―はるかなるもの―

作:ナーヤさん♪

 おそらく、『戦国』と呼ばれる時代なのだろう。私はある国の『姫』に仕えていた。
 私のいたその国は、とても小さい国だった。山がちの盆地、と言うよりも谷底と言ったほうが当たっていると思われるほどの狭い土地に、その国はあった。他国から攻められたら、一月ももたないだろう。それでも曲がりなりにも独立を保っていられたのは、この国に攻めるだけの価値はないと、判断されていた為だった。
 その為に、私たちは他の国の事など気にせずに、自分達の生活を営んでた。小さな山間の国。独立国として、領主でなく、王と呼ばれている者は、その時には既にみまかっており、その妻も彼より早くに亡くなっていた。その忘れ形見は、私の仕えている姫、ただお一人である為、政は、古くから仕えている家臣達が、相談の上取り仕切っていた。
 平和だった。戦に巻き込まれている他国とは裏腹に、私たちは穏やかな暮らしを続けていた。戦乱の嵐はこの国を巻き込まない様に思えていた。
 私の仕えていた姫は、御歳13歳。他の子と比べて、取りたてて賢いとも思えない子で、両親がいないから、とか、お姫様だからと、しつけを遠慮してしまったせいか、多少わがままなとこがあった。けれど、愛らしいところと、優しいところなどで、国の者から、慕われていた。また、かく言う私も、彼女......姫が大好きだった。実際この国にいる者で、姫を嫌っている者はいないと言いきれる状態 であった。
 私自身、自分が何処の馬の骨ともわからない者であり、この国に家も何よりそれまでの記憶すらなかった。だから、姫と一緒の屋敷に部屋を賜って、姫の侍女として仕えることになった。そうしてくださったのは姫で、それだから、多少のわがままを許してしまい、古参の者に、甘いとよく叱られていた。
 この国にはもう2人ほど似たような境遇の者がいた。一人は私と同じで、姫に仕えている30代後半の女性。どう見ても30代前半か、20代後半にしか見えない為、よく、他の侍女に羨ましがられていた。そしてもう一人は20才くらいの若者。この2人は一緒にこの国に来た。もう3年ほど前の事だ。2人は隣国の兵士に追われてこの国へと逃げ延びてきた。追いつかれ、必死で抵抗して、若者は追手を斬り殺し、そのまま気を失った。それを助け、この国に住むように手配した。それを決定したのも姫。
 若者は様々な知識を持っていた。病人を治したり、作物が良く取れるようにしたり。たちまちこの国の人々の尊敬を受けるようになった。私の知り合いの男の子が、彼の助手となって、様々な事を教わっていた。その子は彼の事をとっても尊敬していた。
 姫に仕えた女性も、物事をきちんとやり、心配りが行き届いているところから、古参の者たちに気に入られていた。お陰で、私はよく比較され、おこられたが、ほんとに良くできた人だと思っていた。2人ともこの国にとけこみ、すぐにこの国になくてはならない存在になった。姫もこの女性に良くなついていた。とっても幸せな日々が続いていた。戦など、全く関係なかった。何処の国とも交流をしないでいた事がこの国を閉鎖していたけど、戦乱に巻き込まれるより、この静かな日々を人々は守ろうと考えていた。
 なのにどうしてこうなってしまったのだろう。
 突然訪れた隣国からの使者。ここら一帯、いや、この争っている世界の中で、最大と自称する二国の一つ。戦上手と、その残虐さで知られている王が、この国を手に入れようと欲した。今回の使者はそのための宣戦布告ならびに降伏勧告だった。そして、その条件はとても呑めるようなものではなく、この国は進退極まった。どっちに転んでも滅ぶしかない状況に、姫は決断を下した。絶対的な抵抗。この国の全ての人々が武器を取り、抵抗しようと決心を固めた。この私も。どんな状況になろうと、この姫だけは死なせたくないと思っていた。それは、おそらく、この国全ての人の願い。
 隣国がこの国に兵を派遣してきた。見た事もない程、たくさんの兵士を。その日は何事も起こらず、夜が来た。夜襲は行わないと、皆が判断した。決戦は明日。
 そして朝が来た。
 戦は思いもかけない事により、はじまった。お城にある、時を告げる鐘を戦の始まりの合図と誤解した隣国の兵士が、一斉に進撃を開始した。城下町として存在していた町は、戦場となった。必死で応戦をしているのに、なすすべもなく、あっさりと斬り殺される人々。街の通りで、家の中で。兵士だけでなく、民人、子供も女性も手当たりしだい、見つかりしだい殺されていった。恐怖が、この国を駆け抜ける。
