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「なに?」 軽いノックの音にリナは今取ったばかりのショルダーガードをテーブルの上に置きながら返事をした。 扉の向こうから聞こえてきたのは矢張り旅の連れのガウリイだった。 「なー、リナ、ちょっといいか?」 「? 別にいいけど?」 怪訝そうに首を傾げる。ちょっといいかも何もない。本当についさっき扉の前で分かれたばかりではないか。 「んー。入るぞ」 カチャリと扉が音を立ててそろりそろりと開かれる。それをリナはマントを外しながら見ている。 「で、何?」 眉根をやや寄せてリナが問う。それにガウリイはにっこりと笑うと、 「あのさ。近くに盗賊のアジトがあるんだってよ」 「………………………………はぁ?」 近くにうまい飯屋があるらしい、と同じノリでそう言った。勿論、リナは呆気に取られた後で盛大に顔をしかめたのだが。 「だからさ。盗賊だよ、盗賊」 「………………聞こえてるわよ。だから聞き返したの」 「なんで?」 ガウリイが心底不思議そうにリナの瞳を覗き込む。 「そりゃこっちの科白よ。なんでいきなし盗賊のアジトなわけ?」 普段は盗賊いぢめにいい顔をしないくせに、と唇を尖らせる。 「だって、リナの好きなものだから」 「………………………………はぁっ!?」 たまにはこんなバースディ 作:あごんさん♪ 「ホラ、だって明日リナの誕生日だろ」 言われてしばらくぼうっとしていたが、ふと我に返る。 「あぁ、そういやそうだったわね」 「うあ自分の誕生日忘れるなんか、ちょっとオヤジみたいだぞ」 「やかましーわね」 ちらりと睨んで手袋を外し、椅子の背に無造作に掛ける。それからぽりぽりと頬を掻いてガウリイを見上げた。 「んでリナちゃん思いのガウリイ君としては、リナちゃんに喜んで貰えるよーなプレゼントを無い脳味噌を使って考えたわけね?」 「ん、そう」 「ふーーーーーん」 半眼で実に面白く無さそうにリナが鼻を鳴らした。 「ガウリイ?」 「なんだ?」 「あたし、今から何しようとしてたかわかる?」 「……………………いや、わからん」 リナはくいっと後方に顎をしゃくる。ガウリイの視線がそれを追いかけた。 「アレ、ね。ショルダーガードを外したの」 「? ああ」 「そんでマントも外してるわ」 リナの両手が右耳に動き、金色の耳飾を外す。 「それから、手袋。コレね。二つとも脱いだわ」 「? ………ああ」 「それでっと」 リナの両手が今度は左耳で動き、やはり金色の耳飾を手際よく外した。掌の上できらきらと光を反射しながら二つの黄金が転がる。 「ほい。耳飾も二つとも取ったわ」 「………………………ああ」 怪訝な顔のガウリイにとびっきりの笑顔を向けて、 「さて、問題です。あたしは今から何をしようとしてるでしょう?」 そんな質問を投げかけてきたリナに、ガウリイは真剣な面持ちで考え込みやおら手をぽんと打つと、 「盗賊いぢめ」 「………………………………………………………………」 きっぱりと言い切ったガウリイにリナは固まったなりの笑顔を向けた。 「あほぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!! 風呂に入って寝るんじゃあああああぁぁぁあぁぁぁあぁぁっっ!!」 叫ぶなりリナは懐から出したスリッパでガウリイの頭を力の限りどついたのだった。 「いってえなっ!」 「あーうるさいうるさい」 抗議の声を上げるガウリイをさらりと受け流して、リナは手をぱたぱたと振る。 「はいはい、おやすみ。出ていきなさいよ」 「えっ!? 盗賊いぢめは行かないのかっ!?」 素っ頓狂にガウリイが、大袈裟なリアクションをすると、リナはじとりと睨んだ。 「行かないわよ」 「なんでだ? せっかく調べたのに」 腑に落ちない、と顔にでかでかと書いてガウリイが訊ねるのに、リナは面倒臭そうに答えた。 