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北海道の風は、さわやかだった。 帯広の空港に降り立って最初の印象は、それ。 関東の空気と違って、湿気が少ないらしい。 「行こうか。」 「うん。」 「まず、レンタカーだ。」 大半の荷物を持ってくれながら、干城が言った。 そもそも、何で急に北海道に居るのだろう。 思い返しても、あれくらいしか思い付かないけど、まさか、あれくらいで・・・。 テレビでやってた壜詰めの毬藻。阿寒湖には、子供の頭ほどの大きさの物も在ると言う。 『見たいか?』 ・・・それだけで、それだけで・・・。 「2〜3日、ゆっくりしようぜ。」 言いながら、レンタカーを操って、海岸線を走る。 平日の所為か、あまり他の車もなく、干城は嬉しそうに飛ばしている。 「今夜の宿は、阿寒湖の畔に建っているホテルを予約しておいたから。 時間も時間だし、このまま向かうぞ。」 そうは言いつつも、途中の土産物屋さんや、食べ物の屋台だのに、ことごとく停まっては、楽しそうに覗き込む。 熊肉の缶詰、あざらしの缶詰、トドの缶詰、鹿肉の缶詰・・・。 「・・・帰ってからの、夕飯のおかず?」 「山形さんが来たときのな。」 山形さんは、干城が翻訳をしている出版社の担当さん。 原稿を取りに来たり、干城が持って行ったり・・・。 干城に言わせると、誰彼構わず手が早いので、なるべく顔を合わせるな、と。 でも、あたしは干城の私設秘書でもあるので、顔を合わせない訳にはいかないのだ。 もっとも、いつも干城が一緒なので、一人で会った事はまだないから、手が早いかどうかは分からない。 「ほれ、焼きとうもろこし。熱いぞ、気を付けて喰えよ。」 「ありがとう。」 「ラベンダーアイスだってよ。ほれ。」 「ありがとう・・・。」 「濃厚!北海道牛乳、搾りたて。」 「・・・遠慮しとく。」 そんな事を繰り返して、チェックイン、ぎりぎりにホテルへ着いた・・・。 「わあ、キレイ。」 目の前の湖を、フェリーのような遊覧船が滑るように走って行く。 案内された部屋は、大きな窓から阿寒湖が見渡せた。 もうすぐ夕方という時間でも、山間にあるこの湖はもう暗く成りかかっている。 「あの島に毬藻があるそうだよ。今日はもう遅いから、明日の予約を入れておいた。」 「うん。楽しみ。」 窓に貼り付いたまま、後ろからかかる声に返事をする。 右側に見える小さい島に、毬藻はあるらしい。 「水都。」 ふ、と。 後ろから抱きしめられて、頭の上に顎が置かれる。 「・・・ねえ。何か最近、やたらくっついている気がするんだけど。」 「夫婦のスキンシップだ。気にするな。」 ・・・いつもの答え。 何故か、結婚してからの干城はこういう『スキンシップ』をするようになった。 仕事中も、あたしが部屋の中にいることを望んでいる。 部屋から出る度・・・お茶を入れたり、トイレに立ったりするだけなのに、『行ってらっしゃい』のキスをしたり。 何と言うか、『甘えている』みたい。 たまに、他の夫婦はどうなんだろう、と考えてしまう。 何処もこんな風なのかしら? 「・・・ねえ、お茶でも飲みに行かない?」 「もう夕飯だぞ。」 「じゃ、土産物屋さん覗きに行くとか。」 「いっぱい運転して、疲れた。」 言いながら、頭の上で寛ぐ。重いー! 痛いー! 前はこんな風にペタペタする人ではなかったのに、本当にどうしたんだろう? あたしと結婚して、何かあったのかな。疲れているとか。 あまりに一緒に居過ぎて、友達とも会ってないみたいだし・・・。 「よしよし。」 「何よ。 それって、今の状況では、あたしのすることでしょう?」 「でも、余計な事考えていただろう? 分かるんだよ。」 わざと顎をゴリゴリさせて、頭の上から喋る。 ・・・自分でもわからない重苦しさや、キュッとする胸の痛みが、干城には分かるのかしら。 「ほら、また。 悪い癖だぞ、一人で悩むなよ。 お兄ちゃんに話してごらん、ほら。」 「・・・いつの話よ、それ。」 「15年程前。」 よいしょっと呟いて、あたしを抱えたまま、ベッドへ座る。 干城の膝に座らされたあたしは、仕方なく口を開いた。 「・・・近頃、『スキンシップ』が多いけど、何でかなあ、って。」 「俺達『新婚さん』だろ? 当たり前じゃないか。」 ・・・新婚さん・・・。聞いてるだけで恥ずかしい・・・。 中学生の女子じゃないんだから、そんなこと言うのは止めて欲しいな。 「何か問題があるのか。」 「だって、今更じゃない? もう20年も一緒にいるんだよ?」 「何言ってるんだ。 ようやく結婚出来て、晴れて夫婦になれたんだぞ。 どこが今更なんだよ。」 ・・・干城のこういうストレートな言い方。恥ずかしいよ〜。 「呼び方だけで、実質は何も・・・。」 「変わっただろ? 何時、何処でイチャついても大丈夫。」 「莫迦!」 手近にあった枕で軽く殴って、腕が緩んだところで立ち上がる。 「莫迦! エッチ! 干城なんか・・!」 ―大嫌い。 そう言おうとして言えなかった。 言ってもし、嫌われたらどうしよう。本気にされたらどうしよう・・・。 あたしは、枕を握ったまま立ち尽くしてしまった。 「・・・水都。やっぱりお前、変だぞ。」 顔を覗き込んでくる干城から体を離し、あたしは言った。 「何でもない・・・。 時間だよ、ご飯食べに行こう。」 とても美味しい夕飯だった。 何故か、本州からの旅行者だと分かると、蟹を山盛りにしてくれた。 海老やメロンなどもたくさん。毬藻の形をしたデザートも、面白かった。 「あ〜、美味しかった。」 「ラウンジでコーヒーでも飲むか?」 誘ってくれた干城に、ちょっと考えてから頷く。 ・・・何か、このまま部屋に戻るのは苦しい・・・。 「水都、何処か調子悪いのか?」 「え? 別に。なんで?」 「・・・先刻から、変だぞ、お前。 どうしたんだ。」 どう言っていいのか分からず、あたしは黙り込む。 「・・・纏まらなくていいから、言ってみろよ。 言わなきゃ何も分からないぞ。」 「うん・・・。 でも、本当にどう言っていいのか、分からないの。 だから、少しだけ待って。必ず言うから。」 「分かった。絶対な。」 真剣な目で言う、干城。 ゴメンね。いつも心配掛けて、迷惑掛けて、守ってもらってばかりで・・・。 あたしがどんな事をしても、干城はきっと嫌わない。 干城があたしを嫌うなんて、有り得ないのに、あたしは嫌われることを恐れている。 ・・・違う。 あたしが、干城に嫌われるかもしれないと思っている事を知られたくないんだ! 干城の心を疑ってしまう自分を、見せてしまうのが怖いんだ! 分かってしまった。 あたしは、自分が思っている以上に干城が大好きなんだ、と。 |