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「そ、それで? ホントに対決しちゃったの!?」 やはり聞き役向きではないリナは、ついつい尋ねてしまった。 しかしネイムは気にすることなく、むしろ楽しそうに微笑む。 「ああ、本気でね」 「――どこが本気ですか。 あなたは一回もまともに剣を振るいもしなかったくせに」 記憶容量最低ランクのガウリイでも、さすがにこのコトに関しては忘れられなかったらしい。 「ばぁか。 本気でやってなかったら、今頃おまえの首と胴はくっついちゃいないぞ」 リナにはその意味がわかった。 ネイムがガウリイ並みの戦士となれば、人間を切り捨てるなど呼吸する程に容易いコトなのだろう。 剣でかかってくる少年を切らないように対峙する方が、よほど配慮が必要に違いない。 「結果は――聞かなくても、どうせ明白なんでしょうけど――」 リナの呟きを、ガウリイが受けた。 「それがなぁ――、とんでもないんだぜ、このヒトは」 ネイムは肩を振るわせて、大笑いするのを我慢しているようだった。 岩場に、剣を交わる音が響いている。 正確に言うと――ちょっと違っているのだが。 「勝負するって――言ったじゃないか……!」 ガウリイの息はもう上がり始めている。 一方の俺は、まだ汗もかいていない。 「『試してやる』と言ったんだ。 悔しかったら、俺に剣を振らせて見るんだな」 また至って素直に、ガウリイが斬りかかってきた。 技術もセンスも悪くはない。 スピードも十分だ。 じゃっ! 耳障りな音を立てて、俺の向けた剣の上を滑るように、ガウリイの刃が流れて行く。 さっきからこれの繰り返しだった。 傭兵同士の戦闘では、相手の技量や力量をいかに早く確実に見抜くかと言うのも勝敗を左右する。 この子供、間違いなく天賦の才はある。 おそらくきちんとした剣術の手ほどきも受けているに違いない。 だが。 きぃん! その性格そのままなのか、あるいは騎士的な教育を施されてしまったのか、あまりに太刀筋が素直過ぎる。 正式に型などから教えられた場合にはありがちなことだが――、いわゆる『剣術』のための剣の技であり、『戦闘』のためのモノではない。 綺麗な型通りに剣が振るえたからと言って、相手を斬れるモノではない。 おそらく――、実刀では動物すら斬り捨てた経験もないのだろう。 血の臭いのしない剣士。 これでは人斬りの生業など出来るはずもない。 そして、決定的な不適正。 傭兵となるには不可欠な『駆け引き』が、全くと言っていいほど欠落している。 剣撃は刃を交えるだけが、戦い方ではない。 こんなにも容易く太刀筋が読めてしまう相手なら、力押しで打ち合う必要すらないのだ。 ただ力を受け流して、斬り捨てる方がはるかに楽だ。 これがもし真剣勝負だったなら、最初の一手でガウリイの首が飛んでいたろう。 ガウリイの息がすっかり上がってしまっていた。 対決と言うよりは鍛錬のように、一方的に打ち込んでばかりなのだから、仕方ないか。 可哀相だが―――そろそろ潮時だな。 こちらも本来の商売に戻るとしよう。 殺気を出すようなドジは踏んでいないはずなのだが、ガウリイの方では何か感じたのか――ちょっとした変化が起き始めた。 太刀筋が変わったのではない。 徐々にスピードが上がり、俺の受け流す方向に合わせるようになってきた。 おそらく無意識でやっているのだろうが、戦闘の最中にこれが出来ると言うのは希有な話だ。 無論、それでもこちらとて簡単にやられたりするわけではないが。 しかし、刻々と変える戦術を見極めようとするように、必死に追いすがってくる。 単に生き延びたい一心からかもしれんが、それもまた傭兵には必須の要素だった。 ――これは――鍛え方次第で、面白いシロモノになりそうじゃないか? もはやフラフラになって来たガウリイは、決意したように大きく息を吸い込むと、上段から切りかかって来た。 「はああああああああっ!!」 ぎぃぃんっ!! 俺は初めて、真正面からその刃を受け止めた。 「くうっっっ……!」 ガウリイが満身の力を込めてくる。 残念だが、この程度の力押しなどでは負けてやれない。 刃を上方に跳ね上げると、あっさりと少年の手から剣が放れて飛んだ。 勢いのままこちらに倒れ込んでくるガウリイを避けながら――、一言呟く。 