「だって、今、懐は充分にあったかいもの」 たしかに先日、大きな事件を解決してその報奨金でリナとガウリイの懐は充分に潤っている。 「え〜〜? でも金の亡者………じゃなくって、お金はあっても困らないってのが信条だろ、リナは」 言いかけた言葉を飲みこんで、ガウリイが常日頃のリナの口癖を言う。それにリナは何か言いたげだったが、上手く言葉が見つからないのか、結局は溜息を一つ落としただけだった。 「……………………何にせよ、あたしは今は盗賊いぢめって気分じゃないの」 ガウリイは明らかに意気消沈として肩を落とす。 「おれさ、今年こそはリナが喜ぶ物をあげたいんだよな」 「去年と同じでいーわよ。要は気持ちなんだから」 「去年と同じって…………肩たたき券のことか?」 ガウリイが情けない顔でリナを見る。リナはその表情に吹き出しそうになった。 「そ。あれって結構役に立つじゃない♪」 「リナ、あの肩たたき券の裏面を使ってメモ帳にしてたじゃないか」 「だから、よ。そろそろ次のメモ帳が欲しいって思ってたのよねぇ♪」 「それってなんか間違ってねぇかっ!?」 「全然間違ってないわよ」 はふ、と疲れたようにガウリイはあらぬ方向に視線を送る。 「じゃあさ。なんか欲しいものってないのか?」 「いっぱいあるわよ。当たり前でしょ」 即答するリナにガウリイは厭な顔をする。 「またアレだろ。目ん玉飛び出るくらい高いヤツとかだろ?」 「そーね。あと国宝とかもあるわよ」 あっけらかんとしたリナの態度にガウリイの記憶が昨年の今日へとリンクする。 『リナの欲しいものって何だ?』 『ん〜〜と、カズスの魔道書でしょ。ソルモルの指環、ケアフの蜜にキソウテンの葉。それから忘れちゃいけないティカリーの魔道書』 『………………………よくわからんがそれは簡単に手に入るのか?』 『ガウリイが五百人いてそれぞれが二百年くらい飲まず食わずで働き続ければ手に入る可能性もあるかな』 『………………………そぉか………………………』 「そーゆーんじゃなくってさぁ」 不満たらたらでガウリイが呻くのをリナは横目で見ただけで、さっさとベッドへと歩み行く。 「その気持ちだけで有難いって言ってんのよ。気持ちなんて形だけで表すもんじゃないでしょ」 「それくらいわかってるけどさ」 ガウリイは床を見ながらぶつぶつと続けたが、リナは肩を竦めてベッドのシーツをばさりと広げた。どうやら相手にする気は無いらしい。 「とにかくもう眠いの。おやすみ、ガウリイ」 やや強引に話を打ち切ってリナはガウリイの広い背中を扉まで押した。 「…………………わかった。おやすみ、リナ」 不承不承ながらもガウリイは気持ちを切り替えたのか、いつもの笑顔を作って軽く手を振った。扉がぱたんと閉まるのをリナもガウリイも黙って見つめてから、 「わかってないなぁ」 と、同時に小さく呟いたのだった。 リナはいつもガウリイを喜ばせてくれる。 だからガウリイはリナと旅をするようになってから誕生日がとても待ち遠しい。 長い、当ての無い旅だから金銭に困る時だってある。例え金銭の工面に困ってる時でも、リナは高価でなくても、一生懸命に考えてガウリイにプレゼントをくれる。一年目の誕生日はお金がある時だったので名工の手による短刀をくれた。凝った飾りは無いがしっとりと手になじむような感覚が嬉しかった。知らない間にガウリイの剣の柄周りを調べていたのだろう。二年目は少しお金に困っていた時で、リナは手作りのケーキと服を一着作ってくれた。そして今年は手袋と旅用の袋、そして靴を貰った。どれもちょうどぼろぼろになっていたのでいつ買い換えようと考えていたところだったのでとても嬉しかった。 「だからおれもリナに喜んでもらいたいのに」 ベッドに仰向けに転んだままでガウリイは眉を寄せた。 一年目の誕生日は知らないうちに終わっていた。まだ出会って二、三ヶ月のことだった。 二年目の誕生日は考えた末にぬいぐるみを贈った。