インバース家の人々

<3章>剣士ガ惚レタ女ノ父親ト飲ミ明カス話

作:りょーさん♪

 昼近く。ようやく目を覚ましたリナが、階下に降りてきた。まだ眠そうに眼を擦っている。ダイニングに入ると、すぐにキッチンから朗らかな声が聞こえた。
 「おはよう、リナ。ゆっくりだったわね」
 「おはよ、母ちゃん。うん、なんかよく寝ちゃった」
 「ま、久しぶりの我が家だからな。おはよう、リナ」
 「おはよ、父ちゃん」
 両親と挨拶を交わし、テーブルに着く。すぐ、誰かを捜すようにきょろきょろと周りを見回した。が、お目当ての人物は見当たらない。
 「どうかしたか、リナ?」
 父親が問いかける。かなりわざとらしい口調だったのだが、リナは気付かなかった。キッチンで微妙に肩を竦めた母親の姿も、無論見えない。 
 「んん? あ、いや、・・・・あのクラゲまだ寝てんのね、ったくしょうがないわね。人ん家だってのに、まったく遠慮ってもんがないんだから」
 「クラゲってあの兄ちゃんの事か? だったら、出かけてるぞ」
 「出かけてる? どこに? なんで?」
 父の言葉に反応し、畳み掛けるように問いかける。応えたのは、キッチンからお盆を運んできた母だった。
 「ごめんなさい。ガウリイさんにちょっとご用をお願いしたの」
 「用? ガウリイに?」
 「ま、そーゆー事だ。そのうち戻るだろうから、取り敢えず昼飯にしようや」
 ぱん、と手を打ちならして、父親が食卓についた。なんとなく釈然としないままリナも食卓につき、そして昼食が始まる。
 「ただいま」
 ガウリイが帰ってきたのは、そろそろ夕食の支度も終えようかという頃合いだった。呑気な声が聞こえると、リナが玄関に飛び出した。
 「おうリナ、ただいま」
 「あんた、どこに行ってたのよ!? 父ちゃんや母ちゃんに訊いても『用を頼んだ』しか言わないし、だいたい、いくら寝てたからってあたしに声もかけないなんて、どーゆーつもりっ!?」
 「おお、悪い悪い。心配させたか?」
 勢いよく畳み込んだ台詞を軽く流され、おまけにガウリイの一言でリナの顔がまた真っ赤になる。頭から湯気を噴きそうなリナの後ろから、母親の朗らかな声が聞こえた。
 「お帰りなさい、ガウリイさん。無事に戻れたんですね」
 平然とした口調だが、言っていることはかなり怖い。一瞬眉を顰め、じっとガウリイの様子を見たリナの顔色が醒めた。怪我こそないが、全身泥まみれ砂まみれ、服もあちこち破れている。明らかに戦闘の跡。リナの眼が座った。
 「ちょっとガウリイ、これ、どーゆー事!?」 
 「ああ、ちょっとルナさんに会ってきたんだ」
 「姉ちゃんに!? いったいなんで・・・・」
 「私が呼び出したのよ」
 怒鳴り声をあげかけたリナを制し、ガウリイの後ろから、ルナが姿を見せた。服に何カ所か小さな汚れが着いている。息を呑んだリナに、微笑みかけた。
 「お帰り、リナ。旅はどうだった?」
 束の間たじろいだリナが、意を決したかのように応えた。真っ直ぐに姉の眼を見つめ。
 「ただいま、姉ちゃん。いろいろあったけど、辛いことや苦しいこともあったけど、でも、良い旅だったと思う。きっとあたしは、旅をしてよかったと思う」  
 そう言い切った妹に、ルナが大きく頷いた。
 「そう。そうね。あなたにとって旅は無駄じゃなかったようね」
 そう言うと、ルナは家の中へと入っていった。
 その時。ガウリイの横を通り過ぎ、リナとすれ違い様、軽く肩を叩きながら耳元に囁いた言葉は、ガウリイの耳にも聞こえなかった。ただ、またもやリナの顔色が変わり、ファイヤーボールのようになる様だけが見えた。
