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「なあ、リナ」 つんっ、とガウリイがあたしの袖を引っ張った。 あたしはそれには答えない。 かまわずにガウリイは言葉を継いだ。 「明日って『新年』なんだよな。それって夜中まで騒いで、たくさんご馳走が 食べられる日ってことだよな」 「………脱力するようなその台詞、確か去年も聞いたわね………」 あたしは本からろくに顔も上げずにガウリイに答えた。 生憎、あたしは忙しい。 旅の途中で立ち寄ったこの町には、かねてからあたしが求めていた呪文の手が かりが書かれていた本があったのだ。 脅迫まがいの理屈を押しとおして、どうにかこうにか借り出した本を、今、あ たしは解読している。 今日は、冬の一番長い日。 一年が終わり、また新しく始まる、区切りの日だ。 そのせいってことはないだろうけど、外では豪快に雪が降っている。 寒いのがきらいなあたしとしては、あまりありがたくはない日だった。 祭りがあろうがなんだろうが、こういう日は本など読んで部屋の中でぬくぬく しているに限る。 でも、こういう日は、ガウリイにとってもどうやらありがたくないらしい。 剣術と体術以外に取り柄のないガウリイは、ほとんどする事がなくなってしま うからだ。 今も、あたしの隣で、何をするでもなく、ぱったんとソファーの上に寝そべっ ている。 長すぎる足が、ソファーからはみ出しているのは、見ようによってはなかなか笑 えてほほえましい。 しばらくすると、ガウリイがまたつんっとあたしの袖をひっぱった。 どうやらよほど退屈しているらしい。 「なあなあ、リナ」 「………なによ………」 あたしは低い声を出す。 でも、やっぱりガウリイは気にしなかった。 「ご馳走があるからには、デザートもつくよな。ケーキあるかな。苺のケーキ」 「今は冬でしょ。苺は冬にはできないの、って………なんだかこのやりとりも 去年やったわね………」 あたしは大きく肩でため息をつくと、読みかけの本をあきらめて、テーブルの 上にそっと伏せた。 肩からずり落ちそうになったショールを慌てて押さえる。 どうでもガウリイは人の邪魔をしないと気が済まないらしい。 あたしは仕方なくガウリイの方に向き直った。 あたしの注意を引くことに成功したガウリイがにこっと笑ってあたしを見た。 「なんだ、本読んでてもかまわなかったのに」 「………さっきから邪魔ばっかりしてるくせに、よく言うわ」 あたしは再びため息をつく。 ガウリイがソファーの肘掛けを越え、あたしの方に身を乗り出した。 いかにも無邪気な口調で言う。 「邪魔する気なんてないけどさ、リナが調べものやめたって言うんな ら………」 ガウリイの手が、あたしの二の腕のあたりをぐっと掴む。 耳元にくすぐるような囁きが聞こえる。 「………な? どーせ、他にする事なんてないんだし」 さっきまでのだらけた態度はどこへやら。 こいつはこうやって不意に大人の顔を見せる。 ぺちん。 あたしはそろそろと腰に伸びてきたガウリイの手をぺしっと弾いた。 「ひっでー」 ガウリイが手を振りながら、大仰に顔をしかめてみせる。 あたしはふんっとそっぽを向いた。 「それも去年と同じパターンよね」 「………リナが冷たい………」 ガウリイが何やらいじけた声を出した。 大きな図体で拗ねたって、あんまり可愛くはないんだってば。 まあ、大抵は。 あたしはちらりと横目でガウリイを見た。 ガウリイは、いじけたふりをしながら、こっそりこちらの様子をうかがってい た。 こいつはっっ。 あたしに怒鳴られる寸前、ぱっとガウリイはそのふりをやめた。 ───カンのいいヤツ───。 あたしに睨まれると、ガウリイは、白々しくあさっての方に視線をやった。 ………ま、たまには誤魔化されてやってもいいかもしれない。 今日は、一応、特別な日。 年に一度のお祭りの日だし。 あたしはガウリイから視線をそらした。 再び本を手に取ろうとしたあたしの背後から、再びガウリイの声が掛かる。 「オレが忘れてるってのはともかく………去年のことなんてよく覚えてるよ な、お前さん」 どこか苦笑しているような響きがそこにはあった。 「当然でしょ。あたしは天才美少女魔道士だもの。あんたと違って記憶力はあ るの」 あたしはそう言ってガウリイの方に背を向けた。 内心では、思いっきりガウリイを罵倒する。 ───この、くらげ───。 絶っ対に言ってなんかやるもんか。 覚えているも覚えてないも、去年、あたしとガウリイは、初めてこうやって冬 を過ごしたのだ。 単なる旅の仲間として過ごすのではない、特別な冬。 だから、あたしにとってそれは大切な記憶だった。 記憶力なんてないに等しいガウリイのことだから、全然、ちっとも覚えてるな んて期待はしてなかったけど。 多少、不機嫌になったっていいだろう。 あたしは断固として本の続きに取りかかった。 が、再びあたしは邪魔をされた。 つんつん、と執拗にあたしの髪が引っ張られる。 「何よ………」 苦い表情で振り向くと、驚くくらい近くにガウリイの顔があった。 穏やかな表情。 あたしが口に乗せようとした罵倒は、その表情を見ているうちに消えた。 ガウリイが更に顔を近づけてくる。 そして、ささやきが、あたしの耳元に届いた。 とても小さくて、とても暖かいささやきが。 あたしは今でも覚えている。 あたしは初めてその言葉を聞いた時のことを。 それを囁いてくれたときの、照れたようなガウリイの表情も。 「───それも、去年聞いた台詞よね───」 あたしは小さく呟いた。 「じゃ、言わない方がよかったか?」 にっこりとガウリイが無邪気な笑みを浮かべてみせる。 でも、その瞳に躍っている光は、どこか楽しげだ。 あたしはガウリイを軽く睨み付けた。 ガウリイの笑みが深くなる。 ───余裕じゃない───。 あたしは再び伸ばされてきたガウリイの手を、力一杯つねってやった。 思いきり顔をしかめたガウリイの、その耳元に口を寄せる。 「いいわ。特別に許したげる」 渋い声で告げたあたしを、にやっと笑ってガウリイが見た。 そして、そのまま、引き寄せられる。 「………ちょっと、ガウリイ」 あたしの制止はほとんど役に立たなかった。 ガウリイの顔が近づいてくる。 あーあ。 あたしはあきらめて瞳を閉ざした。 本の解読は、どうやら明日以降のことになりそうだった。 力の抜けた手から、落ちかかった本を、ガウリイの手が受け止める。 机の上に本が置かれた小さな物音が、最後にあたしの意識に残った。 |