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‘東の野にかぎろひの立つ見えて かへり見すれば、月かたぶきぬ’ ふと、思い出した和歌。うたったのは誰であったのか。うたわれている情景は...... 簡単な歌だ。明け方、東に、夜明けの太陽の昇る光が見えた。振り帰ると、西で、光を失った月が、沈みかけている、と。...簡単に見るならば。 二人の王がいる。一人の王があたらに立つ。故に、もう一人の王は沈むのだ。老いた王は新たな王に、その地位を譲る。王は、二人もいらない。 譲るだけでは、ないか。奪われたのかもしれない。 今、眼下で行われているこの戦のように。 沈みつつある王国。勢いを増している隣国。沈みつつあるといっても、十分に、まだもりかえせるかもしれない国。勢いのある国は、逆に言うと、ほんのちょっとした躓きが国の弱体化につながるかもしれないという危うさ。 戦の勝敗は、その鍵。 戦国という時代のよくある戦の一つ。どちらが勝にしろ、勝った方が、この世界の覇国への階段を一歩昇る事となる。 太陽はどちらで、月がどちらになるのか。 杖を握り締めるように持ち、少女は高みから戦を見ていた。うっすらと笑みを浮かべ、眼下の殺し合いを見ている。戦は、人の命を支払いとして、行われる勝負。傷つくのも、失われるのも国、というものの為。正確には国を動かす者達の為。 その為に支払われる命は、動かす者達にとっては数でしかない。あるいは、駒か。それでも、彼らは、同じ'人'。この乱世においては人を駒として扱う者も、同じように、自分の命は賭けテーブルの上に出されたチップに他ならない。 では、彼らの命は、見ている少女にとっては何になるのだろうか? 少女は、ずっと見ている。戦。勝敗はいまだ、明らかではない。双方、入り乱れ、戦う。乱戦のわりには、指揮系統がはっきりしているらしく、兵達に混乱は見られない。大将をつぶすのを目的としているのか、その様子はさながら、二匹の蛇が互いの首もとにくらいつこうとしている、あるいは、互いの頭をつぶそうとしているのか。 「国、か。」 ぼんやりと呟く。沈もうとしている国は、100年前には、‘武王’と‘調停者’と呼ばれる二人が存在していた。謚ではない。その時代に、彼らはそう呼ばれていたのだ。 どこを相手にしてもけして負けはしなかった、武王。 戦の後の講和、あるいは戦を起こさないための会議を取りまとめた調停者。 彼らの時代、戦は現在より、少なかった。互いが互いの国を認め、めったな事では、争いがなくなるようにした調停者は、それだけのことをしながらも、若くして亡くなった。 よき王、よき国、よき国際関係。よき時代。そんな時代は、もはや、過ぎ去った。 そして、今はこのワールドの覇権をめぐり各国が争っている。自国がこのワールドを支配するために。 夕暮れが近くなって、戦の勝敗があらわれはじめた。兵が徐々に、逃げ始めている。最初に崩れたのは、民兵。戦なれしていない彼らが崩れはじめる。支配者が変わっても支配されるという状況は変わらない。自らの命を懸けてまで、国を守ろうと思わなければ、軍は弱い。 ある程度まで持ちこたえながらも、戦の状況がはっきりするとすばやく引き上げたのは、傭兵。金で雇われた彼らは、機を見るにすばやい。それでも、支払われた報酬分は働き、引き上げる。信用のために。それでも、負け戦に、命を懸けるほどの忠誠心はない。この国が駄目になれば、他の国に雇われるだけ。 最後まで残って踏みとどまるも、逃げ出した者達に、恐怖心を刺激されている軍は、弱い。指揮系統が乱れ、逃げ出した.........将さえも。 月は決定した。 この戦に敗れた国は、しばらく、その責任を巡ってごたつくだろう。そして、その混乱に乗じて、周辺の国家が、この国を滅ぼすだろう。いや、勝ちに乗じた国が、勢いで滅亡させるかもしれない。戦は、奪うもの。人の命を、そして国を。 結局、傾いた国はいずれ沈む。この状況では、それは早いだろう。 一つの国が滅んでもまだ、国々の争いは続く。一つの国が勝ち残るまで。 少女は消え去る。見たいものではなかったが、見届けるものは見た。涙を一滴残し、少女はその場から、いなくなった。 「雨?」 勝者である将軍が、そらを見上げる。綺麗に赤く染め上げられた空には朱紅みを帯びた雲がたなびいている。雨雲はない。確かに水滴を感じたのだが... 夕暮れを綺麗と思った自分の感情に思わず、自嘲の笑みを漏らす。 今回、自分は生き残った。だが、次の戦で生き残るのは、自分か、相手か。そして、国内における魑魅魍魎の戦いにおいて、自分の主はどれだけ勝ち続けられるか。 一体自分は、後どれだけ、この光景が見れるのだろうか。 この時代において、夜明けは誰のもとにいつ訪れるのだろうか?
Fin.
出典:万葉集(『イラスト古典 万葉集』米川千嘉子・里中真智子 学研)
ふりかえればそのとき、白く光を失った月が、西にかたむく。) |