 「この人を連れて帰ってきただけでも、あなたの旅は上出来だわ」
 その夜、勢揃いしたインバース家の食卓は、昨晩よりやや静かだった。
 姉の存在がリナを大人しくさせていたのかもしれない。時折、ガウリイの方を見ては、さっきのルナの言葉を思い出すのか、食卓のワインより頬を染めていた。
 そんなリナの様子を見ながら、ガウリイも今夜は静かに食事をしていた。時々、ちらりとリナを見るが、その度に真っ赤になったリナに視線を逸らされる。
 そんなふたりの様子を眺めながら、インバース家の人々はそれぞれ思いに耽るのだった。
 俯く目、熱い目、微笑ましく見守る目、苦々しく見咎める目、可笑しそうに観察する目、それぞれの視線が交錯するなか、夕食が終わった。
 「リナ、ちょっとあたしの部屋に来なさい」
 食後。ルナの一言にびくっと躰を震わせ、
 「うん、姉ちゃん」 
 と、小さく応えて、リナは姉と2階へ昇った。後ろ姿を見送りながら、自分も部屋に戻ろうと立ち上がったガウリイに、不機嫌そうな声がかけられた。
 「おい天然、こっち来い」
 見ると、リビングのソファに腰掛けたこの家の主が、面白くもなさそうな顔で手招きしている。軽く頭を掻きながら、ガウリイもリビングに入った。
 いつの間に用意したのか、テーブルにはゼフィーリア産のワインが2本とグラスがふたつ。ソファに座ったガウリイに見向きもせず、インバース氏が手酌でワインを呑みはじめた。黙って、ガウリイも自分でワインを注ぎ、呑み干す。たいして時間もかからず、2本のボトルが空になった。
 黙ったまま立ち上がったインバース氏が、また2本、ワインを持ってきた。今度は視線だけ交わしながら、呑み続ける。さっきより少し時間をかけて、2本のボトルが空いた。
 また2本、インバース氏がワインを持ってくる。それぞれ勝手に手酌で注ぐ。一口目を呑み干した時、やや赤らみかけた顔で、ようやく言葉を発した。
 「・・・・戻りやがったか」
 「ご期待に添えなくて悪かったな。きつかったが、なんとか戻ったぜ」
 軽く、ガウリイが応える。こちらも多少、頬に朱が射しかけている。ぐいぐいと呑みながら、ぽつりぽつりと会話を交わす。
 「よく生きてたもんだな」
 「ああ、まあな。こりゃ死ぬな、って何度か思ったけど。ま、手加減してくれたんだろ。最後は傷も治してくれたしな」
 「普通はその前に死んでる筈なんだよ。・・・・それで、ルナはおまえさんに何か言ったか?」
 つまらなそうな口調だが、視線は真剣だった。
 「ああ、『まあ、一応合格』って言ってたな」
 「・・・・ちっ・・・・」
 舌打ちをして、ボトルを傾ける。既に、空だった。ガウリイの前のボトルに目を向けるが、そちらもいつの間にやら空。
 「ルナがどう言おうと、俺は認めた覚えは無いからな」
 空のボトルを卓上に転がしながら、拗ねたように言った。視線を向けたガウリイを無視して、また新しいワインを取りに行く。捜し回っているのか、かなり時間がかかったが、またワインを下げてきた。今度は1本。
 「ほれ」
 どん、と音を発てて、テーブルに新しいワインが置かれた。
 「おまえ、葡萄目当てで来たんだろ? とっときのヤツを呑ませてやるから、呑んだらとっとと帰れよ」 
 口を尖らせ、拗ねた口調。思わず吹き出すガウリイに目もくれず、グラスになみなみと注ぐ。口元を拭って、ガウリイが問いかけた。
 「これ、何年物だ?」
 「あ? ゼフィーリア暦418年産。1番の当たり年だぞ。ありがたく呑みやがれ」
 「リナの生まれた年のワインがいいな」
 インバース氏の眉間に皺が寄った。険しくなった眼を一瞬だけガウリイに向け、すぐにそっぽを向く。
