ding dong

作:Mさん♪


 日中の暖かさに、そして光のまぶしさに。
「い〜気持ちだなあ……」
 川原には葦草が広がっており、南を目指しているとは言っても日々の移り変わり。
 夏から秋、冬へと辿って行くのは避けることは出来ない。
 世界が縛られている限り、唯一の支配者「刻」に。
「お腹も一杯だし、それほど寒くないし……」
 寒がりのリナが寒くないと言うのならば、かなり暖かいと言う事だろう。
 リナには「感じない」と評されている事もあって、ガウリイは静かに微笑む。
「町までは近いし、危険もないし……珍しいわよねえ。こーゆう日も」
 天を流れる、たなびく雲を見て。
 過ぎ行く風すら見える気持ちがして、つい眠りに誘われそうになる。
「でも、今寝たら悪夢を見そうだけどな……」
 誰にも聴こえないはずの、心の中でだけ囁かれたはずの呟きも。
 エルフ並みと評される彼女……旅の相棒には、どうやら聴こえてしまったらしい。
 空気が、わずかだが変わった事からも判ったが……。
「それなら、とっとと町に行きましょう。
 ここで寝過ごして、町に入るのが遅くなったり病気になったりしたら困るわ」
 体についた草を払い、立ち上がる彼女。
「……どうしたの、変な顔して?」

 逆光―――。

「いや、なんでもない」
「出してあげないわよ、手なんて。
 ガウリイ。アンタ、自分で立てるのに。しかも、この天才美少女魔道士のリナ=インバース様の手を借りようだなんて。おこがましいにも程があるってもんよ」
 ぴしゃりと言い切るのは、判っている。
 理解出来るからこそ、苦笑が漏れる。
「何よ」
 疑問ではない、問いかけ。
 横顔が、暗いけれど少しだけ赤く見えるのは青年の特権と言えるだろう。
「いや、リナの言う通りだ。
 うんうん、確かにおこがましいよなあ。天才美少女魔道士様の手を借りようなんてさ」
「……馬鹿にしてる、アンタ?」
 さわやかな風が流れ、リナの髪とマントを揺らす。
「まさか、とんでもない!」
 慌てたと言う様には見えるような見えない様な、と言う感じもあるのだが。
 リナと呼ばれた魔道士姿の少女から見れば、確かに見下されているとか。子ども扱いされていると言う風に見えるのは、どうしようもない所だろう。
 だが、リナには高いプライドがあった。
 年から見れば、高すぎると言って良いプライドだろう。けれど、リナの培ってきた人生では必要なものであり。それがなければ、今の彼女はあり得ない。
「ま、本当に馬鹿してるんなら……とっくの昔に火炎球だけど」
 おどけたような言い方に、実はリナの機嫌が悪くなったと言うわけではない事を理解する。
 少し変わった傭兵姿、長い黄金の豪奢な髪に宝石の様な美しい瞳を持ったガウリイ……をじっと見て。
「どうしたんだ? 変な顔だぞ?」

 どかぁっ!!

「お……お前、それは危ないだろうが。あたったらどーするつもりなんだよ!」
「当たり前でしょ、当てるつもりだったんだから!」
 一瞬前に避けた所には、見事に赤ん坊の頭大の石がめり込んでいる……否、岩と言っても差し支えないかも知れない。
「当てるつもりって……」
 何を怒っているのか、慌てふためいたガウリイを見捨てて先に進んで行くリナ。
 当然、置いていかれてはたまらないとばかりに立ち上がるガウリイ。
「おい……リナぁっ!?」
 困惑、混乱。
 一体何があったのか、確かにリナの機嫌は悪くなかった筈だと言うのに。一瞬にしてリナの顔は「とことん不機嫌」になっていて、額には青筋まで現れているではないか。
 何かをした、と言う記憶もなければ意識もないのだから。これでガウリイが困らなければ、それこそ嘘と言うものだろう。
「うるさいわね、いつまでもグチグチと……!」
 いや、ぐちぐち言って怒ってるのはあなたなんですけど……。
 とりあえず、ガウリイ以外の人物ならば9割方言うだろう台詞だろう。
 なぜなら、ガウリイは困惑したまま。一定の距離を保ったまま、それでも着かず離れずリナの後ろを歩いている……理由も聴かずに。

