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「ほんの何年か留守にしてただけだもん、そんなに懐かしいってほどじゃないわよ」 隣国につくまではそう言っていたリナが、ゼフィーリアに入った途端、目に見えてそわそわしだした。目に付く物を片っ端からガウリイに説明し、まるで自分が旅行者であるかのようにはしゃいでいる。 そんなリナの様子がひどく微笑ましく、ガウリイはいちいち頷きながら聞いていた。 宿に泊まるのももどかしそうに、リナは先を急ぎたがった。 ゼフィール・シティに着いたのは、夕方だった。最初ゆっくり歩いていたリナの脚が、だんだん弾むように早くなった。やがて、走り出す。市街の門をくぐった時には、ほとんど全力疾走に近かった。 駆け続けるリナの後を、街の景色を眺めながら、大股で追った。リナの故郷を目に焼き付けたくて、駆けていく背中と町並みに、交互に視線を向ける。何度か見失いそうになりながら、なんとか後を追い続けた。何度目かの角を曲がり、リナが立ち止まった。 そこは、街を横切るように流れる川。河原では子供達が駆け回り、川面を荷物を積んだ船が進んでいく。風景の中に、ひとりの男が見えた。そろそろと、リナがその男に近づいて行く。川縁の石に腰掛けて釣り竿を振っているその後ろ姿に、なぜか奇妙な既視感を感じて、ガウリイは立ち止まった。 足音を忍ばせ、気配すら絶ってリナが男に近づく。じり。じり。男の背後、手を伸ばせば届く距離まで、リナが迫った。訳もなく、ガウリイも息を殺した。わっ、と男の背中を叩くためにリナの躰が撓む。 不意に。なんの前触れも感じさせない動きで、男が振り返った。 「よぉ、帰ったか」 アッケラカンとかけられた声に、ひょいっ、とリナが肩を竦めた。 「ちぇっ、やっぱりダメかぁ。いつから気付いてたの、父ちゃん?」 「ああ、お前が立ち止まった頃からかな」 石に腰掛けたままの姿勢で、事も無げに言う声がガウリイにも聞こえる。あの距離で、しかも気配を消してるリナに気付いたとすれば、並の遣い手ではない。おそらくはガウリイ級の腕前だろう。 「・・・・ま、リナの親父さんなら腕達者で不思議ないか」 そっと呟き、離れて立ちながら、リナの影になっている男に視線を配る。 「お帰り、リナ」 「うん。ただいま、父ちゃん!」 元気良く言葉を交わすと、座ったままの男の首にリナがしがみついた。 「おおっ、相変わらず元気だなぁ」 嬉しげな口調で話しかけながら、リナの頭を撫でる。 「っ!?」 リナの横から覗いた男の顔に、ガウリイが思わず息を呑んだ。リナの父親にしては随分と若々しい男。口の端に、火の付いていないタバコをくわえたその顔は、ガウリイには忘れられない顔だった。 リナから死角になった一瞬、にやり、と笑みを浮かべる。僅かに動いた口は、ガウリイの眼には確かに『よぉ、やっと来たか』と読みとれた。 「ところで、リナ。そっちの兄ちゃんはお前の知り合いか?」 「え、あ、と、その、あの、・・・・」 「見たとこ剣士らしいが、この辺じゃ見ない顔だな」 「・・・・おいおい・・・・」 ガウリイですら思わず鼻白む、実に白々しい口調だったが、今のリナには気付くゆとりもなかった。 「えっと、あの、その、なんて言うか、こいつ、ガウリイっていってね、そんで、その、あのね、えっと、丁度葡萄の季節だし、それで、その、えっとね、だから、」 熟し切った葡萄より紅く頬を染め、意味もなく両手をバタつかせて、視線をふらふら泳がせる様は、誰の目にも混乱の極致といったところ。 説明や交渉はリナ任せ。それがふたりの普段の姿だったが、この時ばかりはそうもいかなかった。予想外の状況、いや、リナが混乱するのは充分に予想していたが、それ以外の部分で予想外の状況に内心で舌打ちしつつ、ガウリイが2,3歩歩み寄った。 「・・・・どうも、初めまして。ガウリイ・ガブリエフといいます。リ・・娘さんとは、何年か一緒に旅をしています」 「ほう、ガウリイさんね」 どこまでも白々しい口調。 「娘に腕の立つ旅の連れがいるってのは、風の噂に聞いちゃいたが、そうかい、そりゃ娘が世話になったな」 相当わざとらしい態度でガウリイの説明を聞き、愛想良く笑顔で右手を差し出した。 「ま、よろしくな」 ひょいと手を突き出されて、何気なくガウリイも右手を差し出した。 「あ、はぁ、よろしく。・・・っ・・・」 一瞬、ガウリイが顔を顰めた。洩れかかった痛声を押さえる。 「そうだ、リナ。そろそろおまえが着く頃だって、あいつ、朝から首を長くして待ってたぞ。