紅い華

第19章:いじめの嵐


作:千菊丸さん
 朝になっても、千寿丸は厨房の隅で蹲っていた。
 そこへ、花琴太夫がやって来た。
「千寿、あんたは嫌なことはせんでええ。うちがあんたを守ったげるし。」
 千寿丸は花琴太夫に連れられて、朝食の間へとやって来た。
「ここはな、禿が食事するところやねぇ。ええか、何言われても我慢するんえ。」
 そう言うと、花琴太夫は自分の部屋へと戻っていった。
 千寿丸が襖を開けると、そこには400人ほどの禿たちが食事をしていた。
 麗鶴楼では、禿の年齢によって、着物の色が選り分けられている。
 7〜9歳は赤、10〜12歳は紺色。
 さらに「新造」と呼ばれる陰間見習いは自分の好きな着物が着られる。
 禿達が冷たい目で千寿丸を見た。
 座るところがわからない千寿丸は、部屋の入口で立ちつくしていた。
「おい、こっちに来い。」
 紺色の着物を着た1人の禿が、千寿丸に手招きをした。
 千寿丸はその禿の隣に座った。
「俺は鳶若。」
「僕は千寿丸。昨日入ったばかりなんだ。」
「だから赤の着物を着てるのか。」
 麗鶴楼では新入りは赤の着物を着る決まりとなっている。千寿丸は紺色の着物の中で自分だけ赤の着物を着ていることが恥ずかしかった。
「僕は花琴太夫付きの禿だよ。君は?」
「俺は華蝶(かちょう)太夫付きの禿だよ。日本人とイギリス人のハーフの。花琴太夫か、いいなぁ〜、優しい人の禿になって。俺達の太夫は性格がキツイから、毎日泣かされてばかりだよ。」
 鳶若がふうとため息をついて言った。
 その時、首筋に強い視線を感じた。
 千寿丸が振り返ると、2人の禿が、何やらヒソヒソと話している。
「あの2人は?」
「ああ、2人は俺と同じ華蝶太夫付きの禿で、鶴若と亀若だよ。」
 鳶若が2人を紹介してくれた。千寿丸は2人に挨拶をしたが、どことなくぎこちなかった。
 数日後、千寿丸は宴の準備で忙しかった。
 その日は厨房に20人ほどの禿たちがいた。
 厨房と座敷を行ったり来たりと千寿丸があわただしく動いているのに、他の禿たちは全く動かない。それどころか、おしゃべりに花を咲かせている。
 千寿丸は最初は黙って働いていたが、いつになっても動かない禿たちに向かって言った。
「しゃべる暇があったら動いてよ。」
「なんだよ、新入りのくせに俺達に指図すんなよ。」
 鶴若が千寿丸につっかかった。
「俺が手伝うわ。」
 鳶若が千寿丸を助けた。
 結局、宴の最中に動いたのは千寿丸と鳶若だけだった。
 宴の一件を発端に、新入りの千寿丸に対するいじめが始まった。
 千寿丸の繕い物を破いたり、千寿丸の履き物を隠したり、座布団に針を入れたり、座敷に持っていく料理を間違って恥をかかせたりと、陰湿なものだった。
 千寿丸は禿たちのいじめには最初は無視したが、無視すればするほどいじめはひどくなっていく。
 食事の席で一人にしたり、連絡を回さなかったりなど、陰湿だったのがおおっぴらなものになった。
 それだけでは飽きたらず、千寿丸の睡眠中に大きな音を鳴らして起こしたり、千寿丸の布団にかみそりを入れたりなどした。
 やがて千寿丸はストレスから睡眠不足になり、大事な宴の最中に寝てしまったりなど、粗相を繰り返していた。
 千寿丸が粗相をするたびに、花琴太夫が千寿丸をかばった。
 また千寿丸がいじめられているとき、助けてくれたのも花琴太夫だった。
 鳶若も、何かと千寿丸を気にかけてくれた。

