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陽が落ちる。 街行く人々も疎らになり、微かに残る人々の殆どが家路へと急ぐ。 昏くなり始めた道を照らす為に、ライティングの街灯が燈される。 「……なぁ、リナ?」 オレは、隣を足早に歩く少女にそう声をかける。 「……ん、何?ガウリイ。どうかした?」 スタスタとオレの隣を歩いていたリナという名の少女は 不思議そうな表情を浮かべてオレを見上げる。 もちろん、その足を止める事なく。 「宿、取らないのか?」 この街に到着して、宿を取るものだと思っていたのに、 リナの足は、宿屋の立ち並ぶ大通りを抜けても止まる事がなかった。 「取るわよ……多分」 はっきりと物を言うリナにしては珍しく、語尾が濁る。 「多分って……あのなぁ、そりゃ確かに暖かくなってはきてるけどな。 まだ野宿するには寒いんだぞ?解ってるのか?」 足を止めずに歩き続けるリナに置いていかれるわけにもいかず、 オレはリナに遅れないよう、隣の位置をキープする速度で歩き続けながら、 そうリナに問い掛ける。 「そうじゃなくても、お前さん寒さに弱いんだろ?」 「……解ってるわよ……」 小さな声でそう返答するリナに、オレは首を傾げる。 ……おかしい。いつものリナなら、ここで逆ギレに近いように 大声で反論するはずなんだが…… 「……リナ……?」 「……大丈夫、ちゃんと、宿は取るから」 オレの言葉に、まるで熱にうなされているかのように そう返事を返すリナ。……って……熱? ふと、リナの顔へと視線を移す。 ……微かに……熱っぽく見えなくもない。 オレはぐいっ、とリナの手首を掴むと、その場に立ち止まる。 「おい、リナ。お前さん、熱あるんじゃないか?」 オレに手首をつかまれ、立ち止まることを余儀なくされたリナは その痛みからか、一瞬だけ顔を顰めるが、何も答えようとはしない。 視線は定まらず、どこか遠くを眺めているようにも見える。 とりあえず、自分の手をリナの額に当てて熱を見てみる。 ……微かに、熱いような気がしないでもないんだが、 自分の手の温度はあてにならないからなぁ…… くいっ、と引き寄せて、リナの額に自分の額をあてがってみる。 「……うわ、お前さん、すごい熱じゃないか!」 額の熱さに思わずそう叫んでしまう。 「……熱……?」 リナはそれでもどこか上の空のような表情を浮かべて、 ぼんやりとオレを見つめている。 なんで今まで気がつかなかったんだろう……そー言われて見れば、という 兆候のようなものは、今まで幾つも見え隠れしていたのに。 自己嫌悪に陥りながらも、リナを抱きかかえると、 オレは宿屋街の方へと方向を転換し、慌てて走り出した。 ……いつもなら威勢の良い文句と共に攻撃魔法の一つや二つをぶちかますリナは 何も言わず、やはり上の空の表情でぼんやりと景色を眺めるだけだった。 リナが大通りを通り過ぎた理由がやっと解った。 別に大通りとかでお祭りか何かをやってるってわけでもないし、 元から旅人が多い所ってわけでも、何かの募集をしてるわけでもないってのに、 行く場所行く場所『満室なので』と断られてしまう。 最後に残った宿屋ですら、あいにく満室です、と断られる始末だ。 今更ながら気がついたんだが……宿屋が満室な時は 入り口付近にそれを示すものが掲げられてるんだな。 だからリナは立ち止まらず歩き続けたのか…… ……一刻も早く、この腕の中で静かな寝息を立てているリナを 暖かいベッドに横にしてやりたいってのに、どーすりゃいいんだ?一体。 この街にあるかどうかもわからない病院か何かを今から探すのか? それにしたって、この街には今日始めて立ち寄ったんだ、 医者の場所なんか知るはずもないし、知っていたとしても、 そこで見てもらえるかなんて解りもしない。 