― 2 ―


作:マックさん

 水都の祖母が亡くなったのは、梅雨も本格的になった六月半ばだった。

「あんたの所為よ!」
涙ながらに投げつけられた言葉に、水都の顔が曇る。
人は少ないとは言え、近所の人が来てくれている中で、
水都の母は、喪服のまま水都を怒鳴っていた。
「何でもっと早く連絡しないの! こんなに細くなって・・・。
 あんたが食事もさせないで殺したんでしょう!?」
「お母さん。」
喪主席で正座したまま、激高する母を見ている水都。
両の手はギュッと握られ、膝の上に揃えられている。
「お父さんのときだってそうよ。
 連絡もないまま、今更二人が死んだなんて言われて、私がどれだけ苦しいか分かる?」
「・・・。」
周りの人達も、どうしていいか分からず、呆然とその様を見ている。
「本当に、あんたなんか産むんじゃなかった!」
「・・・何で? 何で産んだの?」
「お父さんが喜んだからよ。
 私は流産しようと思ったのに、何をやっても流れない。
 挙句、産まれてみればあの男そっくり!
 本当に産むんじゃなかったわ!」
不意に目の前が暗くなる。・・・水都は母の言葉を最後まで聞けなかった・・・。
 「水都!」
外で受付をしていた為、干城は中の騒ぎに気付くのが遅れた。
来るかもしれない水都の母を、水都より先に見付ける為、受付をしていた干城だったが、
いつ通り過ぎたのかさえ気付かなかった。
その上。想像していた通り、水都は罵倒されてしまった。
そして、駆けつけた干城の目の前で倒れたのだ。
「水都! しっかりしろ!」
「放っておけばいいのよ。自分ばっかり好き勝手して。
 お母さんはもっと苦しんだ筈よ!」
その言葉に、干城は怒気を身にまとい、水都の母を睨んだ。
「・・・何よ!」
「あんたには会ったら言いたい事が山ほどあったが、もういい。
 さっさとこの家から出て行け! もう二度と水都の前に現われるな!」
ぐっと詰まり、一歩後ろによろけるが、怒りで顔を真っ赤にして言い返してきた。
「あんたにそんな事言われる筋合いないわよ!
 大体誰なのよ。人の家に我が物顔で!」
「・・・忘れているかもしれないが、隣の家の息子だ。
 あんたが捨てた子供と、ずっと一緒に居た、な。」
ぐったりとした水都を抱きかかえて、干城は歩き出した。
「水都は俺がもらう。後は好きにすればいい。
 水都も俺も、ばあさんが死ぬ前に、やれる事はやったから、お別れは済んでいる。
 自分がしたことのツケを、その目で見ればいい。」
 しっかりと水都を抱え、一歩一歩、その場を離れる。
「・・・そんな子と居たって、不幸になるだけなんだから!」
後ろからかかる声を無視して、干城はそのまま自宅へ戻った。
「かあさん、開けてくれ!」
扉が開けられ、二階の干城の部屋に運ぶ。
そっとベッドに降ろし、干城は水都の青白い顔を見た。
『・・・また護れなかった・・・』
悔やんでも、悔やみきれない。
12年経っても、自分はまだ子供なのだと思い知る。
「水都、水都!」
呼んでも反応のない水都は、まるで死んでしまった様で、祖母の顔を思い出す。
『水都を連れて行かないでくれ! 俺は水都が必要なんだ。』
手を取り、祈るように心で呟く。
「干城! 救急車が来たわよ!」
「分かった!」
再び水都を抱き上げ、ストレッチャーを広げていた救急隊員の元へ急ぐ。
「こいつです。お願いします。」
「・・・ご家族の方ですか?」
「はい!」
「では、一緒にお願いします。」
・ ・・水都が病院を出られたのは、一ヵ月後。
もう、夏休みが始まっていた。
 「水都。退院したら、旅行にでも行かないか。」
病院のベッドの上で聞いた言葉。
そして、退院したその足で連れ出された先は、長野県、諏訪。
「ここ、何処?」
「いい所。まあ、一週間くらいゆっくりしようぜ。」
蝉時雨が降りしきる中、干城は嬉しそうに部屋の窓を開けた。
「少しゆっくりして、飯喰ったら出かけよう。見せたい物があるんだ。」
「見せたいもの?」
「ああ。ただし、今日見られるとは限らないけどな。
 でも、きっと大丈夫だ。」
意味深に言って、笑顔で振り返る。
「・・・干城。家の方、どうなってるの?」
固い表情でお茶を淹れながら、水都が聞いた。
「・・・遺言状がないから喜美さんが全てを受け継ぐ事なった。
 お前の荷物は運び出したよ。
・ ・・取り壊して、アパートを建てるそうだ。」
「そう・・・。」
