初恋の花
〜後編〜

作:美桜さん



 思った以上に、リナの調子は良いようだ。
 昨日の熱もだいぶ下がっているようだし、足取りもしっかりしている。
 ……もしかすると昨日の早足は、 熱でふらつく足取りを隠すためだったのかもしれない。
 そこまでして、一体何がしたかったんだろうか……?
 疑問に感じながらも、とりあえず、リナの体調が良くなった事に安堵した。
「……え……これ、全部アリシアさんが作ったんですか?」
 薬を飲んでさっきまで苦い顔をしていたリナが、そう声を上げる。
 寝室から出るとすぐ目に付いたのは、テーブルに並べられた豪華なご馳走の数々。 優に15人前はあるんじゃないかってくらいの料理が テーブルに所狭しと並べられている。
 豪勢な料理なのにも関わらず、一つ一つ見てみると、 さっぱりとした料理で、病人でも食べられる工夫がしてある。
 ……料理とかそーいうのは詳しくはないんだが……
 彩りといい、食材のバランスといい、栄養価の偏りもなさそうだ。
「そうよ、どう?なかなかでしょ?」
 自慢げに、けれどちょっと照れくさそうにそう言うと、 空いているカップに香茶を注いで、それからオレとリナに座るように促す。
 促されるがままに空いている椅子に腰を下ろし、 料理が冷めないうちに、ということで、さっそくその料理に手をつける。
「いただきまーす」
 挨拶をしてから、オレがまず最初に手をつけたのは一番手前にあった この土地の名物であるミューラ羊の香草焼き。
 香草で良い香りのついた羊の肉は、脂っこくなく、 かといってぱさぱさしているわけでもなく、やわらかくて食べやすく、 そしてなにより……
「おい、リナ!これ、うまいぞ!」
「えぇ?本当?あ、でも、これも美味しいわよ?」
 リナはそう言って、小皿に料理を取り分けてオレに手渡す。
 それを受け取って、オレも同じように自分の食べた料理を小皿にとってやる。
「しっかし、お前にこんな特技があったとはなぁ……」
 受け取った小皿の料理をテーブルの空いている場所に置いてから、 テーブルに並べられている料理をぱくついているアリシアにそう声を掛けた。
「結婚してから勉強したのよ。どう?リナちゃん。お口に合うかしら?」
「あ、はい、すごく美味しいです」
 リナの返答に、アリシアはすごく満足そうに微笑んだ。
 それにしても、今日のリナはいつになく大人しい。
 いつもなら奪い合って食べる食事なのに、 今日は珍しく、お互いのものを譲り合う食事となっている。
 料理を作ってくれたアリシアが同じテーブルについているからなのか、 または、それだけ美味しいからなのか、 それともまったく違う理由からなのか、それはオレには解らなかった。