 「422年物だぁ? ありゃダメだ。俺様の貴重品だからな」
 「だから呑みたいんだけど?」
 ガウリイがぐっと身を乗り出した。だが、視線を合わせない。
 「いいや、ありゃまだ呑むには若すぎる。もっと熟成させなくちゃな」
 「そうかい? 俺はそろそろ呑み頃だろうと思うけどな」
 「おまえみてぇな天然に、なにがわかるんだ? まだだっつったらまだなんだよっ」
 どがっとテーブルに腕を乗せ、インバース氏も身を乗り出した。ようやくガウリイに向けた視線に、冗談ごとではない光がある。 
 「そいつをいただけるまでは、帰れないんだけどな」
 真っ向から受け止めるガウリイの眼にも、底光りするものがあった。しばしの沈黙。
 「はい、どうぞ」
 『へ?』
 思わずふたりの声が重なった。張りつめた静寂を破ったのは、場違いなほど朗らかな声。
 こん、と軽やかな音。いつの間にいたのか。酒が入っているとはいえガウリイとインバース氏に、足音はおろか気配すら感じさせずにテーブルの横に立ったリナの母が、1本のワインを置いた。
 「・・・・やっぱり、普通じゃないな・・・・いつ来たんだよ・・・・」
 口の中で呟くガウリイに、いつもの笑顔を向ける。
 「これがあの子の産まれ年のワインです。ゆっくり味わってくださいね」
 「おいっなんで持って来るんだよぉっ」
 ほとんど悲鳴のような声。絶望的な表情を浮かべて、インバース氏が妻を見つめている。
 「いくら貴重なワインだからって、ずっとしまってても意味がないでしょ? ほんとに大切に味わってくれる人に呑んで貰えば、ワインだって1番喜びますよ、きっと」
 「あ、う・・・・」
 いつもどおり、いやいつも以上の笑顔であっさり応じられ、言葉を失った。
 「あなただってわかってるんでしょ? そのなのにそんな意地悪言って。ほんとに、いつまでも子供なんですから」
 くすくすと笑い声をたてながら、
 「それじゃ男同士でごゆっくり。もう遅いんですから、お静かにね。おやすみなさい」
 笑顔で挨拶すると、立ち去っていった。   
 後に残され、しばらく呆然としていた男ふたり。僅かに早く、ガウリイが立ち直った。  
 「おふくろさんの許可は出たみたいだけど?」
 「だからなんだよ?」
 テーブルの上の腕に頭も乗せて、じとり、とした目つきでインバース氏が応える。
 「親父さんの許しは貰えないのか?」
 「貰いたいのかよ、そんなモン?」
 あからさまにいじけた口調に、ガウリイが苦笑を浮かべた。
 「ま、一応は」
 「一応かいっ!」
 「だって重要な許可はもう貰えたらしいから、後は一応ってとこだろ?」
 「ああ、そうかよ。その程度のモンなら、無くてもいいんじゃねえか」
 ぽりぽりとガウリイが頬を掻いた。やや困惑したような表情。
 「まあそうなんだけど・・・・男同士、貰うモン貰っとかないと後味が悪いだろ、お互いに」
 「・・・・男同士、ねぇ・・・・案外古い男だな、おまえさん」
 「そうか?」
 「俺の世代の殺し文句だゼ、そいつは。まさか今時の若いモンから訊かされるとはなぁ」
 口元に苦笑を浮かべるインバース氏。
 「おっさん臭いぞ、それ」
 「うっせぇ!」
 「それで、どうなんだ? 貰えるのか?」
 「ふんっ。『ワインも1番喜ぶ』ってハニィに言われたんじゃ、どうしようもねぇだろうが」 
 「・・・・あんた、ほんとに恐妻家なんだな」
 「愛妻家と言え、ボケ」
 「それじゃ、いただくぜ」
 ワインボトルに手を伸ばし、コルクを抜く。自分のグラスに注ぐ前にインバース氏に注ごうとしたガウリイを、インバース氏の手が止めた。
