「それはあなたが事件に関わっていると、肯定してるの? それとも否定してるの?」
 正直な感想だった。
「さて」
 ルワードさんは何の感慨も見せずにあたしを見据えている。見事だ。
「問題だよ、これは。リナ=インバース」
「部外者は黙ってて。アルヴァート」
 振り向きもせずにアルヴァートを斬って捨てる。
「例えこれが犯人であるという肯定の会話だとしても、彼を逮捕するには骨が折れる」
 人の話を聞かない男である。
 言われなくてもそれくらいのことは判っている。
「彼は市長の第一秘書だし、何より市長の息子だ。決定的な証拠がいるね」
 やかましい、アルヴァート。
「証言だけでは駄目だ。物的な証拠がいる」
 夏の風が一瞬温度を失ったような錯覚があたしを襲った。
「そう。被害者の―――内臓とかね」
 きっと、この男は今。
 あの正体不明の微笑を浮かべているに違いない。






―静寂と孤独の狭間を彷徨う夜―
(第十二話)

作:あごんさん





「あたしがここに来るってのは予想してたのよね?」
「ええ」
「それはあなたがリズを殺すためにあたしのいる宿に来たからよね?」
「……………」
「あなたしかリズがあの宿に滞在してるって知りえないもの」
 ルワードさんは少しだけ口の端を歪めた。
「リナさんに用事があったんですよ。途中にある部屋の扉が開いてましてね。ちらりと覗くと死体があったんです。突然の事だったので混乱してね。逃げ出してしまったんです」
 下らない言い訳だ。
 だが、こんな芸の無い言い訳であろうとも、市長の後ろ盾がある限りは通ってしまう可能性は高い。
「昨夜、発見されたユニア=イースは一昨夜に行方不明となったわ」
「知ってます」
「検死の結果、殺されたのは昨日の午前中の早い時間帯。腐敗状況からそう判断されたわ」
 あたしは淡々と言葉を吐き出す。
「一昨夜の犯人はどうにも合点の行かない行動を起こしている」
「ほう」
「まず、ユニアを生きたままで誘拐、後に殺害。そして最後に目撃されたバイカー通りに移動後、そこでユニアの腹部切開。発見されたユニアの長すぎるほどの髪は肩まで切られていた。しかし、その髪は現場の近くでその後に発見。量から見て間違いなく全ての髪だと思われるわ。しかしこれに関しては殺害後なのか、それともそうでないのかはわかってないけれど」
「つまり犯人はひどく回りくどい犯行をしている、と?」
 あたしは目を細めた。
 夏の陽は今や中天に近い。眩しすぎる。
「そうね。そのままの順番を頭から信じれば、ね」
 今度はルワードさんが目を細める番だった。
「でもこう考えれば合点がいくわ」
 あたしは無造作に髪を掻き上げた。
「犯人は既にバイカー通りでユニア殺害に至っていた。死因は絞殺と検死が出てるから、夜の路地裏でユニアの首を紐か何かで絞めたんでしょうね。ここで二つの疑問が生じるわ。どうして犯人は今までと違い刃物による殺害をしなかったのか。どうしてユニアを移動させたのか。
 あたしの推理ではおそらく。犯人に予期せぬ事態が起こった為だわ。
 それは多分、持っていた――仮にナイフとしましょうか――ナイフが折れるか何かしたんじゃないかしら? だから犯人は絞殺に及んだ。そしておそらく犯人の目的は腹部切開にあったと思われるわ。その理由に関しては犯人以外は知りえないだろうから言えないけど。
 ナイフが折れた為に腹部切開が出来なくなった犯人は、とりあえず死体を移動させることにした。代わりのナイフを持ってくる間に死体が見つかる可能性は少なくは無いからね」
「リナさん、死体ってのは重いものなんだよ。それを誰にも見られずに担いで帰るなんて大した冒険じゃないかな?」
 話の隙間を縫ってアリエールが疑問の声を上げた。
「ユニアとハロルドの姿を見たって証言した男が言ってたわ。口論してる二人のその後の様子を見に行った時の状況なんだけどね。
 ――いつものダウンタウンの夜中の光景だけだった。酔いつぶれた女を担いだバカ共がいた――とね。これが何を意味するのかだけど。あたしの見立てではあの男はユニアを髪型だけで判断してたんだと思われるわ。よく思い出してみて。あの一角に街灯はあった?」
 ふるふるとアリエールが首を横に振る。