 すたたすたすたたたたすた……
 すたすたすたすた……

 乱れることなく歩くと言うより、それでも普通に歩いているガウリイの足音を聞きながら、リナのボルテージは上がって行くばかりである。
 焦れば、それだけ足並みが乱れると言うのも判っているし。それ以上に注意力も散漫になってしまうのだが、意識が感情を止められるくらいならば誰も苦労はしない。
 それで、ガウリイが理由を問いただせば怒りの持っていき様もあるのだが。最近では「しつこいと嫌われる」と言い続けていたせいか。理由すら聴かなくなってきた……と言うより、少し時間を置くと言う知恵がついたのだろう。
 声を、かけられたらかけられたでむかつくのは当然と言うものだが。かけられなかったらかけられなかったで、これまたムカツクのは止められないのだから。乙女心は判らない。
「あ、リナ……」
「何よ!」
 きっと振り返った時、ガウリイはリナを見ていなかった。
 それどころか、リナの方を見ようともしない。
「……アンタねえ。誤魔化そうったって、そうは行かないって知ってる?」
 呆れた様な言い方をしながらも、リナの顔から笑みがこぼれる。
 知ってか知らずか、どうやらリナの機嫌は治まった様だ。
「ああ、知ってる……気がする。多分」
「弱気ねえ……でも、やっぱり手なんか貸してあげないわよ。
 何しろ、あたしの手は高価いんですからね!」
 見つめる瞳、それはガウリイを見ていない。
 リナが見つめるのは、ガウリイと同じモノ。
 視線の先に映っているのは、よくある風景だと言えばそうかも知れない。
 だが、違うと言ってしまえば。やはり違うものなのかも知れない、同じ風景で同じ光景で、同じものである筈なのに。
「ものすごく高い利子も取られそうだしな……」
 しみじみと頷くガウリイを見て、ぴんとリナの何かにひっかかった様な気はしたのだが……。
「あら、びっくり!
 よくも『利子』なんて言葉知ってたわね、ガウリイなのに」
「俺なのにって……」
 視線と視界はお互いを見ていないのに、会話だけはいつもと変わらない。
 二人の間には風だけがそよいでおり、他には何もない。
 感情が、ないとは言わない。
 しかも聴いて驚けとばかりに「好意」と言う種類の感情だったりするから、これまた驚きとしか言い様がないのだが。それでも、未だに二人の間に何の関係も存在しないのだから、これまたびっくりである。
「そうよ、ガウリイなのに……よ」
 横を向けば。
 お互いが、もしこの一瞬にどちらかがどちらかのほうを向けば。
 出来ただろう、見ることが。
「参ったなあ……」
 けれど、二人ともお互いを見たりはしない。
 誰にとがめられるわけでもなく、誰が禁止したわけでもない。
 この世の何者であろうとも、それが神でも魔王であろうと、二人をさえぎる事など出来ないだろう。
 現に、二人はそれだけの実力を持っている。幸か不幸かは別として、一人で立ち上がり自らの力で歩むことが出来るだけの力を持っている。
「ふん、ガウリイなんて参ってればいいのよ」
 だから、リナには簡単に想像がついた。
 恐らくは、今のガウリイは心底困った顔をしているだろう。
 どこか間が抜けて、それでいて憎めない顔。
 片手……恐らく右手で後頭部をがしがしと掻いたりしているだろう。リナが怒っている理由が判らなかったり、いつもの事ながらどんどん話が進まれている事で。
 それは、狙い違わぬ事実で。
「はいはい……お前さんには勝てないよな?」
 だから、ガウリイにも簡単に想像がついた。
 恐らくは、今のリナは少し顔が赤い事だろう。一生懸命、笑いたいような堪えているような、それでいてしかめっ面を保とうとしているかも知れない。
 そして、それもどんぴしゃな事実で。
「アンタなんて、ガウリイなんて……参ってればいいのよ」
 ぽつりともらされた声、何の意味も感情も含まれていないと思われる言葉。
 けれど、それが一番凶悪である事をリナは気付かない。
「……そうだな」