「……あら、どこかで見たことあると思ったら……ガウリイ?」 リナを抱きかかえたまま途方にくれて立ち尽くしていると、 唐突に背後から、そう声を掛けられた。 「……もしかして、アリシア……か?」 振り返ると、予想通りの人物が、微笑を湛えてこちらを見つめている。 ……すらりとした長身、しなやかな筋肉の体、 短めに切り揃えた黒髪、意思の強そうな黒い目。 昔、共に旅の傭兵として働いていた時となんら変わらない。 「あら、覚えていてくれたのね。光栄だわ。 ……見たところ、そのお連れさん、熱があるみたいだけど…… 旅の疲れ、って所かしら……宿は取れたの?」 つかつかと歩み寄り、リナの顔を覗き込むと、そう問い掛けるアリシア。 その仕草、声、口調。どれをとっても昔と変わらないところばかりで、 懐かしさが込み上げ、昔話の一つでもしたい気分にとらわれたが、 今はそれよりも、リナを休ませるのが先決である。 「いや、それが……何処も一杯で、泊まれるところがないんだ」 「……あぁ、そっか。明日……しょうがないわね。 よかったら、私の家に来ない?ベッドの2つくらいなら、空いてるから。 ……積もる話もあるし、それになにより、そのお姫様を休ませないとね」 アリシアはそう言うとまた微笑を浮かべ、 オレの返事を待たずに、こっちよ、と小さく言うと、歩き始めた。 オレはありがたく、アリシアの申し出に甘えることにして、 その後を、リナを起さないようにゆっくりとついて行った。 「……助かったよ、ありがとう」 オレはリナをベッドに寝かせると、そう素直にお礼の言葉をアリシアに述べる。 「あら、ずいぶんと素直になったのね? 昔はお礼なんて全然言わなかったのに……」 面白そうにくすくすと笑いながらも、その手は薬の調合に余念がない。 「……そうか?」 オレは苦笑を浮かべて、あいている椅子に腰をおろす。 なれた手つきで薬草らしきものを混ぜ合わせているアリシアの手を見つめ、 ふと、昔、アリシアと共に仕事をしていた時の自分の姿を思い出す。 「えぇ、そうよ。昔は無口で、笑いもせず、 お礼も感謝の言葉も何一つとして言おうとしなかった 冷酷無比な、でも稼ぎ頭の傭兵だったのに…… ずいぶんと人間が丸くなったわね、その娘のおかげ?」 「……あぁ、そうかもな」 そう言われてみれば、アリシアの言うとおりかもしれない。 そして、それが変わったのだとしたら、間違いなく、 このリナという少女のおかげなんだろうと、そう思う。 「……はい、これ……お姫様が目覚めたら御飯の前に飲ませてあげてちょうだい。 病気とかじゃないみたいだから、疲れが祟ったのね、きっと。 これを飲めば、だいぶよくなるはずだから」 「あぁ、ありがとう。しっかし、お前、薬の調合もできたんだな」 紙に包まれた薬を受け取ると、オレは再び礼を言う。 「覚えたのよ。色々と便利でしょ。 回復魔法が使えれば楽なんだろうけど、どうも才能がなくて」 そういって自嘲気味に笑うと、肩を竦める。 「……あ、ブランデーでいい?」 椅子から立ち上がると肩を2,3回回し、酒瓶の並んだ棚の扉を開け、 グラスを二つ取り出し、その両方に酒瓶から琥珀色の液体を並々と注ぐ。 「ありがとう」 オレはそのグラスの片方を受け取ると、一口飲む。 アリシアも一口口に含むと、オレの傍の椅子に腰を下ろす。 それからふぅ、と一息吐くと、懐かしそうな瞳をオレへと向ける。 「……それにしても、10年振り?元気そうでなによりだわ。 今でも傭兵の仕事してるの?それともそのお姫様のお守りかしら?」 「今は、あいつと……リナと一緒に、旅をしてるんだ。 たまに傭兵の仕事をするときもあるけどな。 それより、お前は何やってるんだ?」 「……見ての通りよ。傭兵の仕事を止めて…… 覚えた薬の調合で、お小遣い稼ぎして暮らしてるわ。 