受け取りながらリナはどこか乾いた笑いを浮かべていた。今思えば少し幼稚すぎた感がないでもない。三年目の誕生日は前述の通り、肩たたき券を贈った、が、その翌日にはメモ帳に変わっていた。 「今年こそは喜んでもらいたいのに」 いじけたようにガウリイは横を向いて目を閉じた。 「わかってないなぁ」 そう憂鬱に呟いて。 「ぬいぐるみに肩たたき券に盗賊いぢめ情報ねぇ」 リナは忍び笑いを漏らす。 どれもそれなりに嬉しかったのだが、どうやらガウリイには伝わらなかったらしい。小さな頃からそうだった。いくら喜んでいてもこの性格が上手にそれを表現してくれなかった。 ぬいぐるみだって可愛いし、嬉しかった。ただ、意表を突かれただけで。 肩たたき券も笑ってしまったがちゃんと自分の体を考えてくれてるガウリイに感謝だった。メモ帳にしたのはリナが肩凝りとは縁がない体質だということでしかないのだが。 「気持ちが嬉しいって気持ちは、伝わらないもんね」 リナは瞳を閉じて手足を投げ出した。 明日は誕生日。 祝うって想いは物を贈ると同義語ではないと思う。 「わかってないなぁ」 今一度呟いてリナは息を吐き出した。 壁一枚隔てた隣の部屋で、ガウリイが同じ言葉を口にしているとはわかるはずもないままに。 忙しないノックの音に快眠の時は破られた。リナはあからさまに不機嫌な顔をする。 「リーーーナっ! 起きろって! もう昼前だぞっ!」 「………………え?」 そんなに寝てしまったのか。慌てて窓の向こうを見た。確かにカーテンの隙間から差し込む陽光は朝の淡さを持たず、昼間の眩さを放つ。 「あちゃ〜」 しまったとばかりに額に手を勢いよく当てると、リナは扉の方へと顔を向けた。 「ごっめーーーーん、ガウリイ! すぐに降りるわ!」 言葉の終わらぬうちにベッドから出るとパジャマの釦を乱暴に外す。 「おう!」 威勢のいい返答が扉の向こうから聞こえた。 別に急ぐ用事のある身ではないが、昼まで眠っていたとは少々不覚であった。昨夜はいやに寝付けなくてただ輾転反側のリナだった。ガウリイが自分の誕生日で頭を悩ませていることが気になってしょうがなかったのだ。人に気を遣われるのも人に気を遣うのも、あまり得意ではない。 しかし先ほどの声の調子では当のガウリイはもう気にしてないかもしれない。 それはそれで良かったが、なんだか眠れずに悶々とした自分を思うと、バカらしくも感じる。 手際良く着替え終えると、リナはぱたぱたと小走りに駆けて一階にある食堂へと向かった。 そこでふと思い至る。 ―――ガウリイったら、なんで起こしてくんなかったのかしら。朝食は食べてないってこと? いやいやと内心で頭を振る。 あのガウリイが朝食を食べないなんて有り得ない。かといえ自分を置いて一人だけ食べるはずもない。ならば導かれる結論は一つだ。 ―――ガウリイも寝坊したのね。 そう考えると吹き出しそうになる。なんだかその理由も容易に思いつくではないか。 食堂の入り口を抜けると一番奥のテーブルにガウリイがいた。窓の向こうの青を見ていた青がこちらに向けられる。途端にその秀麗な顔に優しい笑みが浮かんだ。 「リナ!」 ガウリイは中腰の姿勢で椅子から尻を上げると、両手を真上でぶんぶかと大袈裟に振る。 旅も初めの頃はガウリイのこの行為が苦手だったとリナは思い出す。 「ごめんごめん、ガウリイ。お腹減ってんでしょ」 両手を軽く目の高さで合わせてリナは軽やかにテーブルにつく。 「いや、実はおれもさっき起きたんだ」 「ぶっ!」 「なんだっ!?」 椅子の座る前に吹き出したリナにガウリイは驚きの声を上げた。それにリナは肩を震わせて、 「………ぷっくく………なんでもないわ………ぷぷっ」 適当な返答をしただけだった。腑に落ちない顔をしてガウリイがリナを見ていたが、リナがなんでもないと言うならそうなのだろうと納得はする。 とりあえず朝食を兼ねた昼食をということでお互いに異なった食事セットを三つずつ頼む。 