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「リナ。起きろ」 深い水底から湧き出るような声が心地よく鼓膜を震わせる。 ガウリイの声だ。 「おい、リナってば」 優しく肩が揺すられているのもわかる。肩に置かれた手の熱が夏の気温と複雑に入り混じって少し、気持ちが悪い。 「リーナ。起きろ」 うん、わかってる。起きなきゃね。 「リナってば!」 うんうん。いつの間に寝ちゃったんだろう、あたし。 わかってるからそんなに揺すらないでってば。 「リナ〜〜!」 ………起きるってば………やかましいわね。 「こらっリナ!」 ぱちんっ。 「やかましぃぃぃわぁぁぁぁぁぁっ! しかもあんた叩いたわねぇぇぇえぇぇっ!?」 朝っぱらから鬱陶しいガウリイの頼んでないモーニング・コールにあたしはマジギレして、ちゃんと起きたよv の意味を込めてドロップ・キックをガウリイの顔面にお見舞いしたのだった。 ―静寂と孤独の狭間を彷徨う夜― (第十話) 作:あごんさん 「いってぇぇぇぇな〜〜〜」 非難がましくガウリイが顔を押さえて抗議してくるが、まぁ正当防衛みたいなもんである。なので謝罪はしない。 「で? アリエールは?」 「階下で待ってる」 小鳥の囀りが窓の向こうから聞こえてくる。本日はどうやら快晴であるらしい。まだ早朝と言える時間帯なので空の青はまだまだ薄い。 こんな早朝からガウリイがあたしを叩き起こした理由が階下で待ってるらしい。ガウリイはアリエール=ソフラン警備隊長殿の来訪を伝えてくれたのだ。 「そう」 あたしは頷くといつものカッコに着替えてノブに手を掛けた。 そーいやお腹が空いたなぁ。 空腹を訴え始めた胃の辺りを押さえて、あたしは階段を一段ずつ降りていった。 宿屋の入り口にアリエールはいた。 「や。おはよう」 朗らかに笑いながら、片手を上げて挨拶をしてきたので、あたしも短く「おはよ」と返した。こいつってば朝からテンション高いのねぇ。ウザ。 「こんな早朝からの呼び出しの理由は? 何か進展があったの? 検死の結果はもう完璧に出た?」 「矢継ぎ早やだなぁ」 「やかまし。起き抜けで機嫌は最低なの」 「まぁまぁ。市長からのお呼びがかかってね。警備隊長とリナ=インバースを至急市長宅へ呼び出すようにってね」 うげぇ。 それを聞いてあたしは盛大に顔をしかめた。 朝っぱらから小言とか言わないでしょうねぇぇぇ。 依頼を受けたのは一昨日の夜なのだ。まさか解決が遅いとゆー文句は来ないだろーけど。でもあの市長だし。ありうるかもしんない。 イヤな予感を胸に抱きつつあたしはアリエールとガウリイに挟まれる形で市長宅のある方向へと足を向けた。 はぁ。メンドくさいしお腹減った。 予感は的中した。 「また被害者が出たらしいな」 アリエールが朝っぱらから高テンションなら、市長は朝っぱらからの仏頂面だった。 「ええ」 微笑さえ浮かべるアリエールに市長は一喝した。 「何をしとるんだっ!? 貴様ら警備隊に誰が金を払ってると思ってるっ!?」 「市民の皆さんですねぇ。皆さんの血税で払ってもらってますからねぇ」 のんびりと口を開いたアリエールに市長は一瞬言葉に詰まる。 おやおや。自分が払ってるとでも思ってたのだろうか。 「貴様っ! 一昨日はあれほど偉そうな口を叩いておいてこのザマかっ!? 何か言いたそうな目だな! 言ってみろ!」 あ〜あ。そんでこっちに振るわけね。なんてわかりやすい人間なんだ、市長。 「まだ丸一日しか経過してません。こちらだって万能じゃないんです」 「言い訳をするなっ!」 ………矛盾しとるぞ、おっさん。 「鋭意努力中です」 余計なコト言ってこれ以上このおっさんのダミ声を聞くのも苦痛だったので、あたしはそれだけ言った。 「何か新しい情報はないのか!?」 「え〜〜と、昨夜の被害者ユニア=イースは誘拐後に殺害されてますね。で、持ち去られた臓器は他の三件と同じで胃と心臓。