あたしは考えていた。
 ずっと、だ。
 リズを守るって決めて、守るつもりで、守りたかった。
 でもそれは叶わなかった。
 リズはあたしを信じてくれた。
 力強くは決してなかったけれど、あたしを抱きしめてくれた。
 でもあたしはそれを守れなかった。
 ねぇ、ガウリイ。
 あたしは、リズの信頼を裏切ったのかしら?






―静寂と孤独の狭間を彷徨う夜―
(第十三話)

作:あごんさん





 ニーナの家に入ったのはこれで三度目。
 初めて会った時に夕食の招待を受けて、これが一度目。
 二度目は四日前だった。たしかガウリイが街でニーナとハロルドと買い物に行って、そのまま夕食になだれこんだ。その時に博物館までガウリイが向かえに来てくれて。
 この街に来てからニーナと毎日顔を合わせてるけど、家に入ったのはそうでもない。大体が家の前での会話で終わっていたのだ。
 隣接する花屋店舗には結構入ったんだけど。
 いかにも女の子した家で、本当に可愛らしい。ほとんどの装飾品はニーナの手作りだったはず。マメな子なのだ。
 居間であたし達はむっつりと座り込んでいる。
 あたしガウリイが隣合って、ルワードさんとアリエールが隣合う形で、そしてあたし達とルワードさん達がテーブルを挟んで向かい合っている。アルヴァートはアリエールの後ろの壁に立ったままでもたれかかっている。
「ちょっと待っててくださいねー」
 キッチンからお茶を淹れているニーナの声が明るく聞こえた。コーヒーの良い香りが鼻に心地よい。コーヒーの香りは神経を落ち着かせてくれる作用があるのだろうか。
 アリエールはどうしていいのかわからないのだろう。おろおろとあたしとルワードさんの顔を見比べている。ガウリイは暗い顔で黙ったまんま。
 ルワードさんはどうしたことか。先ほどとはうって違った悲壮な顔で俯いたまんまだ。
 これが何を意味するのか、あたしはそれを考えている。
 さっきまではどこか挑戦的でさえあったのに、どうしてこんなに急に諦めたような顔になるのか。
 こちらに物的証拠がないのは一緒だというのに。
 あたしが連行をほのめかしたからだろうか。それにしてもおかしい。
 なるだけ視界に入れまいと努力はしてるがそこはかとなくどうしても入ってくるアルヴァートは、やはりというべきか、口元に微笑を乗せて、あたし達を睥睨するようにしている。
 ちらりとアルヴァートと目が合った。
 くすりっと彼の黒い瞳が微笑う。
 うあなんか腹立つなこいつの笑みは。
「お待たせしましたー」
 かちゃかちゃと音を立ててニーナが居間にやってきたのはその時だった。
 コーヒーを入れたカップが六つ。カップを順番に配っていく。
「あの、お座りにならないんですか?」
「立ったままでいいよ。コーヒーを頂こう」
 気遣ったニーナの言葉にもアルヴァートは崩れぬ笑みで答えて、そのままの姿勢でコーヒーに口をつける。
 しばらく無言のままで全員がコーヒーを飲む状態が続き、
「あの、なんの話をしてたんですか?」
 ニーナが控え目にあたしの顔を覗きこんだ。
 因みにニーナは一番の下座に座っている。ガウリイとルワードさんの間に挟まれている格好だ。
「え? あぁ………話、ね」
「?」
 いつもにない歯切れの悪いあたしにニーナはちょっとだけ笑みを作って首を傾げる。
「話………の内容はね」
 どう切り出したものか。
 ここは真正面からぶつかってみるか。それとも外堀から埋めていくか。思案のしどころである。
 明らかにニーナはこの件に関わっている。
 なぜならば犯行を終えたルワードさんがここにいるからだ。
 多分、花屋にある保冷庫を調べれば。
 ――リズの内臓が出てくるにちがいない。
 あたしが考えあぐねていると、
「そうだ。ニーナ。もう話は聞けたのかい?」
 翳りの深い表情と声でルワードさんがニーナに話しかけた。
 話は聞けたのか?
 どういう意味だろう。
「それがやっぱりダメだったの。何も言ってくれなかったわ、兄さん」
「そうか。残念だったな」
 ルワードさんの表情が、また、少しだけ。
 変化を見せた。
 皮肉げな笑みが口の端に浮かび、そして薄青の瞳が揺らぎさざめき、わずかに濡れる。
 ………泣いて、いるの?
 肩が震えだした。
 そして両手で顔を覆う。噛み殺した嗚咽が部屋を不気味に彷徨うようだ。
 いきなりのルワードさんの変化に、隣に座るアリエールは腰を浮かせて困惑したままであたしに救いを求めるように視線をくれた。
 あたしだってかなり混乱してる。
 なぜ、ルワードさんは泣き始めたの?
「リ、リナ? どーゆーことだ?」
 こちらもやはり戸惑いを隠せないガウリイ。
 こっちが聞きたいわよ。
「ル………」
「美しい………」
 ルワードさんの名を呼ぼうとしたあたしと、アルヴァートの声が重なった。
 ふと見上げた先には立ち尽くしたなりのアルヴァート。
 その表情は今まで見たことのない種類だった。
 恍惚、というべきか。
 茫洋たる視線。
 白い頬はわずかに上気を見せていた。
 思わず呆気にとられ、あたしは戸惑いながらアルヴァートを見上げた。
「アル………?」
「美しい。なんて美しいのだろう」
 わけのわからないその言葉。
 美しい?
 何を差してその形容詞がアルヴァートの口を割ったのだろうか。
 微動だにしない姿勢のままで彼はまるで銅像のように立ちすくむ。
「美しい。なんて美しい………」
 また呟いたアルヴァートの視線がただ一点にのみ集中していることを、あたしはやっと気付いた。
 彼から見てやや右側前方。
 そこには確か………。
 おそるおそるとその方向に目を向けた。
 その先には。

「全て、終わりました。リナさん」

 ルワードさんの疲れ果てた声。

「私と…………」

 霞のように。花のように。あどけなく。

「ニーナを、逮捕してください………!」

 目の前で起こっていることが見えているのか、いないのか。
 ニーナは先ほどと全く変わらない笑みで座っていた。
 そこだけまるで別世界のように。 




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