「俺が引き受けてやる」 驚いて無防備に振り返ろうとするその後頭部に、俺は後ろ手に剣の柄で一撃を見舞った。 ガウリイは、いともあっさり地面に沈む。 「――な、なんで――汚――いぞ」 少しだけ顔を向けて、戸惑いの問いを寄越すガキに、剣をしまいながら笑いを見せてやる。 「ばぁか。油断するからだ。 傭兵の戦いに卑怯もクソもあるか。 最初のレクチャーをしてやろう。 傭兵のドンバチってのは、たとえどんな方法を取っても、最後に立っていた方の『勝ち』だ」 ガウリイは何か言おうとしたようだが、そのまま気を失った。 「いつまでも油を売ってるつもりだ。 こいつはたった今から、俺達の仲間だ。いいな?」 仕事も忘れ去ってじっくり見物していた部下の傭兵達に、俺は言い放った。 皆、この子供の才はわかったのだろう。 誰一人、異は唱えない。 「ゴード。 ガウリイを俺のテントに放り込んでおけ」 「はい……って、隊長っ!?」 俺はぐるっとそこにいる連中に視線を巡らせる。 「こいつは俺がもらった。 おまえ達は手を出すんじゃないぞ。いいな?」 傭兵共の集まりだからこそ、力関係は絶対の不文律だ。 指揮権を持つ者に逆らえば、わざと危険な任務をあてがわれる可能性もある。 そんなごり押しするシュミはないが、逆手に取れば厄介を封じる力にもなる。 何せこのガキと来たら―――。 「すっかり遅くなっちまったな。さあ、夕食にするぞ」 もう一番星どころか、満天の星空になっていた。 寝ずの番に当たっていない連中がテントに引っ込んだ頃、ようやくガウリイが目を覚ました。 とっさに状況がわからないらしく、しきりに目をしばたたかせている。 「吐き気や頭痛はしないか?」 剣の手入れをしながら訊くと、ようやく俺の存在に気付いたらしく、がばっと起きあがった。 「てててて……」 「急に起きるからだ。 まだ痛むようなら冷やしておけ」 柄でぶん殴られた所を押さえながら、ガウリイが俺をまじまじと見つめる。 「――ここ――は?」 「俺専用のテントだ。 今日からここで寝ろ」 めまぐるしく表情を変えた後、ミョーに気の抜けた事を言う。 「――オレ、ぶっ倒されたんじゃないのか?」 「望みなら、今からでもトドメを刺してやるが?」 剥き身にしていた剣を持ち替えて示してやると、ガウリイはぶんぶんぶん、と、首を振って、痛みに突っ伏す。 「ばぁか」 「――じゃあ、オレ、傭兵になれるんだ」 「まだわからんな」 剣をしまってから、正面からガウリイを見据える。 「これから俺が仕込んでやる。 戦術も剣術も兵法も、傭兵に必要なモノは何もかもな。 もし付いて来れなかったら、おまえの負けだ。 即行、今日の貸しを返してもらう。いいな?」 ガウリイはこくんと頷いてから――、怪訝そうな意志を見せた。 「――どうしてそんなに面倒を見てくれるんだ? オレだって、代価なしで傭兵が動かないってコトくらいは――」 「無報酬じゃ信用出来んか?」 「――そ、そういうワケじゃないけど……」 まあ、無理はないか。 いつ自分の首をはねるかわからん相手を、簡単には信用出来んだろう。 「代価があるのか?」 俺の問いに、ガウリイはポケットから革袋を出す。 「今はこれしかないけど……」 中身が何だったにしろ、大した額ではなかろう。 「あのなぁ、指揮官を務めるクラスの傭兵が、そんなはした金で雇えると思ってるのか?」 モロに困惑する面〈ツラ〉を見て、俺はふといたずら心を起こした。 「――そうだな。代価がまるっきりないってワケじゃないか」 薄暗く狭いテントの中、ガウリイの方に向かってわざと乗り出してやる。 「な、何が? ――あ、剣はダメだぞっ」 まだ意味がわかっていないようで、慌てて剣を自分の後ろに隠す。 「そんなモノじゃないって」 俺はさらに近付いていく。 「おまえ、もう男か?」 「は??? 生まれた時からそうだけど?」 吹き出しそうになるのを必死に堪えて、さらに突っ込む。 「そうじゃなくて。女を知ってるか?って訊いてるんだ」 「女だって――その辺にだっていっぱいいるじゃないか」 ――こいつ、思考回路も至極シンプルに出来てるのか、持って回った言い方だと理解出来ないらしい。 「大人の男と女がヤル事は知ってるか? 少しは旅してたなら、すけべぇ系の店なんかは見たろう?」 