食堂は昼前にしては少し空いていた。まだ半分も椅子が埋まっていない。しかしそろそろ昼食を食べに人がなだれ込むだろう。 喧騒の時がやってくる前にとガウリイが意を決して口を開いた。 「リナ?」 「ん? なに?」 呼ばれて仰ぐ赤い瞳には優しい色が滲む。ガウリイはリナの瞳を見るの好きだった。 全体的に色素は薄いだろうと思う。白い肌はこれだけ陽光の下を旅しているのに日焼けを知らないようで、細いが量の豊富な栗色の髪は光に透けるとなんともいえない色を浮かべる。小さな唇は奇妙に桃色を漂わせ、健康的とか色気のある色ではないが、皮肉に笑っても爆笑してても相応しいと思う。どんな種類の笑みであれ、それをリナ色にする唇だと思っている。 赤い瞳は角度によっては色が違って見えるのが不思議だった。 「あのさ、おれさ」 「うん」 「ゆうべ考えてたんだよな」 「………うん」 ガウリイは揺ぎ無い視線でリナを見つめる。真っ直ぐな瞳だ。 「リナの誕生日に何をしてやれるかなって」 「………うん」 リナはガウリイの話に必ず相槌を打つ。最早それは癖に変わりつつあるほどに。 「何をあげれば喜んでもらえるかなとか、そーゆー手のことをつらつらと、な」 「………………………ん」 ガウリイは短く苦笑する。 「リナが喜ぶものはリナが欲しいものだなんて思う。欲しいものは喜べるもんだって考えてた」 ふふっとリナが笑う。それを見てガウリイもつられるように笑った。 「じゃあ何が欲しいのかなんて考えてもなにも出てこないんだ。これだけ近くにいてもわからん。 そんで喜んでくれるものを考えてみたんだ。それは幾つか候補があったけど。昨夜のうちに断れてたしさ」 「そね」 「そのうち、誕生日って何かなってことに考えが及んじまったんだよなぁ」 「説明したげようか?」 悪戯っぽいその目。 「わかってるよ。リナが生まれた日だろ。それが何で目出度いのかを考えたんだよ」 ぷぅと軽く頬を膨らませるガウリイに、リナはまた笑った。 「この世に生まれるってのはすごいことなんだよな、きっと。色んな喜びや悲しみがあって、それを経験できるってことなんだよな。生まれるってのはそういうことなんだよ。人と出会って話して笑って泣いて、さ。厭なことも良いことも同じ数だけあって、生まれたことを呪う日もあるけど、それだって生まれたからだし、感謝することも生まれたからできるんだよな」 「………………………うん。そうね」 「だからなんで誕生日が目出度いのかって云うと、やっぱり生まれてきたからなんだよ。それを祝うっていうのは結局さ」 そこで言葉を切ってガウリイは身体全体で微笑した。 「生まれてきて、おれと出会ってくれて、一緒に色々と感じてくれて、ありがとう。 だからリナの生まれたこの日がとっても嬉しいんだ。誕生日おめでとう、リナ」 リナも微笑う。花のように、鮮やかに。 「ありがとう、ガウリイ」 「おれが喜んじまってるけどさ。でも喜ばせようなんてそんなの違うんだよな。祝う日なんだよ。嬉しい日なんだよ。だからとっても御目出度い日なんだよな」 「それでいーじゃない。あたしだって生まれたことに感謝してるし、祝ってもらえることが嬉しいのよ」 優しい時間がゆっくりとゆったりと二人の間を取り巻き、それでも流れ続ける。 そしてガウリイはごそごそとポケットをまさぐりだすと、それをそっとテーブルの上に置いた。それを静かにリナの方へと滑らせると照れたように頬を掻く。 「ん〜〜〜、でも一応、作ってみた」 リナはそれをやや呆気にとられてから手に持った。白い紙束には丁寧ではないが、雑さを感じさせない字が書かれている。 「ありがと」 短い感謝の言葉の終わりに破顔する。 白い紙束―――そこには『肩たたき券』と書かれてあったのだ。 肩たたき券を懐に、大事に仕舞いこむとリナは内心で苦笑する。 今回は、メモ帳にする前に一度くらいは肩たたきをしてもらおうか。 そう呟きながら。 |