「そう。ましてやあの通りは夜鷹が立つだけあって一目を憚る場所でもあった。あそこを照らす光なんて僅かな月明かり位なものよ。そんな弱い月光でなぜ男はユニアを識別できたのか。簡単よね。髪型で判断したのよ。ここまではオーケー?」
「うん。なるほど」
 ぽむっとアリエールが手を軽快に打った。
「つまり君はこう言いたいんだ。
 犯人はユニア=イースを殺害後に髪を切り、そしてまるで酔っ払いに話しかけるようにしながら担いだ、と。これで彼女をユニア=イースだとすぐに判断できるという可能性はひどく低くなる、と」
「さらに注目すべきは証人の言葉、かな。リナ=インバース?」
「そうよ、アルヴァート=クリスン。証人はバカ共と表現してるわ。少なくとも二人以上の人間がユニアを移動させたってことになるわ。いくら重心が無くなって重くなった死体とはいえ、二人以上の人間がいればそうそう苦でもないわよ」
 ここでちらりとルワードさんの表情を盗み見る。
 しかし毛一筋とて動いていない。
「さて、と。ここからが本題よ」
 あたしはルワードさんから目を離すことなく言葉を紡ぐ。少しの表情の変化も見逃すものか。
「どこまで話したっけ? あぁ、そうだった。犯人がユニア=イースを絞殺後に移動させたってことよね。死体ってのはある程度までは隠せるものだけど、今の季節は生憎に夏。しかもここ数日は熱帯夜が続いてるわ。わずか数刻の間としてもその間だけでもばれる可能性はあるわ。だって臭ってくるもの。死体は思うよりも早く腐るのよ」
「そう。その通りだね、リナ=インバース。先ず体液が身体の穴という穴からこぼれ出てくる。これはひどく臭う。そして連鎖するように血流が止まった血管が腐り始める。そうなると内臓がやられる。あとはなし崩しに肉が皮が、腐るんだよ」
 誰がそんなところを些細に説明しろと言ったんだ。
 気分が悪くなるようなことを素で言うじゃあない、アルヴァート=クリスン。
「ではどうすればいいか。答えは簡単よ。
 ――腐敗の進行を遅めればいい。
 その上で人の目から隠すことが出来れば文句はない、とね」
 やや低い声で言い放つあたしに、ルワードさんよりもアリエールが反応した。
「そんなことはできない! 無理だ! たとえ魔法で凍らせたとしてもその跡は残るんだ!」
「誰が凍らせるって言ったの?」
 あたしは身体ごとアリエールに振り向いた。
「冷やせばいいのよ。空気ごと」
 この言葉にガウリイは頭痛を堪えるような顔になった。

「空気ごと冷やす? そんな魔法があるのかい?」
「ま、確かに魔法でしょーね。ただしそれはあくまでも間接的な力でしかないわ。 
 この街の花屋では珍しくもないらしいんだけど、夏の暑さから花を守るために花屋では『保冷庫』と呼ばれる部屋を作っているの。知ってる?」
 最後の言葉はアリエールの投げかけたものだ。
「………聞いたことはあるかな。温室に保冷庫。確か花屋のほとんどは持ってるはずだよね」
「ま、温室にいたっては全面ガラス張りって部屋だからそうそう持ってる花屋も少ないみたいだけど、保冷庫に関しては普通のレンガ作りの部屋に魔法で作ったでかい氷塊を二三個入れるだけの、お手軽っちゃあお手軽な部屋だから、結構持ってるみたいね。
 あたしはこの街に来て初めて保冷庫を知って、そして中に入ったんだけど、かなり涼しいわ。元々魔法で作り上げられた氷ってのは溶け難いのよ。魔の法ってのは物質世界が干渉をしにくい律によって織り上げられてるからね。………何?」
 あたしは眉をひそめた。アリエールが怪訝そうに首を傾げたからだった。
「どーしていきなり花屋談義が始まるんだい?」 
「ふつーここまで話せばピンと来るもんだと思うけどね」
 溜息と共に肩を竦める。
 くいっと顎を前方――つまりルワードさんの後方に佇む花屋店舗に動かした。
「………花屋、だよね」
 アリエールがわかりきったことを言う。それから不思議そうな視線をルワードさんに向けた。
「そもそもどうしてルワードはこの花屋の前にいるんだい? どうしてリナさんはルワードがこの花屋にいることがわかったんだい?」
 その問いに答えようと口を開きかけたあたしを制するように、ルワードさんが先に口を開いた。
「ここは私の異母妹が経営している花屋だ。時折こうして様子を見に来ているんだ」