 そんなある日。
 麗鶴楼で盛大な宴が開かれた。この宴には世界のVIPなどが来る、大事な宴だった。
 千寿丸は粗相をしないようにと張り切っていた。
 客の酒を千寿丸が座敷に持っていこうとすると、どこから持ってきたのか、数脚の座椅子が通路を塞いでいた。
「もぉ〜、ちゃんと片しとけよ。」
 千寿丸はぶつくさ言いながら床に徳利を置き、座椅子を所定の場所へと戻し始めた。
 その時、鶴若が徳利をすり替えたことに、千寿丸は気づかなかった。
「お待たせしました。」
 何も知らない千寿丸は、すり替えられた徳利で客に酌をした。
 客が酒を飲んだ途端、むせた。
「お客様、どないしはったん?」
 慌てて花琴太夫が客の背中をさする。
「宴の席でウォッカを出すなんて、なんてやつだ!!」
(え?僕が持っていったのは日本酒・・)
 千寿丸は徳利の酒を少し舐めてみた。
 すると舌が焼ける感覚がした。
(まさか、あのとき・・)
 千寿丸はようやく、酒がすり替えられていたことに気づいた。
 その時、鶴若と目が合った。彼は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
 結局、花琴太夫が客が平謝りして事を収めたが、宴は台無しとなった。
「全く、どういうつもりね、お客様のお酒を間違えるやなんて!!」
 華蝶太夫は宴を台無しにされて千寿丸に怒鳴っていた。
「すいません・・」
「申し訳ございませんと言い!!」
「申し訳ございません・・」
「謝って済むかいな!ええか、さっきのお客様はここの常連はんなんやで!ここの評判が落ちたら、あんたのせいやからな!!」
「すいません・・」
 千寿丸は華蝶太夫に頭を下げながら、涙を必死にこらえていた。
 わざとやったわけではないのに。
「全く、ろくに仕事も覚えんと。役立たずのチビが、目障りでしゃぁないわ。」
 長い金髪を指に絡ませながら、華蝶太夫はとげとげしく言った。
 その後ろには、鶴若がにやにやと笑っていた。
「まぁ華蝶はん、千寿はわざとやったと違いますえ。許しておくれやす。」
「甘いな花琴、甘やかしとったらこの子にえらい恥かかされんで。だいたいあんた、躾が甘いとちゃうの?もっと厳しくせえへんと、この子がつけあがるだけや。」
 ズバズバと物を言う華蝶太夫に、花琴太夫は言われっぱなしだった。
 そこへ、鶴若がすり替えた徳利を隠して厨房へと持っていこうとした。
「鶴若、それはなんえ?」
 花琴太夫はめざとく鶴若をみつけた。
「ちょっと、お手水に・・」
「懐に隠してるのはなんや?」
「いえ、それは・・」
「見せよし。」
「大したものやないんで・・」
「いいから見せよし!!」
 花琴太夫が鶴若と揉み合っているうちに、徳利が畳に転がった。
「なんであんたが徳利を持ってるん?まさかあんた・・」
 鶴若は気まずそうに目を伏せた。
「こんのドアホ!しょうもないことすな!!」
 花琴太夫は事の真相を知り、鶴若を平手で打った。
「あんた、うちの禿に何しはんねん!!」
「やかまし!華蝶はんは黙ってておくれやす!!鶴若、千寿に恥かかそうと思うて、徳利をすり替えたんやろ!それ以外にも、あんた、千寿にいけずしはったやろ!正直に言うてみぃ!!」
 鶴若は普段は穏和な花琴太夫の余りの怒りように、恐怖で身がすくんでいた。
「お・・おれが徳利をすり替えました・・それ以外に千寿を困らせるために色々と意地悪を・・」
「鶴若、それはホンマか?」
 華蝶太夫が整えた眉をつり上げながら言った。
 花琴太夫が鶴若を突き飛ばした。
「うちはいけずしはる禿は嫌いや!鶴若、あんた今すぐここから出ていきよし!!」
 鶴若は泣き始めた。
「泣いて済むと思うてんのかいな、このスボケ、ドアホ!あんたはもう、うちの禿やあらへん!どっか行ってまえ!!」
 はじめは鶴若をかばっていた華蝶太夫だったが、事の真相を聞くと、鶴若に冷たく言い放った。
 鶴若は泣きじゃくりながら廊下を走っていった。
 翌朝、鶴若は荷物をまとめて親元へと帰っていった。
 それを機に、千寿丸のいじめは影を潜めていった。








新入りの禿・千寿丸は禿達からいじめを受ける。
どこの世界でもいじめはあるんですね。
まあ集団の中では必ずといっていいほどいじめはあると、私は思うんですが。
いじめといえば、昨日、『いじめという生き地獄ー少女ジョディの告白』(ジョディ・ブランコ著、ヴィレッジブックス)という、著者自らの実体験を書いた本を読みましたが、そこにはいじめで自殺する子の気持ちがわかるなぁと思うような残酷ないじめが書かれていました。
ジョディの場合は家族や友人、教師が支えてくれたので自殺はせずにすんだのですが、もし誰も支えてくれる人がいなくて、ひとりぼっちだったら、耐えられないでしょうね。
千寿丸の場合は花琴太夫が助けてくれたので、最悪の事態にはなりませんでした。

中1の時、クラスの男子がいじめられていました。
私はいじめの現場を目撃しながら、彼を助けてあげられなかった。
自分がいじめられるのがこわかったから。
だから見て見ぬ振りをした。
今でも後悔しています。
あのときのことを思い出すと、胸が苦しいです。
タイムマシンがあったら、今すぐにでも彼を助けてあげたい。

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