◇◆◇

 もしも。
 どちらかが、弱ければよかったのだろうか?
 それとも、両方とも?
 普通の人の様に、普通の家庭を築く事も出来ただろうか?
 過去形になってしまうのは、これから先。例え「そう言う仲」になろうと、永遠に定住できる所など存在しないからだ。
 本能とも、当たり前とも言えるべき感覚で知っているからだ。
 ただでさえ、職業は剣士と魔道士。
 仮に一度でも戦いが起きれば、借り出されるのは必至だろう。どの国でも、戦ともなれば腕の良い「人殺し」は必要になる。けれど、それならばまだ良い。
 問題は、そこに「魔族」が絡んできた場合だ。
 ついでに言えば、敵のボスとなってくれれば話は早い。叩きのめしてしまえば、それで全ては終わり。だが、そうでない場合はとことん面倒でややこしい話となるだろう、それは経験から知っている。

 もし、魔族が人に取り憑いていたら?
 残念だが、その人を殺さなくてはならない。
 もし、魔族が誰かをそそのかしたら?
 殺す必要はないかも知れない、でも二度と誰にも信用してもらえなくなるだろう。

 どちらにしても、魔族―――世界を闇へ還す事を望む存在たちは。人の世に災いと争いを持ち込む事だけならば、それを行う事が出来てしまうのだ。しかも、簡単に。

 本当にリナが恐れているのは、魔族が強大な力を持って一度に沢山の人達を襲ってきた時。
 恐らく、それでも戦いに出るだろう。決して帰る事など出来ないと判っていたとしても、それをガタガタ言う前に行動に移すだろう。
 仲間を、友達を、相棒を、危険にさらす事になると判っていても。必要であるならば、彼らですら狩り出すだけの決断力は持っている。
 無論、失う事を恐いと、思わない筈もない。
 どれだけ世間の誰が何を言っても、大切なものを愛しいと思うだけの感情くらいは持ち合わせている。それを失うことの恐ろしさも知っている。その身で体験すら。
 だが、恐怖よりも更なる恐怖を知っている。だからこそ立ち上がる勇気をもっている。

 そして、ガウリイが最も恐れているのは。
 強大な力が一度に襲い掛かる事ではなくて……意外かも知れないが、魔族であろうと人族であろうと、余計な「ささやき」をリナの耳に入れる時。
 どんな情報であろうと、どんな状況であろうと、決してリナは決断を覆しはしない。
 決めた事ならば、行動に出るのにためらう事などないだろう。だが、それは同時にリナに全てを背負わせる事を意味している。
 決断、行動……そして、結果。
 涙を流す事なく、リナは全てを背負い誰もいない所で静かに涙を流す。
 止める事など、想像するまでもなくガウリイには出来ない。ならば、可能な限り側にいるしかガウリイには出来ない。せめて、小さな背中を守るために。

 普通に出会っていれば?
 小さくても村にいただろうか?
 状況が違っていれば?
 恋人同士にはなっていただろうか?
 闘う資質がなければ?
 毎日の瑣末な出来事で喧嘩もしただろうか?
 そして、結婚なんかして子供でも産んでいただろうか?