ここに至ってようやく意味がわかったらしく、ガウリイが見る見る真っ赤になった。 こりゃ、まだガキだな。 いかんな、ますますからかってみたくなっちまう。 「おまえが俺の夜の相手をするなら、代価はいらん。――どうだ?」 ほとんど間近まで顔が近付くと、ガウリイは引きつった顔で身を引いた。 「オ、オレ、女じゃないから無理だってば」 「野郎でも代わりは出来るさ」 「ど、ど、ど、どう……」 「男にも穴はあるからな」 一瞬呆然とした後、ガウリイから血の気が引いた。 「あ、あんた、そんな……シュミがあるのか……!?」 「傭兵はこんな風に詰めていると、女日照りになるからな。珍しい話じゃない。 言っただろう? 傭兵家業に必要な事は、俺が仕込んでやるって」 「だ、だからって、こんなコトまで……!」 「俺で不満なら、今すぐ外に放り出してやるか? 頼まなくても、他の荒くれ達が念入りに教えてくれるだろうさ」 これは別段、誇張でも何でもない。 まして、こんな美少年が紛れ込んできたんだ。 俺がさっき奴等にクギを刺しておかなければ、今頃はそれこそ飛んで火にいる状態だったに違いない。 さっきよりもさらに過酷な戦が待っているとは、思いもしなかったのだろう。 ガウリイに絶望的な表情が浮かんだ。 ――だめだ、限界だ。 俺は思いっ切り吹き出してしまった。 ガウリイが呆然としているのはわかったが、どうしても止まらない。 ひとしきり笑った後、俺は涙を拭きながら起き直った。 「ばぁか。冗談だ」 ガウリイの目が見開く。 「俺は女の方がいい」 「――って、からかったのか!?」 真っ赤になって殴りかかってくる細っこい腕を軽く受け止めて、トドメをさしてやる。 「別に男とヤるのにも抵抗はないぞ」 慌ててまた身を引くガウリイ。 俺はまだ笑いの余韻を引きながら離れた。 「明日起きたら、他の連中には『尻が痛い』とでも言っておけ」 「はあ? 何でさ」 「ウソも方便ってヤツだ。 俺の手付きになったフリをしておけば、誰も手を出したりせん。 自分で身を守れるようになるまでは、それでしのいでおくんだな」 悲壮ぶるシュミはないが、久しぶりにこんな楽しい思いをした気がした。 自分の毛布を被った俺に、ガウリイがようやく答えてきた。 「あ、ありが――とう」 「それからな」 わざと声のトーンを落とす。 「二人きりの時はかまわんが、他の連中の前では、俺の事は『隊長』とでも呼んで敬語を使え。 いくら気に入りになったと言っても、半人前は半人前だ。 実力の伴わない存在を、傭兵は対等に見てくれない。 周りからいらん反感を買っちまったら、苦労するのはおまえ自身だからな」 毛布の中から言ってやると、ガウリイはまた素直にうなずいた。 「わかった――じゃない、わかりました。ネイム隊長」 「こんなトコかな」 まだその時の笑いの余韻を引きずっているように、ネイムは楽しそうな笑顔をしていた。 「そ、それで?」 リナの問いをガウリイが受ける。 「次の朝、隊長に言われた通り、他の奴等に言ったら――。 『ああ、可哀相にな』って」 「か、可哀相?」 ネイムはひたすらくすくすと意味深に笑っている。 「だが――。それから、随分長いこと付き合ったよな」 「良いコトも悪いコトも、たっぷり教えていただきましたしね」 ガウリイは苦笑いを浮かべている。 「だから今まで生き延びてるじゃないか?」 「感謝してますよ、そのコトはね」 「生命のやりとりもしたし、あの事でも―――」 「――そっちは忘れましたって」 「都合のいい記憶力だ」 「隊長が良すぎるんです」 まだまだ男二人の会話は続いている。 しかし、リナは黙ったまま、想像の海にどっぷり浸ってしまっていた。 ネイムとガウリイの出会いと、その関係の深さはよくわかった。 わかった――が、どうしても拭いきれない疑問が一つ。 つまり――この二人の間に『そういうコト』が本当にあったのかどうか。 けれどこのリナでも、どうしても訊けなかった。 聞いたが最後、とんでもない答えが返って来そうで――、この性格のワリには色恋事にはやたらと純情な少女には、何よりもコワい気がしたのだ。 そして、その真偽は――。 後、ガウリイは最期の最期まで、それに関して語る事はなく。 リナもあえて訊くこともなく。 何もかも知っていたはずのネイムも、死をもって完全に口を閉ざし。 全ては―――永遠の謎になる。 |