死亡推定時間帯としては昨日の早朝から二刻以内」 おや。死亡推定時刻が随分と絞られている。 「被害者の髪の殆どが切られています。髪はその後に発見されました」 「見つかったのっ!?」 思わず上げた声に、アリエールは微笑んで頷き、市長は眉間に皺を刻み、 「警備隊長は私と話をしとるんだ。勝手に入るな」 つっけんどんに言い放つ。 むか。 「見つかったのはユニア=イースが最期に姿を確認されたバイカー通りの矢張り裏路地。無造作に捨てられてました。量から見て間違いなく切られた髪の全てが捨ててあります」 「ちょっと待って。ユニア=イースの髪は半端じゃなく長いのよ? その情報は入ってるの?」 「その情報を知った上での判断だね」 「じゃあ何? 犯人はユニア=イースの髪を切り捨てて、それからユニアを誘拐して、そして移動してから殺したって言うの!?」 「………そうなるね」 そうなるねって………。 あたしは唖然と口を開いた。犯人の行動に一貫性が見えない。犯人は殺した後で更に死体を移動して、その移動先で解体にまで及んでいる。 「勝手に話を進めるな! 私にまず報告してそれから話し合えっ!」 やかましい。 あたしは聞こえないように小さく舌を打つ。 「こちらにも少し情報が入ってます」 この話題はまだ出さないつもりだったが、しかし今の所、事件解決へと導くために必要であろう小さいながらもわずかで確かな情報だ。 「殺された四人はある人物への脅迫行為を行おうとしていたようです」 もし市長がこの事件に対し何か関係があれば必ず表情が動くはずだ。脅迫相手とは他でもない市長本人なのだから。 しかし。 「脅迫だと? じゃあそいつが犯人じゃあないのか?」 全くと言っていいほど他人事めいて市長は声を張り上げた。 ………まだ、脅迫行為の欠片も生まれてなかったのだろうか。 じゃあこの脅迫と事件に関係は見られないのだろうか。 「リナさん。それは僕も初耳だな。詳しく教えて貰いたいんだけど」 「その脅迫されてる奴は誰だ!? それはわかっているんだろうな!?」 あああ、本当にやかましい。 この事件で一体何度「やかましい」と思えばいいんだろう。 「まだ脅迫相手にいたってはわかってません。それをこれから調べます」 平然とうそぶいてみせた。なんといってもこれは切り札になりかねないのだ。ひょっとしたら市長は上手に表情に見せることなく動揺を少ながらずしてるかも、だし。 「行くわよ。警備隊長」 立ち上がったあたしをアリエールが見る。 どこへ、とその顔は訊いていた。 「あたしの今いる宿屋よ。そこの被害者達と同じグループにいた女性がいるわ。詳しく聞きたいなら彼女に会わないと」 昨夜、リズは脅迫内容を知らない、と言ったが。知らないということと、予想がつかないというのは別物だ。細かに聞いていけば、リズも気付かなかったことにあたし達が気付くかもしれない。とにかく今は藁にもすがりたい。 何か言いかけて口を開いた市長よりも先じてあたしは言った。 「ここはひとまず帰ります。何かあればまたすぐにでも報告に伺いますので」 市長の顔を見ることもなく、あたしは扉へと向かった。 空腹と睡眠不足は焦りと怒りを生みやすい、と考えながら。 市長宅の玄関先ではガウリイが待っていた。 一緒に来たんだけど、入っていいのはあたしとアリエールだけと断られたのだ。てっきり帰ったのかと思ってた。 「あれ。待ってたの?」 「ああ」 どことなくその顔に翳りが見えた。 「お腹減ってるの?」 「そりゃあ空いてるけど。なんで?」 「なんとなく顔が暗いから」 途端にガウリイの顔が小さく歪んだ。 「………考え事をしてたから、かな」 その表情の意味するところがわからなくて、あたしは再度問うた。 「何を?」 「昨晩のリズの言葉について。『花売りの娘』ってのが引っかかる」 そういえばそんなこと言ってたな。 確かニーナのことをそう言っていた。 「そんなに不思議な言葉かしら?」 