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Part.36 惑い 弓月は血の海の中から抜け出し、あてもなく走った。 返り血を浴びた弓月を、行きゆく人々が物珍しそうに見ていた。 やがて弓月の目の前に噴水が見えた。 (とりあえず血を洗い流さないと) 弓月は服を脱ぎ、身体を洗い始めた。 美しく艶やかな髪に、赤黒い染みが点々とついていた。 弓月は服ももちろんのこと、身体をしばらくの間丹念に洗い続けた。 (これが俺の本当の姿・・鬼の姿・・) 弓月は噴水の中央にある彫像にもたれかかり、嗚咽した。 何とか弓月は帰宅し、食事をとった。 「兄者、話がある。」 花月が松阪牛のステーキを切っている時に、本題を切り出した。 「とうとう覚醒したか。」 花月には何もかもお見通しのようだ。 沈んでいる弓月とは裏腹に、花月は嬉しそうだ。 花月にとって弓月が覚醒したということは、後継者ができて、鬼族が安泰するという事を表しているからだ。 長い間人間の迫害や大量虐殺などによって鬼族は存続の危機に立たされていた。 だが、弓月が覚醒すれば問題はない。弓月がゆくゆく頭を継ぎ、鬼族滅亡の危機は回避できる。 「弓月よ、よくやった。これで鬼族も安泰じゃ。」 花月の声はうれしさと興奮でうわずった。 だが弓月の一言によって花月の気分は一気に壊れた。 「鬼族など滅んでしまえばいい。」 花月は怒りに燃える目で弓月を睨んだ。 「今・・今何と言った?」 「鬼族は滅んでしまえばいい。」 弓月は明瞭な発音で言った。 「兄者、もう嫌だ人を傷つけて生きるのは。もう嫌だ。」 花月は弓月を平手で強く打った。 「黙れ!」 だが胸の内に秘められた思いを止めることはできない。 弓月は続けた。 「もう誰も傷つけたくない。人を喰らって生きたくない。」 花月は鞭で打ち据えた。 「たわけ、お前は人喰いの血が流れておる。人間になどなれぬ。」 「嫌だ。俺は人になる。」 花月の怒りは頂点に達した。 「いいたいことは・・それだけか?」 それから花月は弓月をこれほどまでになく鞭で痛めつけた。 それでも弓月は自分の思いを訴えた。 「誰も・・俺の・・思いを・・止めること・・で・・き・・な・・い・・」 「黙れ!黙れというに!」 花月は更にひどく鞭で痛めつけた。 弓月は気を失った。 翌日の登校日に弓月は激痛に耐えて家を出た。 教室に着くと弓月は自分の席に倒れ込んだ。 そして眠りについた。 |