「……で、リナちゃん。どうしてそんなに熱が出るまで無茶したの?
それが如何に無謀な事かっていうのは解ってるはずでしょう?」
 いつもの言い争いやフォークとナイフの応酬のない、 のどかで平和な朝食が終わり、3人で食後の香茶をすすっていると、 唐突にそう、アリシアがリナに切り出す。
「……それは……」
 その問いかけに、リナは言葉を詰まらせる。
 オレは口に含んでいた香茶をこくん、と飲み下し、アリシアとリナを交互に見る。
「見たところ、旅を始めてまもない、って感じでもないし……
だったら、それの意味することがどういう事か、解ってるでしょう?」
 アリシアの言う通り、安住の地を持たずに旅を続けている以上、 少しでも体調が悪い時には無理をして進んではいけない。
 ことに、リナのように、魔族達を相手にしなければならない場合は ちょっとした体調不良が死を招く可能性は果てしなく高い。
「……っ……」
 唇を軽く噛み締めて視線を泳がせるリナを見て、 厳しい表情で問い詰めていたアリシアが、ふっ、と顔を和らげる。
「解ってるなら、いいのよ。
どうして無理したのか、その理由もおおよそ検討が付いてるし。
ただ……これからは気をつけないとだめよ?」
「……はい……気をつけます」
 神妙な面持ちでそう答えるリナに、満足げに頷くアリシア。
 何か言いたげな表情を浮かべながらも、リナは何ひとつとして 言い訳をしようとはしなかった。
 自分でも、いかに無茶なことをしたかという事を理解しているのだろう。
 ……そういえば、昔、アリシアとともに旅をしていた仲間が、 ちょっとした体調不良を隠し続けた事で病気を悪化させてしまい、 そのまま帰らぬ人となってしまって以来、 アリシアはそういう面に関してはとても厳しい。
 ……噂で聞いたのだが……それはアリシアの想い人だったそうだ。
 そして、その相手もまた、アリシアを想い、心配をかけないようにと ずっと、自分の中だけで必死に耐えていたらしい。
 あくまでも噂なのだが、アリシアの様子を見ていると、強ち嘘ではないらしい。
「……さて、じゃあ、そろそろ出かけますか」
 リナの返事を聞いて満足げに頷くと、カップの香茶を一気に飲み干してから、 そう言ってアリシアは席を立った。
「……何処に行くんだ?」
 きょとん、として、アリシアを見上げると、アリシアは意味深な笑みを浮かべる。
「昨日言ったでしょう?
今日は一年に一度、広場の花壇の花が咲く日だって」
「……まぁ、確かに言ってたけど、
それがどうして出かけるのとつながるんだ?」
「早く行かないと、花が見える場所取られちゃって見れなくなるわよ?
ねぇ、リナちゃん。せっかくこの時期にこの街に来たんだから見たいわよね?」
「え……えぇ、まぁ……」
 唐突に話を振られたからなのか、それとも、まだ、熱があるのだろうか。 リナにしては珍しく、そう曖昧な返事を返す。
 リナの返答にアリシアは満足そうな笑みを浮かべた。
「さ、そうと決まれば、さっさと出かけるわよ?」
 おいおい、オレには意見を求めないのか?
 ……まぁ、反対したところで二人に押し切られるだけだろうが……
「あぁ、荷物、持って行った方がいいんだろ?」
 ふとそう思い出して、オレはアリシアに声を掛けた。
「……うーん、そうねぇ。
今日ならもう宿は取れるだろうし、第一今日は旦那が帰ってくるから……
まぁ、新婚家庭を邪魔したいんなら、止めないけどね」
 照れくさそうな笑みを浮かべてアリシアがそう答えると、 リナは不思議そうな表情を浮かべてアリシアに問い掛ける。
「帰ってくるって……どこかに出かけてたんですか?」
「えぇ、隣街にね。一晩泊りがけで……
お昼前に、広場で待ち合わせて食事しようって約束してたのよ」
「それじゃあ、早く出かけないと!
ほらガウリイ、早く準備して出かけましょ!」
 リナの声が、いつものように弾んでいる。
 どうやら体調は本調子に戻っているらしい。顔色も良いし。
 オレはほっ、として、リナの言葉に従い……
「……って、あのなぁ、リナ。
その言い方じゃ、オレだけが準備するみたいじゃないか」
 ふと我に返り、そうリナに反論する。
「あたしの荷物は何時だってすぐ出かけられるように片付いてるわよ?
大体ガウリイ、まだ装備だって整えてないじゃない」
 まるっきりいつもの調子で、顔色ひとつ変えずに正論で返すリナ。
「うっ……そりゃあ、まぁ、そうなんだが……」
 痛い所を突かれてオレは言葉に詰まる。
 確かに、鎧もショルダーガードも剣も、 寝室に置きっぱなしだし、荷物も散乱したまんまだしなぁ……
 でも、それはオレがリナの面倒を見ていたからだし、 リナの荷物が片付いてるのは、ずっと寝てたからのような気もするんだが……
 その様子を隣で見守っていたアリシアは、面白そうに声を上げて笑った。
「……お前なぁ……笑いすぎだぞ?」
 少しげんなりとして視線をアリシアに向ける。
「ほらほらガウリイ!ぐちぐち文句言ってないで、男らしくすぱっとあきらめて、 さっさと準備してきなさいな。ねぇ、リナちゃん?」
 お腹を抱えて、ちょっと苦しそうに笑いを堪えつつ、 アリシアまで一緒になってオレをそうけしかける。
 何だかなぁ……
 オレは苦笑いを浮かべて、すごすごと準備すべく、 二人を残して寝室へと姿を消した。