早く行ってやれよ」 まだ何やらじたばたしているリナに、インバース氏が声をかけた。螺子が切れたように一瞬止まり、それからようやく我を取り戻したか、リナが言葉を返した。 「父ちゃん達、あたしが帰るの知ってたの? それに連れがいるなんて、どうして・・・・」 「おいおい、リナ、ゼフィール・シティ商人組合の情報網は知ってるだろうが? 横町の黒猫のお産からセイルーンの第1王女の行方まで、きっちり網羅してるぜ」 「・・・・どんな組合なんだ、いったい・・・・」 ぼそりと呟いたガウリイの声など気にもかけず、 「なんたって、商いの基本は情報だからな。お前の噂も、ちゃんと聞こえてたさ」 「そっかぁ。まぁ、あたしも結構派手な旅してたしね・・・・」 「・・・・リナも、納得するなよ・・・・」 「って、じゃあ、姉ちゃんも知ってるの!? あたしが帰ってること!?」 リナの眼が血走り、声のトーンも変わった。 「ああ、勿論」 「あああああぁぁぁぁぁっっっっっこんなことしてる場合じゃないわっっっっっ早く帰らなくっちゃ姉ちゃんのお仕置きがぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!!」 悲鳴を残して、リナが駆けだした。 猛烈な勢いで駆けていくリナを見送りながら、男ふたりは握手したまま。無論、ただの握手ではない。ぎりぎりとガウリイの骨が軋む程、右手が握り締められている。力任せに握るだけでなく、親指の先でちゃっかりと痛点を押しているあたり、この男さりげなくえげつない。 「どうかしたかい?」 インバース氏が、いかにも何気ないそぶりで問いかけた。態度を裏切って、顔にはチェシャ猫めいた笑みが浮かんでいる。いわゆる挨拶代わり、という訳だろう。 「いや、別に」 短く応えながら、視線で意志を返す。そっちがその気なら、きっちり挨拶させてもらおうか、と。 流れの傭兵時代。新顔と見ればこの手の悪戯をしかけてくる輩が、何処にもいた。一番若く、繊細な顔立ちのガウリイは、格好の獲物に見えたのだろう。勿論、やられっぱなしでいてやる義理はない。甘く見た輩には、それ相応の報いを呉れてやった。利き手を砕かれて廃業した傭兵も五指に余る。 にぱっと笑顔を返し、右手に力を込めた。インバース氏の眉間に皺が寄った。筋力はもう限界だろう。常人ならとっくに骨が砕けているはずだ。しかし、男の力は弱まらなかった。ガウリイも力を弱めない。握り合った互いの右手が、痙攣するように震えだした。それでも、白々しく、笑顔だけは崩さない。見交わす視線には、これまた常人なら瞬殺しかねない強烈な気が篭もる。 「ゼフィーリアじゃ、今頃が一番良い季節でな。今年は葡萄の出来も良いし、ま、ゆっくりしていくといいぜ」 「それじゃ、お言葉に甘えさせて貰おうか。ところで、その精進ウミガメじゃ俺の事も掴んでたわけかい?」 「精進ウミガメじゃねぇ、商人組合だっ!! ったく、相変わらずだな、この天然」 「そっちこそ、相変わらずとぼけたおっさんだよ」 「誰がおっさんだ、誰が。俺はまだ若ぇんだぞ!」 「おっさんが厭なら、親父さん、にしようか?」 「尚更悪いわっ! なんでおまえに親父呼ばわりされにゃならんのだっ! くだらん事言ってないでとっとと帰れっ!」 「たった今、ゆっくりしていけ、って言ったじゃないか」 「いちいちうるせぇ奴だな。そーゆー用件なら帰れっつってんだよ」 「そーゆー用件以外に、どんな用があってここに来るんだよ?」 男ふたり、一見和やかに陰険漫才を繰り広げてながら、内心では互いに驚嘆していた。力といい気といい、これほどの男はガウリイの記憶にもそうはいない。ゼルガディスあるいはルークと比べても、一歩も引けを取らないだろう。同様に、インバース氏の長い戦歴にも、ガウリイクラスの相手はほとんど覚えが無かった。 今や、力を緩めれば即座に手が砕け、気を緩めれば瞬時に失神することは確実だった。 もはや挨拶を通り越して、引くに引けない張り合い。 突如、だだだだだっっっっっと地面を蹴立てて駆け戻って来たリナが、男達の緊迫を解いた。 「父ちゃん、ガウリイ、何してんの、早くおいでよっ!」 どちらからともなく視線を緩め、手を離す。 『おう、今行く』 同時に声を発し、リナに見えない位置でそっと右手をさすりながら、走り出した。 ・・・・いい年してなんて力だよ、このおっさん ・・・・っぅ、年長者への遠慮ってモンがないのか、このボケ さてさて ・・・・まずは初戦引き分けってとこか |