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すっかり気の抜けた部屋で、インバース氏は新しい葡萄酒の瓶を開け、ガウリイは料理を頬張りだした。しばし無言のまま、方やグラスを傾け、方や料理を咀嚼する。一通りの皿を食べ終えて、ようやくガウリイが口を利いた。 「なあ」 「ん?」 「ここの料理、確かに旨いな。お義母さんやリナほどじゃないけど、かなりいけるよ」 「まあな。酒と料理は悪くない店だ。しかし、店主があんなクワセモノだったとは知らなかったぜ」 また苦笑を交わすと、フォークを置いたガウリイに、インバース氏が葡萄酒を差し出した。何杯かを酌み交わし、また新しい瓶を開ける頃にインバース氏が口を開いた。 「おいこら」 「ん?」 「リナは処女だぞ」 「そうだったな」 過去形で応じたガウリイに眉を顰めながら、声は荒げないままでインバース氏が続ける。 「おまえはどうなんだ? かなり遊んだか?」 「俺も一応、処女・・」 「ベタな返ししてんじゃねえよ。誰が後ろの話しをしてる」 ガウリイの悪戯っぽい口調に、インバース氏の声が被さった。冗談を外した照れで髪を掻きながら、こんどはまともに答えた。 「まぁ、不自由しない程度にはいたよ、女。家を出たばかりの頃は、女に喰わせて貰ってたこともあったしな。その辺は親父さんもご同様だろうから、わかるだろ?」 葡萄酒を嘗めながら聞いていたインバース氏が、小さく頷いた。 「傭兵あがりでそのツラなら、まあそんなもんか。そのことは、リナには?」 「言えるわけないだろ? 初めてじゃないってことはわかってるだろうけどな。でも、リナと知り合ってからは、他の女に手を出しちゃいないぞ。勿論、商売女も含めてな」 もう一度、小さく頷いた。視線だけをガウリイに向ける。さっきのような酔眼交じりではなく、気迫だけで据わった眼。 「これからリナ以外の女に手を出しやがったら、必ず殺すからな。リナも殺りたがるだろうが、あいつが出るまでも無い。俺が殺す」 「リナに殺されるのも、家族に殺されるのも、どっちもごめんだよ」 口調だけは軽く、だが未来の義父の眼光をガウリイは正面から受け止めた。 ほうっと息を吐いて眼光を緩めると、ふたりしてグラスを傾ける。 「ところでさ、親父さん」 「あん?」 「その、式のことなんだけどな」 ガウリイとリナがまだ正式に結婚できていないのは、インバース氏の嫌がらせだけでもなかった。「準備ができたら式を挙げるから、それまでちょっと待ってくださいね」と、ミセス・インバースとルナが言ったのが最大の理由だったのだ。その準備というやつが、ガウリイにはいまひとつわからないでいた。 「ハニーとルナが準備してらあ。もちっと待ちな」 「いやその、準備はいいんだけど、俺の方は・・」 言い淀むガウリイに、 「お前の家からは呼べねえわな。ほとんど死んでるし、生き残ってるやつもワケアリすぎる。式場で血を見るのはごめんだしな」 事も無げにインバース氏が言ってのけた。微かにガウリイの顔色が変わる。 「知ってるのか?」 「知らいでか。エルメキアのガブリエフ家のことなら、もとから耳にしてらあな。けど、リナにとっちゃ一生に一度の祝い事だ。うちの家族だけじゃ寂しいだろ。だからルナが、リナとお前の友人を呼ぶって、招待状を送ってたぜ」 怪訝そうな色がガウリイの表情に浮かぶ。 問いかけようとしたガウリイの目の前で、インバース氏が懐から取り出したタバコをくわえ、どこからともなく出したマッチを靴の裏で刷って火をつけた。 「あんた、またタバコ・・」 「うるせえよ。娘の結婚の話なんざ、酒呑んでタバコふかしながらでもなきゃ、やってられるかってんだ」 タバコの先を指差したガウリイに、かったるそうに答える。 「嫁さんや娘に嫌がられるんじゃなかったのか?」 「ルナとリナは煙や臭いが嫌いだからな。ハニーは別に嫌がってるんじゃねえぞ、俺の健康のために止めてるだけだ」 淡々とした口調だが、実は惚気ているらしいことはその脂下がった目をみればわかる。 「どっちでもいいけどさ。知らないぜ、帰ってから怒られても」 ちょっと肩を竦め、苦笑を浮かべながら言うガウリイに、 「お前が言わなきゃわからねえよ。黙っとくのが男同士の仁義ってもんだぜ」 抜け抜けとインバース氏が応える。思わずガウリイが噴出した。 「あんた、前に俺と呑んだときタバコ喫って、たしか2,3日キスして貰えなかったんじゃなかったっけ?」 「うっせえっ!! てめえは余計なこと言わんでいいんだよっ!」 また機嫌を損ねかけた様子に苦笑して、慌ててガウリイが話題を戻した。 「それで、リナと俺の友人ってのはいったい?」 「セイルーンとサイラーグにひとりずついるだろ。あと、旅してるやつがふたりだな」 セイルーンのアメリアとサイラーグのシルフィールは、確かに身元もはっきりしてるし居場所を探すのも苦労はないだろう。しかし、 「旅してるやつって、ひとりはゼルガディスか?」 「ああ、そんな名前だったな。赤法師の縁者だとか聞いたが、けっこうな遣い手らしいな」 「どこを旅してるかもわからないのに、どうやってあいつを呼ぶんだ?」 ゼルガディスのおそらくは数少ない友人であろうガウリイやリナにも、放浪しつづけている彼の居場所はわかりようがない。