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俺の名前は、北条干城。明日、18歳になる高校三年生。 自分で言うのも何だが、成績優秀、スポーツ万能。 先生の覚えもよろしく、人望も厚い。 顔も悪くない(と思う)。背は出来れば後少し欲しいところの180cm(に、ほんのちょっと足りない)。 毎日鍛えているので、筋肉もある。 性格も良の部類に入る(と思っているが、たまに悪いと言われる)。 将来性もあると思うし、まあ、男として上位ランクに入ると自負している。 ・・・しかし、それも一人の人物に否定されたら、何にもならない・・・。 「干城、明日お兄ちゃんが帰って来るって。」 終業式だけで学校が終わり、明日からに備えて宿題を片付けていた俺に、母さんが声を掛けた。 「兄キが?」 「そう。だから買い物に行って来るから、お隣に行ってて。」 「分かった。」 母さんと水都が仲良く買い物に出かけるのを見送って、俺は隣へと向かった。 「こんにちはー。」 勝手知ったる未来の我が家。 俺はばあさんのいる部屋へ顔を出した。 「こんちは、ばあさん。」 顔を覗き込んでも反応はない。 3年前、じいさんが亡くなってから、ばあさんは急に元気をなくし、一年程前から寝たきりになってしまった。 最近では痴呆も進んで、植物状態のままだ。 じいさんの時に、何も出来なかいうちに死なせたと後悔した水都は、一月ほど前から近所の病院で教えて貰い、一人でばあさんの世話をしている。 流動食のチューブをきちんと胃まで入れる術。点滴のパックの交換の仕方など、水都はよくやっていると思う。 俺も、この夏休み中に講習を受けるつもりだ。・・・少しでも水都の力になれれば、と、病院の方には話をつけてある。 「暑くないか?」 背中のクッションを、ベッド脇の違う物と交換し、点滴の針が刺さっている部分が腫れていないか、確かめる。 「・・・今日も大丈夫、と。」 部屋の外の縁側に出ると、丁度俺の部屋が見えた。 いつも思うが、広い庭広い家。 ・・・ここで水都はよく月を見ているが、何を考えているのだろう。 縁側に寝転ぶと、ついうとうとと眠気に誘われる。 夢を見た。 隣のじいさんが、大きな日本人形を抱いている。 金糸銀糸の振袖に、赤い簪。白く化粧した顔と、紅を差した小さな唇が、いかにも可愛らしい。 高価な人形なんだろう。あんなに大事そうに抱いて。いや、泣いているのか。 ・・・ああ、あれは水都だ。七五三の振袖を着て、初めて会った時の水都だ。 「干城?」 「・・・水都。」 ゆっくりと開いた目に、日本人形と重なって、今の水都が映る。 「夢をみていた。」 体を起こして伸びをすると、隣に水都が座った。 横の盆の上には、氷入りの麦茶が乗っていて、片方のコップを渡してくれる。 「お前と初めて会った時、俺、本物の人形だと思っていた。」 「前にもそう言っていたね。」 カラカラと氷の音をさせて、庭を見ながら水都は言った。 その横顔はニコニコと穏やかで、俺は見惚れた。 綺麗だな。隣にいるだけで幸せになれる気がする。 と、ふいに水都が干城を見た。 「ねえ、干城。明日、誕生日だね。」 「ん? ああ。18歳になるな。」 「・・・今まで一緒に居てくれてありがとうね。だから、あたしの事、 一緒に居るのが嫌になったら、離れて行っても大丈夫だからね。」 「毎年言うな、それ。」 そう、毎年誕生日の前日に言われる『嫌になったら早めに離れよう』と言う言葉。 自分の両親が別れる事もせず、喧嘩や浮気を繰り返し、周りの人達を傷つけたせいで、 水都は愛情についても欲がない。 きっと、俺が他の女と付き合っても、笑顔で応援するのだろう。 それが分かりきっているからこそ、俺は水都以外いらない。 「干城?」 「いや、俺は好きで一緒にいるんだから。だから、考え込むな。」 