたように、事件についての進展は何もありません」 二枚の紙を引き抜きあたしに手渡す。あたしはそれを受け取り、そこに書いてある字を追っていく。 ふむ。 どうやら被害者の資料らしい。そこには三つの名前が書いてあり、そしてその人物についてが言及されている。 「被害者は全て路上娼婦であります。路上娼婦のことは?」 「まぁ、おおよそのところは知ってるけど。道で誘って自分の部屋に連れ込んで、って方法なんでしょ?」 「その通りです」 実はあたしはこの時点で疑問を感じている。それは後で触れるとしよう。 「ケイト=デリバー、イブ=ロートン、トリッシュ=シナの三名です」 被害順にルワードが名前を挙げていく。あたしは資料を読みながら頷いた。ひょっとしてこの男、この資料を全て暗記しているんだろーか? 「この三名は日常においても友人関係であったらしいです」 「ま、それはそうでしょうね。詳しくは知んないけど、娼婦ってのは縦社会も横社会も繋がりが深いってきくしね」 ガウリイがふぅん、と頷いた。あ、聞いてたんだ。 ルワードさんがまた三枚の紙をあたしに差し出す。あたしはそれを受け取った。 そしてその内容に一瞬目を瞠り、ほぅ、と思わず感嘆の声を上げた。 「検死結果です」 まだそれほどメジャーでもないが、大きな町では結構取り入れられている捜査方法である。まさかルードンでもやっていたとは。 「なぁなぁリナ〜〜?」 お約束通りにあたしのマントを引くガウリイにあたしはやれやれと視線を転じた。 ま、この検死捜査に関してはガウリイが知らないのも無理はない。あたしでさえも噂くらいにしか聞いたことがないのだから。 「あ〜〜、つまりね。死体を解剖したりして犯罪の痕跡を見つける方法が検死捜査っていうの」 「おおまかにしか解らないのですがね。それでも死亡推定時間や死亡原因くらいはわかります」 「死体を解剖するのか?」 ガウリイが眉をひそめてあたしとルワードさんの顔を順に見る。 ルワードさんが小さく頷いた。 「まだ地方によってとか宗教上でこれを野蛮行為だと謗る人も少なくはないのですが。それでもこの捜査法はすでに幾つかの実績を上げています」 「つまり死人に口なしの時代はもう過ぎたってこと。今じゃ死体が語る時代なのよ」 あたしは香茶を一口ふくんだ。そして検死結果に目を通す。 ……………………エグイなぁ。 巷でも知られている情報がここではさらに詳細に書かれていた。三人とも腹部切開による出血多量が死亡原因となっている。喉の下から下腹部にいたるまでを縦に一文字、ばさりとやられている。持ち去られた内臓部は心臓と胃。死亡推定時刻としてはどれも夜中の二刻から三刻の間。 「こちらが周囲の人間や交友関係のある人間達の当時の不在証明に関わる資料です」 そして新たに紙を八枚。 どれもびっちり文字で埋められている。うぇ〜〜、これ全部に目を通さないとダメなのかぁ。こりゃ結構これだけで時間を食うなぁ。 「そちらは後ででも結構です。これからどうなさいますか?」 その質問にあたしは眉を上下させた。 「どう、とは?」 「お食事をなされるのか、それともこの街の警備隊長に会われるのか、です。警備隊長への面会予約は取ってありますが」 ん〜〜〜〜、お腹はぺこぺこのペコちゃんだけど。 「夕食にはやっぱし市長も同席するのよねぇ?」 あたしの言葉にルワードさんは吹き出した。あ、また少し優しい表情だ。ニーナに会うときはこういう表情なのかもしんないな。 「当然です。外でお食事をなさいますか? 勿論、それは当方で金銭の負担をさせて戴きます」 あたしは瞳を輝かせてガウリイを見上げた。ガウリイが微苦笑して頷いた。 「じゃあ外で!!」 あんな市長と一緒にオショクジしたところで味も何もわからないくらいにお互いに苛苛とした時間しか過ごせないだろう。 そしてあたし達三人は市長の家を後にして、今や夕闇が完全に支配した街へと繰り出したのだった。 まずは夕飯からだけど。 とりあえず依頼料やら条件やらに関してはその時にでも話せばいいだろう。 高望みはできないかもだけど、でもまぁこれ以上事件が長引いてこの街からの出入り禁止がいつまでも残るってのもヤだし。 それになにより。 やっぱし女性が殺され続けるのは厭だった。 |