 広場にたどり着くと、そこは大勢の観光客やらで混雑していた。
 たくさんの露天が立ち並び、軽食や飲み物、お土産の類やら、 一年に一度咲くという花の写真と思しきモノ、 中には全然関係ない羊皮紙などまでが売られている。
「もう、花は咲いたのかしら?」
 広場の人手の多さに、アリシアがそう言って背伸びをして様子を窺う。
「……んー……まだ咲いてないみたいだぞ?」
 他のアリシアよりオレの方が頭一つくらい背が高い。
 他の観光客よりも背が高いらしく、広場の中央の様子もよく見えた。
「そう、それは良かったわ。
あの花はね、咲き始めが一番綺麗なのよ。
リナちゃんにもガウリイにも、絶対その瞬間を見て欲しくって……
それにしても、間に合ってよかったわ」
「……噂だと、すごく良い香りがするそうですけど……?」
 ほっと胸を撫で下ろした表情のアリシアに、リナがそう訊ねる。
「あら、よく知ってるわね。
そうよ、甘くて切なくなるような香りがね、この広場中に広がるの。
花を見ると素直になる、というよりは、この花の匂いを嗅ぐと素直になれる、
と言ったほうが正しいかもしれないわ」
 物思いに耽る、という表情を浮かべて答えるアリシアに リナはへぇ、と関心したように頷く。
「……それで、一体どんな匂いなんだ?」
 人の波を掻き分けつつ、リナやアリシアが置いていかれないように注意をしつつ、 空いてるほうを見つけては進みながら、オレはそう訊ねた。
「うーん……抽象的でしか表せなくって悪いんだけど……
初恋の匂い、って感じなのよねぇ……」
「……初恋の匂い……?なんだそりゃ?」
 きょとん、とした表情で、オレはそう訊ね返す。
「だから、悪いんだけど、って最初に言ったでしょう?
ほんと、私にはそうとしか表現のしようがないのよ……っと、もうそろそろだわ」
 お手上げ、という仕草をしてそう答えたアリシアが 途中で何かに気が付いたかような表情を浮かべ、花のある方へと視線を移す。
 話ながら移動していたので、何時の間にか花の見える位置まで来ていたようだ。
「……リナ?見えるか?」
「うん、大丈夫」
 リナの姿が見当たらなかったのでそう声を掛けると、 オレの後ろから、ひょいっ、と身軽な動きでオレの前へと移動する。
 それとほぼ同時に、わぁぁっ、という、人々のざわめきが生まれた。
 リナから視線を移し、広場の中央にある花へと視線を向けると……

 広場の中央にある花畑にある花が、咲き始めた。
 あるものは赤、あるものは黄色。またあるものは青い花を開く。
 それが開くのと同時に、アリシアの言う『初恋の匂い』があたりを漂う。
 それはほのかに甘く……

「……いい匂いだな」
「そうね……」

 誰に言うでもなく、呟いたオレの言葉に、リナが微笑みを浮かべて言葉を返した。

「……まだ、暫くは咲き続けるから、ゆっくりと堪能してね、お二人さん」
「……へ?」
 唐突にそう声を掛けられて、オレは間抜けな声を上げた。
「アリシアさん、どこか行くんですか?」
「えぇ、旦那を見つけたから……これからデートにね」
 照れくさそうな笑みを浮かべて、アリシアはリナの問いかけにそう答えた。
 お礼と謝罪の言葉を述べようと口を開こうとした瞬間、 それをアリシアに視線で制された。
「……今は挨拶はいらないわ。
変わりに、また来年、遊びに来て頂戴。約束よ?リナちゃんも、一緒にね」
「……あぁ、またな」
「来年、必ず」
 オレとリナの返答に満足気な笑みを溢すと、 アリシアはすたすたと、人混みの中へと姿を消して行った。

