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水都の祖母が亡くなったのは、梅雨も本格的になった六月半ばだった。 「あんたの所為よ!」 涙ながらに投げつけられた言葉に、水都の顔が曇る。 人は少ないとは言え、近所の人が来てくれている中で、 水都の母は、喪服のまま水都を怒鳴っていた。 「何でもっと早く連絡しないの! こんなに細くなって・・・。 あんたが食事もさせないで殺したんでしょう!?」 「お母さん。」 喪主席で正座したまま、激高する母を見ている水都。 両の手はギュッと握られ、膝の上に揃えられている。 「お父さんのときだってそうよ。 連絡もないまま、今更二人が死んだなんて言われて、私がどれだけ苦しいか分かる?」 「・・・。」 周りの人達も、どうしていいか分からず、呆然とその様を見ている。 「本当に、あんたなんか産むんじゃなかった!」 「・・・何で? 何で産んだの?」 「お父さんが喜んだからよ。 私は流産しようと思ったのに、何をやっても流れない。 挙句、産まれてみればあの男そっくり! 本当に産むんじゃなかったわ!」 不意に目の前が暗くなる。・・・水都は母の言葉を最後まで聞けなかった・・・。 「水都!」 外で受付をしていた為、干城は中の騒ぎに気付くのが遅れた。 来るかもしれない水都の母を、水都より先に見付ける為、受付をしていた干城だったが、 いつ通り過ぎたのかさえ気付かなかった。 その上。想像していた通り、水都は罵倒されてしまった。 そして、駆けつけた干城の目の前で倒れたのだ。 「水都! しっかりしろ!」 「放っておけばいいのよ。自分ばっかり好き勝手して。 お母さんはもっと苦しんだ筈よ!」 その言葉に、干城は怒気を身にまとい、水都の母を睨んだ。 「・・・何よ!」 「あんたには会ったら言いたい事が山ほどあったが、もういい。 さっさとこの家から出て行け! もう二度と水都の前に現われるな!」 ぐっと詰まり、一歩後ろによろけるが、怒りで顔を真っ赤にして言い返してきた。 「あんたにそんな事言われる筋合いないわよ! 大体誰なのよ。人の家に我が物顔で!」 「・・・忘れているかもしれないが、隣の家の息子だ。 あんたが捨てた子供と、ずっと一緒に居た、な。」 ぐったりとした水都を抱きかかえて、干城は歩き出した。 「水都は俺がもらう。後は好きにすればいい。 水都も俺も、ばあさんが死ぬ前に、やれる事はやったから、お別れは済んでいる。 自分がしたことのツケを、その目で見ればいい。」 しっかりと水都を抱え、一歩一歩、その場を離れる。 「・・・そんな子と居たって、不幸になるだけなんだから!」 後ろからかかる声を無視して、干城はそのまま自宅へ戻った。 「かあさん、開けてくれ!」 扉が開けられ、二階の干城の部屋に運ぶ。 そっとベッドに降ろし、干城は水都の青白い顔を見た。 『・・・また護れなかった・・・』 悔やんでも、悔やみきれない。 12年経っても、自分はまだ子供なのだと思い知る。 「水都、水都!」 呼んでも反応のない水都は、まるで死んでしまった様で、祖母の顔を思い出す。 『水都を連れて行かないでくれ! 俺は水都が必要なんだ。』 手を取り、祈るように心で呟く。 「干城! 救急車が来たわよ!」 「分かった!」 再び水都を抱き上げ、ストレッチャーを広げていた救急隊員の元へ急ぐ。 「こいつです。お願いします。」 「・・・ご家族の方ですか?」 「はい!」 「では、一緒にお願いします。」 ・ ・・水都が病院を出られたのは、一ヵ月後。 もう、夏休みが始まっていた。 「水都。退院したら、旅行にでも行かないか。」 病院のベッドの上で聞いた言葉。 そして、退院したその足で連れ出された先は、長野県、諏訪。 「ここ、何処?」 「いい所。まあ、一週間くらいゆっくりしようぜ。」 蝉時雨が降りしきる中、干城は嬉しそうに部屋の窓を開けた。 「少しゆっくりして、飯喰ったら出かけよう。見せたい物があるんだ。」 「見せたいもの?」 「ああ。ただし、今日見られるとは限らないけどな。 でも、きっと大丈夫だ。」 意味深に言って、笑顔で振り返る。 「・・・干城。家の方、どうなってるの?」 固い表情でお茶を淹れながら、水都が聞いた。 「・・・遺言状がないから喜美さんが全てを受け継ぐ事なった。 お前の荷物は運び出したよ。 ・ ・・取り壊して、アパートを建てるそうだ。」 「そう・・・。」 二人で静かにお茶を飲む。 ゆっくりと水都が口を開いた。 「・・干城、あたしね、入院中考えたの。 お葬式の事も、お母さんの事も、入院も、この旅行も。 全部、干城に迷惑かけるばかりで、あたし、何も出来ない。 だから、少し離れよう。」 「水都。」 「学校も辞めて、働かないとね。 何処か、アパートを借りて・・・。」 「水都!」 微かに微笑んで言い続ける水都に、干城は声を荒げた。 「・・・これ、返すね。」 ホワイト・サファイアの指輪。 二年間外したことのなかったそれは、、外しても水都の指に跡を残す。 「水都、これ・・・。」 「失礼します。お食事です。」 言いかけた干城の言葉に、元気な声が割って入る。 干城は指輪を胸のポケットに納めると言った。 「・・・取り合えず、飯にしようぜ。」 「ねえ、何処まで行くの?」 食事の後、干城は水都の手を引いて、外へと連れ出した。宿の裏手を歩くこと十数分。 諏訪湖の畔に、ちらちらと蛍の光が見える。 「見せたい物って、蛍?」 「そう。・・・当たりだ、ほら。」 体をずらし、水都に目的のものを見せる。 「う、わあ・・・。」 「すごいだろ? 蛍柱(ほばしら)って言うんだと。」 それは、十万頭からの蛍が、炎の柱のように集まっている姿だった。 「・・・どうして・・・?」 「一頭のメスに十万頭からのオスが群がって出来るらしい。」 「何で? メスの数がそんなに少ないの?」 「いや。オスのが先に出てきて、メスが後になるからだそうだ。 ・ ・・すごいだろ。滅多に見られないらしい。 やっぱり、水都といると当たりが多いな。」 黄緑色の柱はゆるく点滅を繰り返し、水都は目が離せない。 干城はそんな水都を背中から抱きしめると、その手に指輪をはめた。 「干城、これ・・・。」 「水都。もう一度貰ってくれ。」 「だってあたしは・・・。」 「先刻のだって、全部水都の所為じゃない事ばかりじゃないか。 ・ ・・我が儘言ってくれ。な、水都。」 沈黙が落ち、ふいに干城の腕に熱いものが落ちた。 「水都? どうした?」 ふるふると頭を振り、水都は小さい声で呟いた。 「・・・嫌いにならないで・・・。 我が儘だって分かってる。でも・・・。」 「ならないよ。それに、それは我が儘じゃない。」 「だって。」 「水都、愛してるよ。」 腕にしがみつく様に泣きじゃくる。 そのままゆっくりと草の上に腰を下ろし、干城は水都を抱えた。 「・・・水都の泣いてるとこ、12年振りに見るな。 ずっと我慢してたんだろ? もう、大丈夫だから。俺がいるから。 いくらでも泣いて、我が儘言って、二人で幸せになろうな。」 優しく、あやすような口調で言う干城。 「帰ったら、二人で暮らそう。アパートでも借りて、さ。 水都は、俺の仕事を手伝ってくれないか? 勿論、給料は出すし、休みもある。それで・・・。水都?」 不意に重くなった腕に、正しく息がかかる。 「・・・寝ちまったか・・・。」 そう言う干城の表情は、この上なく優しく、幸せそうだった。 ガーッ! 自動ドアの開閉音に、フロントマンが顔を上げた。 「おかえりなさい。蛍は見られましたか。」 「ああ、蛍柱もバッチリ見られたぜ。」 「それはスゴイ! 地元の人間でも、滅多に見られないのに。」 言いながら鍵を渡そうとして、彼は客の背にもう一人の姿を見付ける。 「寝てしまわれたようですね。部屋まで御一緒して、ドアを開けましょうか。」 「そうしてもらえると助かる。」 エレベーターを待ちながら、二人は小声で話し続けた。 「しかし、今日出かけていきなり見られるとは。 お客様は運がいいんですね。」 「ああ、こいつがな。」 背中をチラッと見て、開いたエレベーターへ乗り込む。 「こいつと居るとな、運がいいんだ。大当たりも多いしな。」 「それはそれは。」 「今日も見られると思っていたし、今日が無理でもここに居る間には見られると思ってた。」 エレベーターを降り、長い廊下を歩く二つの足音。 「・・・羨ましいですね。 そんなに信頼し合える方と出会えて。」 「そう見えるか?」 「ええ。でなければ、そんな風に言えないし、そんな風に眠れませんからね。 ・ ・・こちらです。おやすみなさい。」 ドアを開いて、彼は客を中へ誘う。 「おやすみ。・・・ありがとう。」 その言葉に頬を緩ませ、彼は静かにドアを閉めた。
おわり |