「ガウリイ、あたし……後悔は後でする主義なの」
 考え込んでいたのだろうか?
 ガウリイは、声をかけられた事を知っていた。だが、微動だにしなかった。
 目前にある風景は姿を変えていない……と、言う事は大して時間がたっていないと言う事だろうか?
「あの時、ああしておけばよかった。こうしておけばよかった……。
 もし、あの時ああだったら? もし、こうしていれば?
 考える事なんて、意味なんて後から幾らでも出来ると思ってる」
 何かに誘われる様に、ガウリイがリナを見た。
 静かに、少しでも乱暴に動いたら。その場にある空気が壊れてしまうのではないかと言う気持ちが、最新の注意を払わせたから。
「『たられば』なんて、後から以外の何時考えろってのよ?」
 前を、リナは見ている。
 横顔は、何かを見つめている。遠い、何か……それは、例えば強大なまだ見ぬ力の集合体だったり。ガウリイにしてみれば些細な事―――もしかしたら、リナの小ぶりな胸だったりするのかも知れない。
 けれど、リナはいつだって闘う意識をもっている。
 リナの中には「戦う勇気」が詰まっている。
「だから、あたしは前に進むわ」
 リナの顔が、静かに動いた。
 ガウリイがリナを見つめているのを、知っているかの様な顔だった。
 けれど、もしかしたら……リナにとって、ガウリイですら「闘うべき相手」なのかも知れない。
 無論、毎日毎食行われている「お食事バトル」とは別口の事で。当然、リナが趣味としている 「盗賊いぢめ」に行くのを阻止される事も含まれない……いや、含まれているのかも知れないが。
「時には歩いたり、立ち止まったりするかも知れない。横を見る事もあるかも知れないし、振り向きたい衝動に駆られることもあるかも知れないけど……戻らないから」
「それは……また、どういった理由でだ?」
「決まってるじゃない」
 呆れたとばかりに、リナがガウリイへ背を向ける。
 ちょうど良く吹いた風が、リナの髪とマントを揺らした。
「あたしの後ろにはアンタがいるのに、なんでそんな事するのよ?」
 僅かに覗いた赤い瞳が、軌跡を描いた。
 少なくとも、ガウリイの目にはそう見えた。
「……俺?」
「そうよ、あたしの後ろにはガウリイ=ガブリエフ。アンタがいる。
 あたしの背中には、この世でたった一人の最高の相棒がいるって言うのに。何の理由であたしが後を気にしなくちゃいけないって言うの?」
 ずっと、ガウリイは見てきた。
 小柄な体、黒いマントに栗色の髪。
 前でも横でもなく、ずっと後に。
「……なるほど」
 だから、顔なんて見なくてもリナの全てがわかった。
 少なくとも、さっきまではそう思っていた筈だ。忘れていたのだ。
「ホントに、俺は記憶力ないなあ……」
 何を思っていたのか、何を悩んでいたのか……本当に忘れていたのは、それだった。
 昔、一体何があったのかを考える事なんていつでも出来る。
 そうだ、いっそのこと死ぬ間際にでも思えば良い。死んだ後にだって出来る事で、少なくとも 「今」やるべき事ではない。
「あら、今ごろ気付いたの?」
 呆れたように手を振るリナは、恐らく気付いてなどいないだろう。
 ガウリイが「忘れた」本当の意味など、今更とすら言える。
「ああ、今更気付いた。
 やっぱり、俺は……」

 たんっ、とん!

 跳躍、2歩で追いつく。追いついてしまう。
 町や村を、山や河を、谷や世界の全てを呪文一つで変える事が出来る少女に。
 たった、2歩だ。
 思い悩む事など、過去を振り返る事など、何の意味があるだろう?
 そんな事をしているヒマなど、今のガウリイにはある筈もないのに。
「参ってるな」
「そーよ」
 目を放しておけば、リナは簡単に消えてしまうだろう。
 例えガウリイが泣いて叫んでも、手を差し伸べてもくれないだろう。
 でも、きっと。

「記憶力皆無なガウリイの代わりに、あたしがちゃーんと考えてあげるわ。
 仕方ないから」
 今ごろになって真っ赤になってるだろうリナの顔を、想像するまでもなく理解出来てしまう。
 そんな存在は、少なくとも世界でただ一人だけだろう。
「ああ、頼む!」
 きっと、家族でもそんなのは判らないだろう。
 特権と言うのは、そう言うものだ。

 もしも、ガウリイが小さな子供で。
 道端で転んで泣いたとしたら、リナは手など差し伸べてくれないだろう。
 でも、きっと……。

「あれ、鐘の音が聞こえる……」
「次の町が近いんじゃないのか?」
「近いことは近い筈だけど、そこまで近かったかなあ?」

 きっと、立ち上がって辿り着くまで。
 待っていてくれるから。

「いんじゃないか? 気にしなくても?」
「うーん……ま、いっか?」


 人生で最高の幸せが訪れた時、その人達の頭上では「幸せの鐘の音」が鳴ると言う。
 それは、決して普通の人の耳には届かないと言われている。
 だからこそ、鐘の音がどんな音なのか。それを知る者は存在しない筈なのだが……その音は、こう聴こえるのかも知れない。

 ding dong……



Fin.



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