 勝敗を決定するのに、二刻もかからなかった。地獄絵図の完成。そう言えるほどのひどさの中、私は姫と共に、お堂に逃げ込んだ。この国にある一番大きなお寺。そこには例の2人が既にいた。それに彼を慕っていた少年。そして、私と姫。生き残っていたのはそれだけ。この国は、もう、滅んだ。たった、二刻足らずで。
 そしてそこには、この戦を引き起こした隣国の王が、いた。2人は、その王の側についていた。
『どうして、どうして隣国の王がここにいるの?』
 叫んだのは私だった。必死で、姫を殺そうと追ってくる兵士達から逃げ、多くの重臣たちが姫を守る為に命を落した。それでもこの姫の命だけは守りたくて、そのためにたくさんの人を犠牲にして、ようやく、逃げ延びてきたのに、逃げ延びる為に、ここまできたのに、どうしてここにこいつがいるのか......
『お前達の逃げ道を使わせてもらった。最もここに兵士は連れてきてはいない。この2人とおれの3人だけだ。』
『もしかして、それを教えたのは......』
 聞きたくなかった。それでも誰ともなく、問いただそうとしていたのか、口は動いていた。
『そうだ、この者達だ。今は戦国の世だ。そんなに人を簡単に信用してはならないといういい見本になっただろう。』
 聞きたくない、信じたくなかった。その思いは私よりも、姫と、あの男の子のほうが強いのだろう。
『これで、私は王の正式な妻となり、この息子は王の跡継ぎとなれる。姫、これもすべて、あなたのお陰でございますのよ。とても感謝いたしますわ。』
 その女性はにこやかに姫に一礼してみせた。私は必死で自分を押さえた。
『父上、約束はお守りください。私を正式な跡継ぎにすると。』
 若者は念を押すように王を見上げた。王はうなずいた。
『いいだろう。お前もお前の母もそれにふさわしいだけの働きをした。これよりお前をおれの後継者に、お前の母をおれの正室とする。それでいいな。』
 ふたりとも深々と頭を下げた。信じられない光景だった。
『この2人の跡をあなたの国の兵士が追ってきていたわ。それをこの男は殺しているのよ。それでもこの男を跡継ぎにするの?』
 王は嘲笑った。
『それくらいの事、この者達がこの国には入り込む為に必要だと判断したのだろう。多少の犠牲は仕方ない。おれがその程度の事で、この者を斬って捨てるとでも思ったのか。馬鹿なやつだ。』
 そう私に言い捨てておいて、それから、姫のほうを向いて言い放った。
『お前は生きていても利用価値がない。この国の者で現在生き残っているのはここにいる四人だけのようだ。国を失った姫が生きていても仕方ないだろう。この場で殺してやろう。』
『いや、いや、死にたくない。死にたくない。』
 姫は脅えた。殺されたくないという思いが伝わってくる。私は姫を抱きしめた。殺させたくない、この子だけは。その思いを強くいだいて、姫をぎゅっと抱きしめていた。この子を殺させたくたい。今の私にはその思いだけだった。自分の事は考えなかった。ただこの子だけは。殺させたくない!殺させたくない!殺させたくない。
 ふと目が覚めると、私は一人だった。周りには誰もいなかった。姫も、隣国の王も、裏切った2人も、あの国の生き残りの2人も。誰もいなかった、起き上がって、周り中探し回っても。誰一人として。ただ、私のいるそのお堂はとても古びていた。
 何十年も経っているから。ふと姫の声がして、私ははっとした。周りには姫の姿はなく、それでも必死で探した。あの子を幸せにしてあげたい。あんな所で殺させたくないから。
 無理だよ、あなたに見つけられはしない。今度は裏切った若者の声がした。あなたがいるところに、私たちは存在しないから。もう一人の女性の声も聞こえた。だけど僕たちと一緒におねいちゃんは生きたの。あの子供の声。私を必死で守ろうとしてくれて、ありがとう。あなたが私を大事にしてくれていたのは感じていた。妹だと思ってくれたのでしょう。少し、はにかみながら言う姫の声が聞こえた気がした。もう、あなたには会えないけど、とても楽しかった。でも信じて、あなたの経験は夢じゃない。実際に私の生きていた時代に来て、一緒に生きたの。夢ではないの。あなたの生きている時代とは遥かに違う時代だったけど。私は声に出した。
『どうして、どうして、私だけここにいるの?どうして姫はここにいないの?』
 夢だなんて思っていない。
 あなたは別の時代の人。それが私達の時代のこの世界で、一緒に過ごしたの。でももうさようなら。
 それっきり、声は途絶えた。もう何も聞こえない。そのまま、私の意識は暗転した。


続く…?



貰いモノは嬉し!へ戻る