「………異母妹………」
 小さくアリエールが繰り返す。
 実はちょっと意外だった。
 ニーナがルワードさんの異母妹――つまりは市長の妾腹の子供だというのはいつまでも守らねばならない極秘事項であると思っていたからだ。それをあっさりと言うとは思わなかった。
「………ちょっと待って………リナさん、さっきの話、まさかと思うけど………」
 ようやく考えが至ったのか、ゆるゆると驚愕の色がアリエールの貌を這い上がってきた。
 あたしは重々しく頷いた。
「そうよ。死体は、この花屋にある保冷室のおいておけば、いくら夏とはいえ腐敗の進行は大幅に遅れさせることができるわ。――そう。半日くらいの誤差を生めるくらいにはね」
「妹が花屋をやっているだけで私を犯人扱いですか? 随分と乱暴な意見ですね」
 ここでルワードさんが反論した。
「根拠はそれだけじゃあないでしょ。リズがあたしと同じ宿屋に滞在していることをあなたしか知らないって事実を忘れないで」
 気温が随分と上がってきたのか、髪が汗でべとついて気持ちが悪い。あたしは髪を掻き上げた。
「それから、リズの証言を得てるの」
「証言?」
 ルワードさんはさすがにこれには眉を寄せた。
「一昨日までに殺された四名が市長に対して脅迫を計画していたこと。
 脅迫内容に関してはリズも知らないと言ってたけど、いくつかの情報から推理はできたわ。
 おそらく、ニーナ……あなたの妹、つまり市長の娘の母親が娼婦であったことから、娼婦を悪の根源だと言い切った市長に対して有効な脅しとなるわ」
 ニーナをあなたの妹、と言い直したのはそれをアリエールに伝えるためである。
「そしてニーナは日頃からゴロツキ共に絡まれていた。その際にはルワードさんの存在を、つまり貴方がニーナの兄であるということを知ってる意味合いを込めた言葉が多々あったらしいこと。
 あたしはこの事をニーナが貴方に告げている可能性は大きいと見てるわ。
 では極秘事項である秘密を街のゴロツキに知られた貴方は何を思うかだけど。
 おそらく素直に『脅迫』される危険性を感じたのじゃあないかしら?
 そして脅迫を阻止するための手段はひどく限られてるわ。即ち、口封じ」
 どうかしら、という意味合いを込めてルワードさんの双眸をひたと見据える。しかし相変わらずの涼しい表情は憎憎しいほどだった。
「さきほどのアルヴァートさんの言葉ではないが、物的証拠の提示を求めますね」
「あれば逮捕に至ってるわよ」
 冷静な表情を崩す様子が微塵もないルワードさんにあたしはそう吐き捨てた。
「………なるほど。それは道理です。しかしそれでもまだ矛盾は解決されてませんよ? 犯人が死体を移動させた理由に至ってはそれで納得できたとししても、どうしてわざわざまた元のベイカー通りに死体を運び、且つそこで解体作業を行ったのかは説明されてません」
「それでもこれだけあれば重要参考人としての連行はできるわ」
 言いながらアリエールを振り返る。強制連行は無理かもだが、任意でなんとか連行させるつもりで、その意を伝えようとしたのだ。
 まさしく言葉が喉を通り、世界に出ようとした時だった。
 きぃ、と小さな軋み音を立てて、ルワードさんの後ろにある花屋の扉が開いた。
「何か騒がしいなと思ったら、リナさんにガウリイさん。どうしたんです?」
 半開きの扉から顔だけ出して、首を傾げてるニーナは、あたしの顔を見て、笑った。
「兄さん、入ってもらったらどうです? 暑いのに外で長話なんで失礼だわ」
 あたしの後ろにいるアリエールとアルヴァートを認めて、そちらにも笑いかける。
「よろしかったらどうぞ入ってください」
 そして家の中に戻ったニーナを、ルワードさんは揺らぐような瞳で、ただ辛そうに見つめていたのだった。
 その際に、ニーナの小指に白い包帯が巻かれていたのをあたしは見た。
 眠くてしんどくてイマイチ頭の回転が鈍い。
 あたしはまずその包帯を見て、おや、と首を傾げた。
 最初に思ったのはニーナは小指にケガをしたのか、ということだった。それからすぐに内心で首を振る。いいや、昨夜ガウリイが言っていた。ニーナの小指はもう大丈夫のようだ、と。包帯は外されていたと、そう言ったのを思い出したのだ。
 実は治ってなかったのかな?