 「そいつはおまえにやったんだ。おまえが呑め」
 「ふ〜ん・・・・じゃ、そうさせて貰うよ」
 どんな強い酒でも一息で飲み干すガウリイが、口中に含んだワインを珍しくゆっくりと味わった。表情がほころぶ。
 「佳いワインだな。旨いよ」
 「当たり前だ。貴重品だっつったろうが。・・・・おい、ところでな」
 ずずいっ、とガウリイの目前に詰め寄った。思わず、僅かに身を引くガウリイ。
 「こいつはあくまでも、ワインの話だからな。妙な意味に取るんじゃねぇぞ!」
 「他に何か意味があったのか?」
 さらっとしたガウリイの言葉に、インバース氏の視線がますますじとりとした。
 「おまえとぼけてんのか、本気で馬鹿なのかどっちだ?」
 「さぁ?」
 よく言えば泰然とした、悪く言えば何も考えていないような、表情。じとおっと見つめていたインバース氏が、ふうっと溜息を吐いた。
 「ま、いいか。これ以上馬鹿親父をやって、娘に嫌われたくもないしな」
 懐からタバコを出して、いつものように口にくわえる。同時に、どこからともなく取り出したマッチを靴の裏で擦って、タバコに火を付けた。深々と吸い、煙を吐き出す。ガウリイの目が丸くなった。
 「あんた、タバコ・・・・」
 「・・・・今くらい吸わせろよ。酒やタバコってのは、こんな時の為にあるんだろうが。・・・・おい、女どもには黙ってろよ。男同士だろ」
  
 ガウリイは422年物をゆっくりと飲み続けた。インバース氏は418年物を空け、今度はブランデーを取り出してきた。その間も、タバコは吸い続けている。やがて、ゆっくりとワインを飲み終えたガウリイも、ブランデーを傾けた。
 明け方近く。テーブルには、8本のワインボトルと2本のブランデーボトル、そして皿に山盛りになった吸い殻。
 「・・・・おまえ、なかなかいける口だな・・・・ほれ」
 「・・・・まぁ、並よりは呑む方だって自覚はあるけどな・・・・あんた程じゃないさ」
 テーブルに突っ伏すようにして、まだグラスを傾け続けるふたり。顔色も、ワイン色を通り越して、ブランデーのような濃い色合いになっている。
 「ふん、当たり前だ、年期が違わぁな・・・・なんでもかんでも娘婿に負けてちゃ、男親の面子が立たねぇんだよ・・・・」
 「・・・・なんだよ、さっきの話はワインの話じゃなかったのか。あんたの方から言ってりゃ世話無いぜ・・・・認めてくれるのか?」
 酔いの回りきった顔。呂律の回らない口調。視線だけが、素面。
 「・・・・わかってたくせによく言うよ、まったく・・・・もし泣かせるようなマネしてみやがれ、てめぇ海に還すからな・・・・」
 「葡萄畑の土になるんじゃなかったっけ?・・・・まあ、その前に、リナの姉ちゃんに殺されそうだけどな・・・・」
 「そりゃそうだ。だいたい、よくあいつが認めたもんだぜ・・・・とにかく、命かけて大切にしなかったら、インバース家全員がてめぇを赦さねぇからそう思え」
 射すような視線に、息苦しくなるほどの気が篭もっていた。真っ直ぐに受け止めて、返したガウリイの言葉にも熱い気。が・・・・
 「ああ。命より大切にするさ。・・・・あ、いや、その前に・・・・」
 「なんだ?」
 怪訝な顔を向けたインバース氏に、困ったように額を掻いている。
 「その・・・・考えてみたら、俺、まだリナに何も言ってないんだった」
 「・・・・あのなぁ・・・・順番が違うだろうがっ、このボケぇぇっっっ!!!!!」
 かくして。
 まだ明け切らぬゼフィール・シティに、インバース家の主の怒声が轟いたのであった。


貰いモノは嬉し!へ戻る