― 3(後編) ―


作:マックさん


「おめでとうございます。」

 その言葉を、ホッとしたような表情で聞いて、干城は水都を振り返った。
「これで、『北条水都』になったよ。」
「そうね。でも、実感湧かないな。」
ニッコリ微笑んで、水都は干城の腕に、自分の腕を絡めた。
「お幸せに。」
窓口の男性職員は、笑顔で二人に声を掛ける。
「ありがとうございます。」
軽く頭を下げて、二人は歩き出した。
駐車めてあった車に乗り込み、沈黙のまま走り出した。


「・・・新婚旅行、何処へ行く?」
暫くして、唐突に干城が言った。
「今だと北海道もいいぞ。何なら沖縄とか。いっそ、海外はどうだ?
 英国あたり好きだったろ? ギリシャとかエジプトとか・・・。」
「いいってば。」
笑いながら、水都はやんわりとそれを遮った。
「そんなわざわざ何処かへ行かなくたって・・・。」
「でも、式も挙げない、写真もいらない。・・・本当にいいのか?」
「言ったでしょ。
 式に呼ぶ親族も友達もいないし、着せ替え人形みたいなドレスも綿帽子も嫌よ。
 干城だって、『ひな壇の上で、見世物になるのは嫌だ!』って言ってたくせに。」
「や、でも。やっぱ水都も女だし・・・。」
ふうっと大きな溜め息。
「干城はあたしが言った事、嘘か本当かくらい分かるかと思っていたわ。」
「18年も付き合ってるんだし?」
「いつも一緒にいるんだし?」
僅かな間。そして、二人揃って吹き出した。
やはり、少々気分が高揚しているのだろう。
「・・・分かってるよ。でも、ちょっと見たかったんだ、俺が。」
「じゃ、10年。
 10年、結婚が続いたら、10年目には着てあげる。」
「言ったな。ちゃんと聞いたからな。
 10年なら、水都はまだ30歳だし、充分綺麗だろうから、楽しみにしているよ。」
「・・・お世辞言ってもダメよ。
 第一、その頃は子供も居るかもしれないし・・・。」 
「それなら20年目でも、30年目でも。約束したからな。」
あまりにも真剣になった干城の声色に、水徒は答えに詰まった。


 今日、結婚したとは言え、紙切れ一枚の事。
今までと何かが変わる訳でもないし、干城は何をそんなにムキになっているのだろう?
その答えは案外早く、マンションに着いた時に分かった。



 「あ、お待ちしていました。」
大きなトラックとクレーン車が、マンション前の道路に停まっている。
「すいません、お待たせして。」
「いえ。道が空いてて、早く着いてしまったんです。」
呆然とする水都を余所に、干城はテキパキと話を進めていく。
「じゃ、先に上がりますので、合図したら上がって来て下さい。
 ほら、水都。行くぞ。」
腕を取られ、エレベーターに乗り込んで初めて、水都は口を開いた。
「・・・あれ、何?」
「ん? 家具屋さん。ベッドを頼んでおいたんだ。」
語尾にハートか音符のマークでも付いていそうな感じで、答えが返る。
「何で!? 今のだって、まだ2年半くらいしか・・・。」
「でも、シングルとセミダブルの2台だろ? 今度のはキングサイズが1台。」
「キングサイズ!?」
「そ。俺はこの体格だし、お前だって小さくはない背丈だろ?
 だったら、キングサイズくらいあったっていいじゃないか。」
 くらり。
眩暈がした気がした時、エレベーターが止まった。


 部屋の中。
今朝、シーツや肌掛けを片付けたベッドを、家具屋のお兄ちゃん達が分解していく。
流石、本職。早い早い。
そして、開け放した窓からそれは、クレーンに吊るされ、降ろされて、
替わりに新しいベッドの部品が運び込まれる。
黙々と組み立てられていく、大きなベッドに、干城は終始ニコニコ顔だった。
と。インターホンから、来客のチャイムが鳴り響く。
「はい、どちら様ですか?」
『北条様ですね。橋寝具店です。』
スピーカーから流れる声に、干城が替わる。
「あ、布団ですね。今、開けます。」
 朝からの出来事に、少々頭痛のしてきた水都は、一人でキッチンへ向かった。
インスタントのコーヒーを淹れ、カウンターに腰を落ち着ける。
『・・・昨日の今日で入籍。帰って来たら家具屋と布団屋が来ていて、
 部屋を占領しそうなベッドまである・・・。
 干城ってば、何を考えてるのかしら・・・。』


コーヒーが冷たくなった頃、干城がキッチンへ入って来た。
「ここに居たのか。」
「・・・もう、皆帰ったの?」
「ああ。」
水都の横に立って、干城はニッコリと笑った。
「それを飲み終わったら、ベッドを見に行こう。」
笑顔のまま飲むように促し、水都がコーヒーカップを空にするのを見守った。
「ほら、行こう。」
軽く腕を取られ、寝室へと足を踏み入れた水都は、あまりの大きさに改めて驚かされた。
「大きいだろう? 二人で寝ても、まだ充分広いぞ。」
「広すぎるような気もするけど・・・。」
二人はベッドに腰掛けて、感想を言い合う。
「水都。
 喧嘩をしても、一つのベッドで寝よう。
 手を伸ばせば届く場所で、さ。」
干城は上半身をベッドに投げ出し、水都を見上げながら言った。
「どんなに喧嘩をしても、解決するまで話し合おう。
 このベッドの上で、一晩中掛かってもいいからちゃんと話し合うんだ。
 喧嘩して、仲直りしてずっと一緒に居よう。」
嬉しそうに話す干城に、水都もようやくニッコリとした。
「・・・あたし、干城は同情で一緒に居てくれると思っていた。
 最初は親に見捨てられて、次は老人介護、そして結局は帰る場所さえなくして。
 他の人たちみたいに、あたしを『可哀想』と思っているんじゃないか、って。」
ベッドに上がり込みながら喋り続ける。
干城の顔を覗き込むと、またニッコリと微笑んだ。
「・・・やっぱり、違ってたんだね。」
「言った事あったっけ?」
近くに来た水都の膝に、干城はごろりと頭を乗せた。
「俺、初恋は日本人形だったんだぜ。
 豪華な振袖に、綺麗なかんざし刺して、紅を引いた唇が可愛くて・・・。
 まだ5つになる前だったけど、寝ても覚めても気になって。」
「それは確かに『恋』ね。」
「その人形と一緒にいられたら、きっと幸せだろうな、って。」
「その人形、どうしたの?」
昔話をしている筈なのに、ずっと水都を見続けて話す干城に、水都は疑問を覚えた。
「ようやく全部手に入って、すげー幸せ。
 これからも幸せにしてくれ、水都。」



 蛍袋を模したランプが、ベッドサイドに置かれている。
それに水都が気付くのは、多分もう少し後のこと。




おわり



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