 そう考えたのと言葉が出たのはほぼ同時だった。
「ニーナ」
 呼びかけにニーナはぴょこりと扉から顔を覗かせた。
 あたしの推理が正しいならニーナはこの事件に多少なりとも関わってることになる。しかしそれを全く感じさせない、無邪気で無垢な表情だった。
「指、治ってないの?」
「………あぁ、コレですか?」
 何を言われたのか理解できなかったのか、一瞬ニーナはきょとんとしたが、すぐに破顔した。目線の高さまで包帯の巻かれた小指を上げる。
「昨夜ガウリイにニーナのケガはもういいみたいだって聞いてたからね」
「ええ。昨日はちょっと包帯をしてなかったんですけど、やっぱり痛いんでまた巻いてみたんです」
「治したげるわ」
 あたしは大股で歩んでニーナに近付いた。そしてそっと左手を取る。患部に巻かれた包帯をするすると外し、そして容態を確かめた。
 ガウリイはニーナがどうやら指をつめたらしいとか言っていた。たしかにそんな感じがする。青く腫れあがった小指が痛々しい。
「………ヒビくらいはいってるかもしんないわね」
 言葉の終わりが呪文の始まりにストレートに繋がる。あたしは治癒の呪文を急いで唱えた。両の掌の中で淡い光が生まれゆったりとした熱を持つ。癒しの魔力が吸い込まれるようにニーナへと向かうのがあたしにはしっかりと感じる。
 魔道士以外にはわからない感覚だろうが、魔法を行使してる時は手応えとでも言えばいいのか迷うが、なににせよ、魔法が効いてるという反応を確かに感じるのだ。身体的にでもなく精神的にでもなく、神経の先の先で感じる。
 だから今もちゃんと感じている。あたしが発動させたこの治癒の呪文はちゃんとニーナの傷を癒している、と。
 それでいて、なぜか違和感も感じた。
 患部に向かって魔力は収束を見せる。だがどうにもどこかで分散している気がするのだ。
 一点――つまり小指だけには集中していないのだ、術が。どこか違う方向へも向かっている気がする。
「ニーナ、どこか他にもケガをしてるの?」
 この言葉にニーナは虚を突かれたようだった。小さく、えっ?、と口の中で驚きの声を上げた。
「なんとなく術が集中してないのよ。これは複数のケガを治す時の感覚に似てるわ」
「あ………えぇ、そうなんです。ちょっとだけ………」
「そ。じゃあそこもついで治すわね。どこにケガしてるの?」
「あの、見せないと、ダメなんですか?」
「何よ。見せられないような場所なの?」
 ニーナは困った顔で頷いた。
 まぁ、患部を見なくても治療はできるんだけど。どこにどれだけの傷があるのかわかっているのといないとでは術の集中が段違いなのだ。
「あの、いいですよ。リナさん。別にそれほど痛いってケガでもないですし」
 あはは、と小さく笑うニーナ。
「まぁ、ニーナがいいってならいいけどっと。ほい、完治っと」
「もう治ったんですか? スゴイ」
 驚きの表情でニーナは小指をこきこきと前後へ動かした。ふむ。大丈夫のようね。
「さ、リナさんも皆さんも入ってください。お茶くらいなら用意しますから」
 言って花が咲く様に、ニーナは笑った。
 あたしはそれに従うことにした。好都合だ。家の中には入らねばならなかったのだから。ちらりと盗み見たルワードさんの顔は、ここからはよく見えなかった。   





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