一つの街に留まるのも、良いものね」 そういって、面白そうにくすくすと笑みをこぼす。 「あれ程、一つの街に留まるのが嫌だからって、 街を転々として仕事してたのにね、嘘みたいでしょ?」 「……そう言えばそうだな…… 昔良く、お前に引っ張られて移動した覚えがある」 「えぇ、ガウリイだけだったもの、一緒に移動してくれた奇特な人」 まるで面白いものでも見つけた子供のように、 あどけない表情でころころと笑うアリシアを見て、 オレもつられて微笑んだ。 それから、またグラスの中の液体を一口口に含む。 以前程、酒を飲みたいと思わなくなったなぁと、ふと思いながら。 「……ところで、ガウリイ。お姫様とはどーいう関係?」 アルコール度数が結構高いお酒をまるで水のようにくいっと飲み、 身を乗り出してそう問い掛けるアリシアに、苦笑を浮かべる。 相変わらず、酒が強いようだ。昔は良く飲み明かしたっけ。 「……オレは、あいつの自称保護者だからな」 苦笑を浮かべて、そう、いつもの答えを返す。 「保護者なの?……それは違うんじゃない?」 オレの言葉に、不思議そうに首を傾げて否定するアリシア。 その様子を見て、オレを眉根を寄せる。 「……違う……?」 「あら、その表情、考えもしなかった、って感じね」 アリシアは楽しそうに微笑を浮かべると、くいっ、とグラスの酒を飲み干し、 優雅でかつ無駄のない動きで音もたてずに立ち上がり、部屋の奥へと姿を消した。 ……考えもしなかった……?一体、何をだ? オレは琥珀色の液体をぼんやりと眺めつつ、 アリシアの言った言葉を何度となく頭の中で繰り返した。 少しして、ガラスの入れ物に氷を詰めて戻ってきたアリシアは 自分の空のグラスにその氷を2,3個入れてからブランデーを並々と注ぐ。 「……氷、いる?」 「いや……」 「そう」 オレが断ると、今度はソファーへと腰をおろし、その身を深く沈めて、 それからグラスの液体をくいっ、と、飲む。 「……明日はね、特別な日なのよ」 「……アリシア……?」 オレが口を開くよりも早く、アリシアはそう、 誰に言うでもなく呟くように言葉を紡ぐ。 「この街の中央の広場にある花壇の花が咲くの。すごく綺麗な花で…… 誰もその花の名前は知らないんだけど、 でも、その花を見てるとね、すごく素直になれるのよ」 視線をオレに向ける事無く、夢見ごこちな感じでそう言うアリシア。 「……あぁ、それで、宿が混んでたのか?」 「えぇ。毎年この時期は、噂を聞いた人々が大勢押し寄せてくるから。 もしかすると、あなたのお姫様も噂を聞いて来たのかもしれないわね」 アリシアがそう言ってグラスを傾けると、 さっき入れた氷がグラスとぶつかって、カラカラ、と涼やかないい音を立てる。 「……じゃ、私、そろそろ寝るわね。おやすみなさい、ガウリイ」 グラスをテーブルに置くと、また、カラン、といい音が鳴る。 音もたてずに立ち上がり、自分の部屋と思しきところに入っていくアリシアの後ろ姿を、 さっき言っていた言葉の意味する事を考えながら、オレはただぼんやりと眺めていた。 アリシアがテーブルに置いたグラスには、もう、氷しか残っていなかった。 「……おやすみなさいはいいけどなぁ……」 オレはふと我に帰り、目の前に残されたガラスの入れ物を見て、溜息を吐いた。 「……この氷、どうするんだ……?」 片付けるってもなぁ……勝手に人の家の散策するのも失礼だし…… きょろきょろと、付近を見回してみる。 見回してなんとかなるもんじゃないとは思うんだが…… 「……と、これ、か」 ブランデーが入っていた酒瓶の並ぶ棚に、氷嚢のセットが置いてあるのが見えた。 もしかすると、このために氷を置いて行ってくれたのか? 