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リカイ 月明かりに照らされたその笑顔は、酷く歪んで見えた。 辛くて哀しくて寂しくて泣きたいのに泣けない。 怒りも悲しみも違う。ならば笑うしか選択肢は無いのだろう。 感情を全てさらけ出せなんて言わない。でも全ての感情を、想いを潰さないで欲しい。 月明かりに浮かぶその眼差しは、酷く真っ直ぐだった。 切ないほどに愛しくて大切で守り抜きたいのに。 自分で己の首に刃を当てるようなその生き方に眩暈を覚える。 なんでそんなこと言われなくちゃならない? 自分のことは自分が一番理解している。 ヒトリ 「孤独って一人と同義語なのかしら?」 「逆じゃないのか?」 「何がよ」 「一人って孤独と同義語なのか、って聞きたいんだろ?」 ガウリイのその言葉にリナは一瞬鼻白んだようだったが、すぐに不機嫌な面持ちで軽く睨みつけた。 「一緒じゃない」 「一緒かなぁ?」 ガウリイが淹れたての香茶を一口ふくんだ。 いつも向かい合って座って話しをする。いつも目の前には見慣れた顔がある。 自分は一人じゃないと、暖かい気持ちになる瞬間を心の闇の深淵にて垣間見るコトは多い。 コドク 「あたしはあんたが好きよ。その事実があればいいわ」 「俺がリナを好きだって事実は要らない?」 「必要ないわ」 「どうしてだよ。恋愛って一人じゃ出来ないだろ」 いやにはっきりと断言したリナをガウリイは不服そうに見た。春先の青空の旅路のその途中だった。 「恋愛って一人でもできるわ。人が人を愛せばそれで立派に恋愛成立でしょ」 「人が人を、って時点で一人じゃないじゃないか」 「じゃ、訂正。孤独でもできるわ」 リナはガウリイを見向きもせずに早足で道を急ぐようにして歩いている。 いつも隣に並んで歩いて喋って旅をする。耳に聴こえるのは聞き慣れた声だ。 でも、二人でどれだけ旅をしても染みのように、しこりのように残る孤独感は消える事が無い。 ベツリ 「離さないから」 「離して」 「離れないなら離そう」 「何様のつもり? いい加減にしてよ」 隠せない苛立ちは惜しみない愛情に似ていながら確実に違えるものだ。 傷付けたくない。傷付きたくない。流れる血潮でさえもそれを強く願っているのがわかる。 「別離を怖がっているの?」 「怖くないよ。ただ厭なだけだ」 人は人を愛せるし、憎める。誰にでもその権利はあるだろうし選択は必要なのだ。 でも人は人を縛り付けることだけはできない。留めることはできない。時間も人も同じものだ。 出会った限りは別れは必ず訪れる。それを本当に理解している人間はいるのだろうか。 ヒトツ 「よせよせ。やめろ」 「どうしてそんな事言うの?」 「俺達は支え合っても依存しちゃ駄目なんだ」 「だってもうあたしは以前のあたしみたいに強くないわ!」 愛情は美しく恐ろしく強くおぞましい凶暴な獣のようだと人は時折痛感する。 愛情を知った後はいつも疑問符が頭に張り付くのを自覚するのだ。 「もうわからないわ。あたしは今まで愛情を持たずにどうやって生きていたのか」 「愛はいつだってリナの周囲に溢れていたよ」 頼りにしている事実はどこから甘えに変わるのだろうか。甘えている事実は心を許しているわけでは決してないだろうが。 際限なく罪が咎人を責めるように、愛情は人を捕えて苦しめて離さない。 あなたとわたしはおなじにんげんではないのだよ、と。 オモイ 言葉は心を超えない。 気持ちは人の目には見えない。 見えないものは量れないのだろうか。 「誓うよ、ここに。俺はリナの為に生きていく」 「却下よ。受け取らないわ、そんな想いなんか」 君の為ってどんなことだろうか。 自分の為ってなんなんだろうか。 「泣かないで欲しいだけだよ」 「それは過保護ってもんだわ」 繋いだ手と手は離れる終末を迎える定めなのだろうか。 「俺の気持ちとか全てが安定する瞬間ってのはあると思う」 「あたしにはあるわ。でもそれを教える気は毛頭無いけど」 違うと、思う。 手と手は温度を伝える為に。 もしくは気持ちを伝える為に繋ぐものだから、離さない為にあると思う。 「だから、リナと一緒にいるんだ。いたいからいるんだ」 「いーでしょ、上等だわ。その覚悟を刻み付けておくわ」 離さない為にあるのだから、離れる定めなんて無い。 「リナは俺じゃない」 「ガウリイがあたしじゃないようにね」 理解は出来る。 でも違う存在だから。 だからこそ、手と手を繋ぐことも出来る。 「喧嘩なんて体力の消耗だわ」 「でも理解する努力ってのは喧嘩に表れてる気がする」 言葉は心を超えないけど。 心だけじゃ温度は伝わらない。 フタリ 「あたし達はきっとこれから呆れる位に喧嘩をするんだわ」 「うん。泣いたり泣かせたり理解できたりできなかったり」 目と目を合わせて二人はくすりと笑い合う。 ガウリイの手の中にある小さな石の輝きが、部屋の照明を浴びてきらりと輝く。その煌めきをリナは目を細めて見詰めている。 「時々、生活にケチつけてガウリイを困らせたりするわ」 「じゃあ俺はひたすら困ってから、何か改善策を見つける」 「できるの?」 「………見つける努力をする」 小さく苦笑してからリナは白い指をガウリイの頬へと伸ばした。 「一回くらいは後悔するかもしんないな」 「させないつもりだけど、もししたら言ってくれ」 ガウリイの左手がリナの左手をゆっくりと握る。そのまま口元へと運んだリナの手の甲へと接吻をした。 「約束をしよう。お互いに」 「ん」 ガウリイの右手がしなやかに動き、人差し指と親指で大切な宝石をつまんでいる。 まるで吸い寄せられるような感触をガウリイは感じた。呼ばれるように、初めからここにあるのが正しいことを知っていたかのように、指輪はリナの左手の薬指へと嵌められた。 「理解する努力を惜しまないように」 「孤独を感じても二人でいることを思い出すように」 厳かな口調でさえあったその言葉を交し合うと、真摯な眼差しがお互いの心臓を貫いた。 「ガウリイ=ガブリエフはリナ=インバースに結婚を申し込みます」 求婚の言葉にリナは眉一筋動かさないで、じっとガウリイを見詰めているだけだ。 「受けてもらえますか?」 優しく笑うその表情に、見慣れた顔に、聞き慣れた声に。 「愛しているわ、ガウリイ=ガブリエフ」 リナは優雅に笑って答えた。 「もう二度と言わないわよ、こんな言葉。次に言うとすればあんたに対する想いが揺らいだ時よ。確認の為に言うだけよ。だから刻み付けといて」 誇らしく立つその姿に、ガウリイは眉根を寄せた。 不満気なその表情に、リナは顔を顰めた。 「なによ、ガウリイ。不満そーじゃない」 「………ダメなのか? 俺とは結婚できない?」 その沈んだ口調に、リナは一拍をおいてから、 「あはははははははははははっ! ゴメンゴメン!」 口をこれ以上なく開けて大笑いした。 どうやらさっきの表情は不満気ではなく、不安気であったのだ。 リナはこほんと咳払いをしてから、居住まいを正した。 数瞬後に必ず見られるであろう、愛する人のとびっきりの笑顔を想像しながら。 「結婚をお受けするわ、ガウリイ=ガブリエフ」
Fin. |