二人で静かにお茶を飲む。
ゆっくりと水都が口を開いた。
「・・干城、あたしね、入院中考えたの。
 お葬式の事も、お母さんの事も、入院も、この旅行も。
 全部、干城に迷惑かけるばかりで、あたし、何も出来ない。
 だから、少し離れよう。」
「水都。」
「学校も辞めて、働かないとね。
 何処か、アパートを借りて・・・。」
「水都!」
微かに微笑んで言い続ける水都に、干城は声を荒げた。
「・・・これ、返すね。」
ホワイト・サファイアの指輪。
二年間外したことのなかったそれは、、外しても水都の指に跡を残す。
「水都、これ・・・。」
「失礼します。お食事です。」
言いかけた干城の言葉に、元気な声が割って入る。
干城は指輪を胸のポケットに納めると言った。
「・・・取り合えず、飯にしようぜ。」
「ねえ、何処まで行くの?」
食事の後、干城は水都の手を引いて、外へと連れ出した。宿の裏手を歩くこと十数分。
諏訪湖の畔に、ちらちらと蛍の光が見える。
「見せたい物って、蛍?」
「そう。・・・当たりだ、ほら。」
体をずらし、水都に目的のものを見せる。
「う、わあ・・・。」
「すごいだろ? 蛍柱(ほばしら)って言うんだと。」
それは、十万頭からの蛍が、炎の柱のように集まっている姿だった。
「・・・どうして・・・?」
「一頭のメスに十万頭からのオスが群がって出来るらしい。」
「何で? メスの数がそんなに少ないの?」
「いや。オスのが先に出てきて、メスが後になるからだそうだ。
・ ・・すごいだろ。滅多に見られないらしい。
やっぱり、水都といると当たりが多いな。」
黄緑色の柱はゆるく点滅を繰り返し、水都は目が離せない。
干城はそんな水都を背中から抱きしめると、その手に指輪をはめた。
「干城、これ・・・。」
「水都。もう一度貰ってくれ。」
「だってあたしは・・・。」
「先刻のだって、全部水都の所為じゃない事ばかりじゃないか。
・ ・・我が儘言ってくれ。な、水都。」
沈黙が落ち、ふいに干城の腕に熱いものが落ちた。
「水都? どうした?」
ふるふると頭を振り、水都は小さい声で呟いた。
「・・・嫌いにならないで・・・。
 我が儘だって分かってる。でも・・・。」
「ならないよ。それに、それは我が儘じゃない。」
「だって。」
「水都、愛してるよ。」
腕にしがみつく様に泣きじゃくる。
そのままゆっくりと草の上に腰を下ろし、干城は水都を抱えた。
「・・・水都の泣いてるとこ、12年振りに見るな。
ずっと我慢してたんだろ? もう、大丈夫だから。俺がいるから。
 いくらでも泣いて、我が儘言って、二人で幸せになろうな。」
優しく、あやすような口調で言う干城。
「帰ったら、二人で暮らそう。アパートでも借りて、さ。
 水都は、俺の仕事を手伝ってくれないか?
 勿論、給料は出すし、休みもある。それで・・・。水都?」
不意に重くなった腕に、正しく息がかかる。
「・・・寝ちまったか・・・。」
そう言う干城の表情は、この上なく優しく、幸せそうだった。
 ガーッ!
自動ドアの開閉音に、フロントマンが顔を上げた。
「おかえりなさい。蛍は見られましたか。」
「ああ、蛍柱もバッチリ見られたぜ。」
「それはスゴイ! 地元の人間でも、滅多に見られないのに。」
言いながら鍵を渡そうとして、彼は客の背にもう一人の姿を見付ける。
「寝てしまわれたようですね。部屋まで御一緒して、ドアを開けましょうか。」
「そうしてもらえると助かる。」
 エレベーターを待ちながら、二人は小声で話し続けた。
「しかし、今日出かけていきなり見られるとは。
 お客様は運がいいんですね。」
「ああ、こいつがな。」
背中をチラッと見て、開いたエレベーターへ乗り込む。
「こいつと居るとな、運がいいんだ。大当たりも多いしな。」
「それはそれは。」
「今日も見られると思っていたし、今日が無理でもここに居る間には見られると思ってた。」
エレベーターを降り、長い廊下を歩く二つの足音。
「・・・羨ましいですね。
 そんなに信頼し合える方と出会えて。」
「そう見えるか?」
「ええ。でなければ、そんな風に言えないし、そんな風に眠れませんからね。
・ ・・こちらです。おやすみなさい。」
ドアを開いて、彼は客を中へ誘う。
「おやすみ。・・・ありがとう。」
その言葉に頬を緩ませ、彼は静かにドアを閉めた。





おわり



貰いモノは嬉し!へ戻る