大体、酒瓶の棚に氷嚢は置かないだろうし…… オレはブランデーの瓶をそこに戻すと、その氷嚢のセットを取り出し、 アリシアに感謝しつつ、ガラスの入れ物に残っている氷をそれに詰めると、 リナが寝ている寝室へ戻る事にした。 明るい日差しが、カーテンの隙間から差し込んで来た。 外からは人々のざわめきが聞こえる。昨日アリシアが言っていた花が咲いたのだろうか。 オレは目を擦って、大きく伸びを一つする。 「……ガウリイ……?」 オレの動く気配を察知したのだろうか、さっきまでベッドで寝息を立てていたリナが うっすらと目を開けて、不思議そうにオレを見ている。 「よぉ、リナ。良く眠れたか?」 「……っと……え?」 まだ自分の置かれている状況下が理解できていないのだろうか、 リナはもう水になってしまった氷嚢を避けて上半身を起すと、 きょろきょろとあたりを見回す。 「……宿……じゃないわよね、ここ?」 ごく普通の家庭のベッドルーム、といった雰囲気を感じ取ったのだろう。 リナはそう言って、オレに返答を求める。 「あぁ、なんか、宿がいっぱいで泊まれなかったんで、 たまたま会った知り合いに泊めてもらったんだ。 ……で、体調はどうだ?もう熱は下がったのか?」 オレのその説明に少し安堵したのか、リナは小さく息を吐くと大きく伸びを一つする。 「……大丈夫、だと、思うわ。ただの疲労から来る発熱だから……」 「そうか……なら良かった……あ、あぁ、これ……」 リナが思った以上に元気そうだったのに安堵し、オレも息を吐き、 昨日アリシアに貰った薬をリナに手渡した。 「朝飯前に飲むようにって言われてたんだ。今、水を……」 と、コンコン、と扉をノックする音がして、 返答を待たずしてかちゃり、と扉が開く。 「おはよう、お姫様。体調は……?」 アリシアは部屋に入るなり手に持った水の入ったコップをオレに渡すと、 ベッドに近い椅子に腰をおろし、オレが以前やったように額で熱を測る。 「……大丈夫ね。じゃあ、その薬を飲んだら朝御飯にしましょう? ちゃんと、たくさん栄養のあるもの作っておいたから」 にっこりと微笑んで、アリシアはリナの頭を、 まるで犬や猫、小さな子供を撫でるかのように撫でる。 リナが訝しげな表情を浮かべて、オレを見て、 それからアリシアへと視線を戻す。 その様子に気がついたのか、アリシアは苦笑を浮かべて、 リナの頭を撫でる手を離して、言葉を続けた。 「……っと、そうそう、自己紹介まだだったわね。 私はアリシア=ヴォード。昔、ガウリイと一緒に傭兵をして働いていた事があって…… ちょうど熱を出してるあなたを抱えて右往左往してるガウリイとばったり会って、 宿も空いてない見たいだったから、招待させてもらったの」 アリシアの自己紹介に事情を察知したのか、少し申し訳なさそうな表情を浮かべるリナ。 「あたしは……リナです。リナ=インバース」 アリシアが差し出した左手に、リナは自分の左手を重ねると、 簡単に名前を名乗り、挨拶を交わす。 アリシアの名乗った名前と、その差し出した左手の薬指に光る指輪に、 オレは違和感を覚え、首を傾げる。 「アリシア……?」 「……あぁ、ガウリイに言ってなかったわね。 私、つい最近結婚したのよ。この街で。 だから、前はアリシア=ランフェルだったけど、今はアリシア=ヴォード。 これでも一応新婚なのよ?」 リナの手が離れた左手の薬指にはめられた指輪にちらり、と視線を走らせると、 アリシアは少し照れくさそうに顔を赤らめて、笑って見せた。 外見も中身もほとんど変わっていないけれど、 その幸せそうな微笑と、優しそうな瞳だけは、 傭兵として働いていたときには見る事がかなわなかったもので、 リナのおかげでオレが変われたのと同じように、 アリシアも、その指輪の相手のおかげで、変われたんだろうと、 ふと、何の脈絡もなしにそう思った。 |