更に眉を曇らせて、ガウリイが何事が言おうとした時だった。 「やあ、リナ=インバース。それにアリエール=ソフランにガウリイ=ガブリエフ。朝っぱらから捜査会議かい? こんな道端で」 陽の光から嫌われているような男だな。 それがアルヴァートを見たときに最初に浮かんだことだった。 「あなたも朝っぱらから随分と精力的に動いてるのね。アルヴァート=クリスン」 「どこに行くんだい?」 「あなたには全然関係無いわ。だから言う必要も無いわね」 全然、をやや強調してあたしはにべもなく言い放つ。 「リナさんの宿屋だよ、アルヴァート」 だぁぁぁぁっ! あっさりと言うなぁぁ! アリエール=ソフラン!! 「へぇ。なら僕もお供しよう」 「歓迎するね」 あたしが内心で怒り心頭なのを知らずに、アリエールはこれまたあっさりと承諾した。 言うべき言葉も見つからずに、あたしは頭を掻き毟る。最悪だわ。 そしてあたし達はひたすら無言で宿屋までの道のりを歩いた。 そこで待つ悲劇と、そして始まる惨劇に気付くこともなく―――。 「あら、出かけてたのかい?」 玄関先で宿屋の女将さんが柔和に目を細めて聞いてきた。こっくしと頷くと、 「朝早くから忙しいんだねぇ。もうすぐ朝食が出来上がるよ」 「ありがと。すぐに食べさせてもらうわ」 今や『エサくれ』と訴える雛鳥のやかましさであたしの胃袋は喚いていた。 「何人前だい? え〜と、六人前でいいのかい?」 六人前? あたしは思わず後ろを振り返る。そこにはガウリイとアリエールとアルヴァートの姿があるだけ。 「なんで六人なの?」 「昨日の女の人と、さっき来た人だよ」 咄嗟に理解出来なかった。 「女の人………ああ、リズね」 独白めいてあたしは空を見上げる。 ――さっき来た人? それがわからない。 「勘違いじゃないかな? あたし達はこの街に知り合いなんていないし………」 「ん? でも男の人が来たよ。あんたの名前を出して」 ますます謎だ。 腕組みしかけたその時だった。 あたしの横を疾風のごとくガウリイが駆け抜けた! 「えっ!? ガウリイ!? どっどーしたのよ!?」 ガウリイの背中が答えた。 「ヤバイ匂いがするっ!」 その言葉にあたしも、続いてアリエールも地を蹴った。 「どーゆー意味!?」 「血の匂いがするんだ!」 瞬間、血が逆流したような音が耳に木霊した。 「リズっ!?」 叫びと同時に最悪の事態が脳裏に描かれた。 扉を勢いよくガウリイが開けた。 リズの部屋だ。 ガウリイの短い呻きと、大きな手が、あたしの足を止めた。 「アリエール!」 ガウリイが後ろも見ずに叫んだ。 ガウリイ。 手が邪魔で何も見えないわよ。 目を押さえるくらいなら、鼻もつまむくらいのことはしないと。 濃い、血臭が、いやでも届いてるよ。 「アリエール! 警備隊を呼べ!」 再度ガウリイが叫ぶ。 その声にアリエールがあたしを押し退けるようにして前に進んだ。 「………これは………っ」 驚嘆の色がアリエールの声に塗られている。 霞がかかったような思考の底で、小さな痛みが発生した。途端、弾かれるようにあたしはガウリイの手を払い、その身体を押し退けて部屋に一歩踏み込んだ。 予想通りでありながら。 想像以上だ。 あたしは我知らず小さくよろめき、そしてあえぐように零した。 「………リズ………」 そこは、血の海だった。 真っ赤に濡れた床が毒々しい輝きさえ放つ。 その中央に、場違いなほどに白い、肌。 悪夢のような光景に相応しくない、銀月のような髪がのたうつようにうねっていた。 リズの腹は、裂かれていた。 絶命は、確認せずとも知れた。 「リズ………」 あたしはよろりと前に、誘われるように足を出した。後方から大きな逞しい腕があたしを支えるように、抱えるように包んでくれた。ガウリイだ。 リズの瞳はかっと見開かれ、怨むように憎むように天井を見つめていた。 目の前が真っ暗になり、そして。 あたしは意識を手放したのだった。 |