「でも・・・。」 「人の心は分からない、だろ?」 「うん。だって、あたしだって、干城のこと『嫌いー!』って時もあるし、 あたし自身も嫌な所もいっぱいある。今好きでも、明日好きかは分からない。 嫌い合って、いがみ合って、憎み合うかもしれない。」 無表情にカップを見遣り、水都は呟くように言った。 「だからこうして話し合っているんだろう? 俺は水都にだけは嘘つかないぜ。 言えない事だって、ちゃんと言えないって言うし。」 「うん・・・。」 「それに、水都だって毎年『プレゼント、何が欲しい?』って聞くけど、 水都以外欲しいものなんてないんだぞ。」 「それは・・・!」 顔を赤くして、困ったような表情をする。 それでいい。 無表情で悲しげな瞳をされるより、ずっといい。 「分かってる。」 笑う俺に、水都は少しむくれる。 水都は、するのが怖いんじゃない。子供が出来てしまうかもしれないのが怖いんだ。 『あんたが出来たせいでお父さんと結婚しなくちゃいけなかったのよ。』 『あんたさえいなければ、あんな男と結婚なんかしなくて済んだのに。』 水都が実の母親に言われた言葉。それを自分が言ってしまうかもしれない事が怖いんだ。 だから、結婚するまで出来ないと言う。それは仕方がない。 これ以上、トラウマを増やすことはない。 俺は、それでも律儀に待っている。でも、それももう少し・・・。 「俺さ、冬休みから母さんの仕事を手伝ってるんだ。」 急に話題を変えた俺に、水都は何事かという顔をする。 「おばさんの、って、翻訳の仕事?」 「そう。出版社の人も褒めてくれてさ。少しづつ仕事も回してもらってる。 結構楽しいし、面白くてさ。このまま翻訳家になろうかと思ってるんだ。」 「・・・。」 「私立だけど、常盤大に面白い英文の先生がいてさ。そこへ進学しようと思っている。 ・・・先生に何か言われたかもしれないが、もう決めたんだ。」 言い切った俺に、水都はバツの悪そうな笑顔を浮かべた。 「・・・ばれてた?」 「まあな。でも、やりたいことが決まってるんだから、文句は言わせないさ。」 空になったコップを返し、俺は水都に軽くキスをした。 「だから、安心して、お嫁においで。」 「・・・そのうちね。」 「父さん、母さん。話があるんだ。」 夜。水都も眠りに着いたので引き上げて来る。そんな時間、俺はひとつの決心を胸に言った。 「俺、明日で18歳になるよな。」 「そうね。早いわね・・・。」 「それはいいから! あのさ・・・。」 流石に言いにくそうにしている俺に、父さんも母さんも不思議そうな顔をする。 「俺、水都と結婚したいんだ!」 ・・・変な間。・・・何故か二人からは、何のリアクションもない。 「あの・・・。」 「水都ちゃんと結婚て、いつも言ってるだろう。」 「そうよ。何を今さら・・・。」 「そうじゃなくて! ちゃんと籍を入れて、本物の夫婦になりたいんだよ! 男は18歳になれば結婚できるんだろう? だから・・・!」 言い募る俺に、父さんが手で制した。 「まだ早い。・・・とは思うが、水都ちゃんには誰かが側に居た方がいいのかもしれない。」 「じゃあ!」 「水都ちゃんは、何て言ってるの?」 うっ・・・。痛い所を突く・・・。 「・・・明日、言おうかと・・・。」 俺の小さな声に対して、二人の大きな溜め息。 「・・・水都ちゃんの返事を聞いてから、もう一度来い・・・。」 ベッドの中で、その小さな箱を見つめる。 翻訳の仕事料で買った指輪、ホワイト・サファイア。 本とはダイヤなんだろうけど、一目見て、あいつに似合いそうだと思った。 俺の気のせいかもしれないが、電気の下では透明に見えて、陽の光の下では薄青く見える。 ・・・きっと、気に入ってくれる・・・。 俺は明日を楽しみに、枕元の明かりを消した。 薔薇色の明日が、俺を待っている! ・・・に、違いない。
おわり |