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「遅いよ!どこで油売ってたんだい!」 出前を終え疲れ果てている千寿丸の背中に、養母の怒鳴り声が飛ぶ。 「お前はうちがお情けで養ってるんだ!今度油売りやがったら承知しないよ!」 「・・・はい。」 そう言って千寿丸は、自分の部屋に行って、やりかけていた宿題をやりはじめた。 部屋と言っても、4畳半の、物置のような部屋だ。この家の娘が幼い頃に過ごしていた部屋で、手狭になったからと今の日当たりのよい部屋に住んでいる。暗く、風通しの悪い部屋に籠もり、宿題をやることは千寿丸にとってはもう慣れていた。 机の上のランプを頼りに、千寿丸は英語の宿題を必死に解いていた。 彼には夢があった。 いつかこんな家を出て、英語の同時通訳者になって、阿じゃ梨様に「親孝行」をさせてあげよう。 いつか、いつかきっと・・・。 翌朝、千寿丸は机の上で目が覚めた。 どうやら英文を訳している途中で寝てしまったらしい。 千寿丸は慌てて残りの文を訳すと、今日の分の教科書を通学鞄に詰め込み、階段をそっと降りた。 「ねえ母さん、俺このあいだの塾の模試で1番だったんだよ。」 「聡(さとし)はいつも夜遅くまで勉強して、休みの日だって勉強しているからね。母さんの自慢の子だよ。」 「何よお母さん、私だってやればできるんだから。」 「美咲、お前は口ばかりじゃないか。バイトばっかりして。友達と遊んで・・お前は働いた方が大学に行くよりいいよ、全く。」 「おい母さん、美咲だって頑張ってるんだ。美咲、父さんは応援してるぞ。」 「あんたはいっつも美咲に甘いんだから。」 食卓に響く笑い声。 家族の団欒。 その中には、千寿丸はいつもいなかった。 千寿丸は、裏口から学校へと走っていった。 千寿丸が通う中学校は、なんの変哲もない公立中学校だ。 教師も、生徒も、死んだ魚のような目で毎日を生きている。 千寿丸が在籍している「3−A」は、将来の夢など持っていない生徒達の集まりだ。 クラスで、千寿丸は孤立した存在であった。 女子男子と複数のグループがあるこのクラスでは、単独行動をする千寿丸は異様な存在だった。 千寿丸は、自分の将来の希望のために、日々の努力を欠かさない。 この灰色一色のようなクラスで、千寿丸はひときわ輝いていた。 この日は、1学期に行われた模試の結果発表の日だった。 「松浦。」 千寿丸は静かに教壇へと向かった。 「また校内で1番だな。みんな松浦を見習うように。」 自分の席へと戻っていく千寿丸に、クラスメートの羨望と嫉妬の視線が突き刺さる。 放課後、店に帰ると、表が騒がしい。 何事かと千寿丸が正面の玄関から商店街に出ると、商店街の人々が口々に叫んでいた。 「立ち退きだなんて、冗談じゃないよ!」 「こっちは生活がかかってんだ!」 「ふざけんじゃないよ!!」 どうやら、この商店街は近々取り壊され、リゾート地となるらしいー近所の主婦の会話を千寿丸は聞きかじった。 八百屋や肉屋、魚屋、本屋ー古くからこの街で商いをしてきた人たちは、1人の男に抗議の声を上げていた。 黒髪で長身な男は、アルマーニかドルチェ・ガッパーナだろうかー高級そうなスーツを着こなして困惑気味に佇んでいた。 「皆さん、落ち着いてください。私は藤原コーポレーションの諸兄といいます。本日は皆さんにお話があって参りました・・」 「嘘つきやがれ、商店街を潰すつもりでいやがるんだろ!」 「あたしたちを追い出そうというのかい、この悪魔め!!」 住民の怒りはヒートアップし、今にも諸兄に殴りかからんばかりだ。 「わっ」 群衆に押され、千寿丸は諸兄の前に飛び出してしまった。 「お前は昨日の・・」 千寿丸と諸兄は互いに見つめ合った。 諸兄と千寿丸、思わぬ場所で再会。 次回からは、2人が恋人になるまでの過程を書いていこうと思います。 |