 甘い香りに魅了されて、一体何時間その場に立ち尽くしていたのだろうか。
 ふと我に帰ると、花は満開。街中がその芳香に包まれていて、 さっきまで身動き一つ取るのも大変だった人混みも、徐々にはけてきていた。
 隣にいるリナへと視線を向ける。
 ……この甘い香りは、まるでリナのようだ、と思った。
 鮮やかで、人を寄せ付ける魅力があり、それは刻一刻と姿を変える。
 時には攻撃的で、時には優しく、誰よりも強い力と意思を持っていて、 最初は気になるだけだったのに、何時の間にか人の心を魅了する。
 自称とは言え、保護者として、リナを守っていくつもりだった。
 だが、今はどうだろう?
 オレは、リナを被保護者と見ているのだろうか……?
 昨夜のアリシアの言葉を思い出す。
『保護者なの?……それは違うんじゃない?』
 そうだな。前は確かに、保護者のつもりで付いていたけど、 今はそうじゃない。
『あら、その表情、考えもしなかった、って感じね』
 あぁ、考えもしなかった。
 ……考えてしまうと、このまま一緒にいられないんじゃないかって、 心の片隅で、そう思っていたから……
『その花を見てるとね、すごく素直になれるのよ』
 だから、今は素直に……
「……ガウリイ?」
 唐突に掛けられた声に、ふと我に帰る。
 きょとん、とした表情で、不思議そうに、 丸くて大きい瞳が、オレをじっと見つめている。
 ……素直に……考えることができる。
「……何だかあの花、お前さんみたいだよな」
「何よ、それ?」
「甘くて、輝いてて……気が付くと魅了されてる」
「……変なガウリイ」
 訳がわからない、といったリアクションをして、再びその視線を花々へと戻す。
 ……リナが咲いたら、どんな香りなのだろうか。
 今はまだ、小さな蕾で……けれど、それでも、 この花々よりも強い芳香を漂わせて、人々を魅了し続けている。
『初恋の匂い、って感じなのよねぇ』
 今なら、アリシアのあの言葉の意味も頷ける。
「……ガウリイ……?」
 再び、リナがオレに声を掛ける。
「何だ?」
「……あー……その、えっと……なんだ……
今まで、ありがと……それと、これからも、その……よろしくね」
 そう言って、右手のグローブを外して手を差し出す。
 オレは一瞬、何の事だかわからず、きょとんとリナを見つめることしかできなかった。
「……?」
「あ、あぁ、これからも、よろしくな、リナ」
 リナの不思議そうな表情にやっと我に返り、 右手を差し出し、リナの手を握る。
 小さくて、やわらかくて、暖かい手。
 これからも……けれど、これからは自称保護者としてではなく。
 リナに魅了された、一人の男として……
 言葉にするほどの勇気は無かったけれど、 オレはそう、心の中でリナに語りかけ、そして誓った。
 自らを『自称リナの保護者』と称するのはやめよう、と。

 太陽が空のてっぺんに上った頃。
 咲き誇った花々が萎んでいき、大勢居た人々も姿を消した。
「……また、来年……か」
 名残惜しそうに、そう呟いて花に背を向けるリナに、 オレはいつものように、のほほんと声をかける。
「なぁリナ。次は何処に行くんだ?」
「そおねぇ……次は……」

 リナに対する認識は変わったけれども、 それでも、また、いつもと変わらない旅が始まる。
 何時終わるとも知れない、長い長い旅が……

 いつか、リナが咲く時、 オレが傍に居られるように、願いながら……





Fin.


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