招待状など届けようもないはずだった。 不審そうなガウリイに、インバース氏がにやりと笑いかけた。 「ゼフィール・シティ商人組合の情報網を甘く見るなよ。ちょいと知れた人間なら、どこにいようと見つけられない事ぁねえよ。招待状は送っといたから、まあ3月もすりゃあこっちに来るだろ」 「はあ・・・・商人組合ね・・・・」 ゼフィールに来て3月経つが、未だにガウリイには理解できない商人組合の力を、また見せ付けられるようだった。理解できなくても気に留めない、という性格のガウリイでなければ、疑問の大きさに夜も寝られるところだったろう。 「それで、招待状ってのは?」 「こいつだ」 インバース氏の懐から、1通の手紙が出てきた。 ---- あのリナがこの度婿を連れて帰って参りました。 誰が婿かは、皆さんのご想像どおりと存じます。 つきましてはご友人の皆様方をお招きして、ささやかな挙式を催します。 皆様が到着され次第式を挙げますので、至急お越しください。 インバース家一同 ----
「・・・・・・なぁ・・・・結婚式の招待状ってこういうのでいいのか?」 大抵のことなら気にしないガウリイでも、さすがにこれには呆れた。が。 「こいつはルナが書いたんだ。おまえ、ルナに文句言う度胸があるか?」 インバース家を訪ねて早々に味わったルナの“試し”を思い出し、咄嗟にガウリイは首を横に振った。背筋を冷たい汗が走る。腕試し・器量試しであれでは、下手に逆らおうものなら命がいくつあっても足りはしない。 「そいつが賢明だ。ま、式のことはルナ達に任せとくんだな」 悟ったような顔で頷くインバース氏の額にも、なぜか一筋の汗が流れていた。 手の甲で汗を拭うと、インバース氏がグラス片手に言った。 「お前は俺にくっついて、商売の修行してればいいんだよ。一生、斬った張ったで喰っていくわけにもいかねえし、リナと暮らす気ならこれが無難な線だ」 「商売か。剣しか知らない俺に、できるもんかな? だいたい、修行というより単なる嫌がらせみたいな気もするんだけど?」 心なしかじとりとした目を向けるガウリイに、 「俺も傭兵あがりだが、今は商人だぜ? それにな、女房の親父の嫌がらせにおたおたするくらいなら、女と暮らすなんざ10年早えよ。男親と婿は不倶戴天の敵と、昔っから相場が決まってるんだ」 葡萄酒を嘗めながら、なにやら虚空を見上げてインバース氏が答えた。 ふと思いついてガウリイは尋ねてみた。 「もしかして、親父さんもそうだったのか? その、お義母さんと一緒になったとき」 虚空を見上げたまま、インバース氏の眉間に青筋が寄る。 「あのくそ親父ときたら、頑固で融通がきかねえで、扱い難いったらありゃしねえ。ハニーの父親でなけりゃ、ぶった斬ってたとこだぜ」 心もち上の空で何かを思い出しているらしい義父の様子に、ガウリイが大声をあげて笑い出した。 「何が可笑しい?」 憮然とした面持ちのインバース氏に、 「だってなあ。なんのこたあない、親父さん、自分が嫁さんの親父にされたことを今度は俺にしてるわけだろ? 俺もそのうち同じことをするのかと思ったらな」 笑いながらガウリイが言うと、インバース氏も噴出した。 「違いない。所詮男親と婿は仇敵なんだよ」 ひとしきり笑い転げたあと、 「おい、天然。酒と料理が足りねえな」 と、すっかり空になった卓上を見渡して義父が言い、 「叱られる心配のないところでもうちょっと呑みますか」と、婿が応じる。 大声で呼ばれた店主が腹を揺すって入ってくると、酒だ肉だ魚だと矢継ぎ早に注文を受け、胸のうちで算盤勘定も軽やかに、次々に注文の品を運んでくる。 かくて、不倶戴天の仇敵同士は、そのまま明け方までアウストロで呑み続け・・・・ 翌朝、ホクホク顔の店主に1ダース以上の葡萄酒と山盛りの料理の代金、そのうえ大枚の心づけまではずむ羽目になったのであった。 店主がいつも以上に愛想良くふたりを見送ったことは、言うまでも無いだろう。 「へいへい、毎度どうもありがとうございました。旦那も若旦那も、ヴェンツへお越しの際はまたアウストロ(南風亭)をご贔屓に♪♪」 <蛇足> ・・・・5日後。 もしこれで幕を引けば、それなりに味わいのある男同士の交誼というものだったのだろうが、しかし世の中はそう甘くはないのであった。 すなわち。 ゼフィール・シティに戻ったガウリイは、インバース氏の喫煙を約束どおりミセス・インバースには告げなかったが、インバース氏は愛娘に未来の婿の女出入り----しかもあることないこと----を愛娘の前で“ついうっかり”口を滑らせたのである。 かくして、ガウリイは全身隈なく火傷と生傷を負いながら、未来の花嫁の前で必死にご機嫌を取り続ける羽目となった。その姿を肴にインバース氏が「まだまだ青いぜ、天然」と陰で祝杯を揚げたことは、言うまでも無い。 男同士の話と思い込み裏を感じなかった辺りが、海千山千の中年男に対するに自分の青さだったのだと、ガウリイは身をもって思い知らされたのだ。 そして。以後も不倶戴天の仇敵たる義父の暗躍は当然続き、愛妻家----恐妻家、とも言うが----の婿は大いに頭を抱えることとなったのである。 めでたしめでたし、なのかな? |