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「おめでとうございます。」 その言葉を、ホッとしたような表情で聞いて、干城は水都を振り返った。 「これで、『北条水都』になったよ。」 「そうね。でも、実感湧かないな。」 ニッコリ微笑んで、水都は干城の腕に、自分の腕を絡めた。 「お幸せに。」 窓口の男性職員は、笑顔で二人に声を掛ける。 「ありがとうございます。」 軽く頭を下げて、二人は歩き出した。 駐車めてあった車に乗り込み、沈黙のまま走り出した。 「・・・新婚旅行、何処へ行く?」 暫くして、唐突に干城が言った。 「今だと北海道もいいぞ。何なら沖縄とか。いっそ、海外はどうだ? 英国あたり好きだったろ? ギリシャとかエジプトとか・・・。」 「いいってば。」 笑いながら、水都はやんわりとそれを遮った。 「そんなわざわざ何処かへ行かなくたって・・・。」 「でも、式も挙げない、写真もいらない。・・・本当にいいのか?」 「言ったでしょ。 式に呼ぶ親族も友達もいないし、着せ替え人形みたいなドレスも綿帽子も嫌よ。 干城だって、『ひな壇の上で、見世物になるのは嫌だ!』って言ってたくせに。」 「や、でも。やっぱ水都も女だし・・・。」 ふうっと大きな溜め息。 「干城はあたしが言った事、嘘か本当かくらい分かるかと思っていたわ。」 「18年も付き合ってるんだし?」 「いつも一緒にいるんだし?」 僅かな間。そして、二人揃って吹き出した。 やはり、少々気分が高揚しているのだろう。 「・・・分かってるよ。でも、ちょっと見たかったんだ、俺が。」 「じゃ、10年。 10年、結婚が続いたら、10年目には着てあげる。」 「言ったな。ちゃんと聞いたからな。 10年なら、水都はまだ30歳だし、充分綺麗だろうから、楽しみにしているよ。」 「・・・お世辞言ってもダメよ。 第一、その頃は子供も居るかもしれないし・・・。」 「それなら20年目でも、30年目でも。約束したからな。」 あまりにも真剣になった干城の声色に、水徒は答えに詰まった。 今日、結婚したとは言え、紙切れ一枚の事。 今までと何かが変わる訳でもないし、干城は何をそんなにムキになっているのだろう? その答えは案外早く、マンションに着いた時に分かった。 「あ、お待ちしていました。」 大きなトラックとクレーン車が、マンション前の道路に停まっている。 「すいません、お待たせして。」 「いえ。道が空いてて、早く着いてしまったんです。」 呆然とする水都を余所に、干城はテキパキと話を進めていく。 「じゃ、先に上がりますので、合図したら上がって来て下さい。 ほら、水都。行くぞ。」 腕を取られ、エレベーターに乗り込んで初めて、水都は口を開いた。 「・・・あれ、何?」 「ん? 家具屋さん。ベッドを頼んでおいたんだ。」 語尾にハートか音符のマークでも付いていそうな感じで、答えが返る。 「何で!? 今のだって、まだ2年半くらいしか・・・。」 「でも、シングルとセミダブルの2台だろ? 今度のはキングサイズが1台。」 「キングサイズ!?」 「そ。俺はこの体格だし、お前だって小さくはない背丈だろ? だったら、キングサイズくらいあったっていいじゃないか。」 くらり。 眩暈がした気がした時、エレベーターが止まった。 部屋の中。 今朝、シーツや肌掛けを片付けたベッドを、家具屋のお兄ちゃん達が分解していく。 流石、本職。早い早い。 そして、開け放した窓からそれは、クレーンに吊るされ、降ろされて、 替わりに新しいベッドの部品が運び込まれる。 黙々と組み立てられていく、大きなベッドに、干城は終始ニコニコ顔だった。 と。インターホンから、来客のチャイムが鳴り響く。 「はい、どちら様ですか?」 『北条様ですね。橋寝具店です。』 スピーカーから流れる声に、干城が替わる。 「あ、布団ですね。今、開けます。」 朝からの出来事に、少々頭痛のしてきた水都は、一人でキッチンへ向かった。 インスタントのコーヒーを淹れ、カウンターに腰を落ち着ける。 『・・・昨日の今日で入籍。帰って来たら家具屋と布団屋が来ていて、 部屋を占領しそうなベッドまである・・・。 干城ってば、何を考えてるのかしら・・・。』 コーヒーが冷たくなった頃、干城がキッチンへ入って来た。 「ここに居たのか。」 「・・・もう、皆帰ったの?」 「ああ。」 水都の横に立って、干城はニッコリと笑った。 「それを飲み終わったら、ベッドを見に行こう。」 笑顔のまま飲むように促し、水都がコーヒーカップを空にするのを見守った。 「ほら、行こう。」 軽く腕を取られ、寝室へと足を踏み入れた水都は、あまりの大きさに改めて驚かされた。 「大きいだろう? 二人で寝ても、まだ充分広いぞ。」 「広すぎるような気もするけど・・・。」 二人はベッドに腰掛けて、感想を言い合う。 「水都。 喧嘩をしても、一つのベッドで寝よう。 手を伸ばせば届く場所で、さ。」 干城は上半身をベッドに投げ出し、水都を見上げながら言った。 「どんなに喧嘩をしても、解決するまで話し合おう。 このベッドの上で、一晩中掛かってもいいからちゃんと話し合うんだ。 喧嘩して、仲直りしてずっと一緒に居よう。」 嬉しそうに話す干城に、水都もようやくニッコリとした。 「・・・あたし、干城は同情で一緒に居てくれると思っていた。 最初は親に見捨てられて、次は老人介護、そして結局は帰る場所さえなくして。 他の人たちみたいに、あたしを『可哀想』と思っているんじゃないか、って。」 ベッドに上がり込みながら喋り続ける。 干城の顔を覗き込むと、またニッコリと微笑んだ。 「・・・やっぱり、違ってたんだね。」 「言った事あったっけ?」 近くに来た水都の膝に、干城はごろりと頭を乗せた。 「俺、初恋は日本人形だったんだぜ。 豪華な振袖に、綺麗なかんざし刺して、紅を引いた唇が可愛くて・・・。 まだ5つになる前だったけど、寝ても覚めても気になって。」 「それは確かに『恋』ね。」 「その人形と一緒にいられたら、きっと幸せだろうな、って。」 「その人形、どうしたの?」 昔話をしている筈なのに、ずっと水都を見続けて話す干城に、水都は疑問を覚えた。 「ようやく全部手に入って、すげー幸せ。 これからも幸せにしてくれ、水都。」 蛍袋を模したランプが、ベッドサイドに置かれている。 それに水都が気付くのは、多分もう少し後のこと。
おわり |