キャット・テイル

作:マックさん♪



「またそんな頭で・・・。」
勝手に入ってきたあいつは、コーヒーを飲んでいたあたしに文句をつけた。
毎朝繰り返される光景。もう何年も続いている、朝の日課。
「あら、お早う、一帆君。コーヒー飲む?」
「あ、ありがとう、おばさん。貰います。」
あたしの髪を、持参したブラシで梳きながら、あいつは言った。
低血圧のあたしは、されるがままにしている。
文句を言うのも面倒くさい。
「お前、本当になんでキチンと髪を結ばないんだ。」
手早く三つ編みが出来上がっていく。・・・器用な奴・・・。
あたしの癖毛は、そのままではフワフワと広がっていってしまうので、
三つ編みが一番と、あいつは言う。
でも、一本に纏められた三つ編みは、それこそ猫の尻尾みたいだと思う。
腰まである長い髪。そのくせ細くて、一本に纏めたからって、たいした太さもない。
第一、髪留めでさえ、一番小さいのでなければ落ちてしまう程、髪自体が細いのだ。
・・・コンプレックスの塊のような髪。
なのにあいつは毎日やって来て、その髪に触るのだ。
「・・・行ってきます。」
鞄を持って立ち上がったあたしに、あいつも慌ててコーヒーを飲み干しついて来た。
「おばさん、行ってきます。」
「行ってらっしゃい、今日も香流をよろしくね。」
幼馴染とはいえ、娘が男といるのに、心配もしないのか。
いや、いっそ一緒になればいいとでも思っているのかもしれない。
そう思うと、ひどく疲れた気がした。
「おい、待てよ。香流。」
追いかけて来た一帆が、横に並んで歩き出す。
「・・・一帆、知ってる? あたし達、付き合ってるなんて言われてるのよ。毎朝一緒に歩いてるから。」
精一杯の厭味。なのに一帆は、あたしの鞄を持ちながら言う。
「言いたい奴には言わせとけ。」
「・・・あたし、もう体も丈夫になったのに。毎日一緒じゃなくてもいいのに・・・。」
溜め息、ひとつ。
そう。一帆にとってあたしは、体の弱い、お隣の女の子。妹みたいに守らなくてはいけない存在。
そんなの嫌なのに、十何年もの意識は、今も無意識下に深く横たわる。
知ってる? 一帆は高等部でも結構人気あるんだよ。手渡してくれって、手紙もたくさんある。
なのに『あたしのお守り』だから誰とも付き合わないで、毎日あたしに付き合っている。
足枷みたいで嫌なのに、一帆はちっとも気付かない。
「来年、短期部に進学したら、朝はバラバラになるね。」
「・・・ああ、そうかもな。」
毎朝、もっとゆっくりでもいいのに、あたしを送る為だけに早起きをする。
いくら高等部と大学部が隣り合わせとは言え、時間余ってるんじゃないの?
また、溜め息ひとつ。
「・・・帰り、寄る所があるから、待ってなくていいよ。」
校門の前。鞄を受け取りながら、あたしは一帆に言った。
「一緒に行くよ。何処?」
「・・・本当に、待ってなくていいよ。」
「香流・・・。」
予鈴の鳴る中、あたしは歩き出す。
「待ってるからな!」
背中に声が掛かる。あたしは振り向かないで、ひらひらと手を振って歩き続けた。

 放課後。
腕組みして正門にもたれかかっている一帆。
少し怒ったような表情であたしを見つけた。
「香流!」
「・・・待ってなくていいって言ったのに・・・。」
言いながら横を通り抜けようとしたあたしに、並んで歩き出す。
「香流。今朝の、あれ、何なんだよ。」
「だから、寄るところがあるって言ったでしょ。」
「だから、一緒に行くって。何処に行くんだ?」
「・・・美容院。髪を切るの。」
びっくりしたような一帆の雰囲気が伝わってきた。
あたしはそのまま歩き続ける。
「待てよ。それ、どういう意味だよ。」
「ん? 毎朝大変でしょ。だから切っちゃおうと思って。そうすれば、もうあたしの相手なんてしなくて良いんだよ。」
前を見たまま言うあたしの腕を、一帆は急に取った。
「どういう意味なんだよ・・・。」
唸るような低い声に、あたしは一帆の顔を見た。・・・久しぶりに見る一帆の顔。
毎日見ているからこそ、よく見ていないことに気付く。
あたしより12センチ高い身長に、軽く上を向いて目を合わせる。
「何で、十何年も毎日毎日、あたしの髪なんか編みに来るの・・・?」
「・・・まだ、気付かないのか?」
真剣な目に射抜かれるような気がする。でも、そんな筈ない。
と、いきなり腕を引かれ、あたしは一帆に抱きしめられていた。
「俺が何で毎日一緒にいるか、本当に分からないのか?」
「・・・分からないよ。あたしは一帆じゃないもん。」
「・・・あー、もう! 計画も全部台無しにしやがって!!」
一帆が抱きしめる腕に力を込めて叫んだ。
「一帆?」
計画って? と続けようとしたあたしの言葉を遮る様に、一帆は矢継ぎ早に喋り出した。
「お前が好きだから、毎日顔を見に行くんだろ? いつも一緒なのだって他の男への牽制だ。
19歳の誕生日に指輪を貰うと幸せになるって言ってたから、誕生日まで待つつもりだったのに、
何もかも台無しにして! お、おまけに髪を切るって、どーゆー事だよ!」
あたしからは見えない一帆の顔は、たぶん怒っているんだろう。でも、それでも。
少しだけ嬉しいと思っているあたしがいる。
「・・・返事は? 香流。」
深呼吸、ひとつ。ようやくいつもの声と調子に戻った一帆が言う。
あたしは一帆の腕をゆっくりと外し、一帆を見上げた。まだ少し赤い一帆の顔。
「香流。」
「誕生日、楽しみにしてるね。」
「香流!」
歩き出したあたしの隣に、一帆が並ぶ。
「でも、指輪なんて言っちゃって、サイズ分かってるの?」
からかうように言ったあたしに、一帆は口の端を少し上げて答えた。
「左手の薬指なら知ってるぜ。なんせ、長い付き合いだからな。」
・・・今度はあたしが赤くなる番だった・・・。

きっと、明日も一帆は髪を編みに来るだろう。
いつものように、でもちょっとだけいつもと違う一帆が。
「帰ろう。」
一帆の手が伸びて、あたしの手を取る。いつもの笑顔で、つないだ手に力を込めて。
「・・・この髪に触っていいのは俺だけだ。いいな。」
上の方で小さく聞こえる声。あたしも笑って頷く。


   明日も明後日も、あいつはあたしの髪を編む。




おわり


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背景イラスト:Copyright(C)Tomo Siraki 『しろくろねこの家