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波が荒れていた。 成田国際空港で拓尊に諸兄と引き離された千寿丸は、拓尊の自家用のクルーズで遊郭のある島に向かっていた。 「お前は儂からは逃げられぬ。」 波が時化っているので、船内は大きく横揺れする。千寿丸は慣れない船旅で体調を崩していた。 胸にかけた諸兄からもらったロザリオを握りしめ、諸兄に再会することを心に念じた。 やがて小さな島が見えてきた。 拓尊は国宝を運び出すかのように、千寿丸の体をそっと優しく抱き上げた。 「お前は大事な商品だからな。」 拓尊と千寿丸は拓尊の部下が手配した車に乗せられ、遊郭へと向かった。 遊郭「麗鶴楼(れいかくろう)」は、老舗の高級旅館といった建物で、趣があった。 紅い格子が1階にも2階にも毒々しくはめられている以外には。 2人が麗鶴楼の玄関に入ると、遊女や陰間が、怯えた顔で身を隠しながらちらちらと見ていた。 拓尊は2階の金箔の襖の前に立った。 「花琴(はなこと)太夫、花琴太夫はいるか!!」 乱暴に襖を開けながら拓尊が言った。 「そんなにうるそぅせんでも、うちはここにおりますよってに。」 鏡台の前で身支度を整えている15,6の少年が優雅に言った。 艶やかな黒髪を優雅に流し、雪のように白い肌を加賀友禅の打ち掛けを羽織っていた。 千寿丸は同性に初めてときめいてしまった。 「拓尊はん、その子新しく入ってきた子なん?」 少年はそう言うと、滑るように千寿丸の方に歩いてきた。 「新しく麗鶴楼に入った千寿丸だ。何かと世話をしてやってくれ。」 拓尊は千寿丸を少年の前に押し出すと、そう言って去っていった。 少年と千寿丸の、2人だけとなった。 「千寿丸です。初めまして。」 千寿丸は緊張しながら言った。 すると少年は、千寿丸に優しく微笑んだ。 「うちは花琴太夫。これからよろしゅうな。うちがあんたを守ってあげるさかいに。」 花琴太夫はそう言うと千寿丸の頭を撫でた。 千寿丸は、花琴太夫の元で禿(かむろ)として働くことになった。 夜になると、麗鶴楼は遊郭として賑わう。 千寿丸は花琴太夫の後ろについて座敷へと向かった。 座敷には、政財界の大物など、千寿丸が新聞やTVで見たことがある顔が座っていた。 「花琴太夫、今夜はいつにも増して美しい。」 口ひげがある老紳士が花琴太夫の手に口づけた。 「嫌やわぁ、渋岡様、お世辞がお上手どすねぇ。」 「お世辞ではないよ、君は本当に美しい。」 花琴太夫がこの場にいるだけで、座敷が華やいでいた。 「太夫、君の『黒髪』が見たいな。」 「へぇ」 地方(伴奏者)が呼ばれ、花琴太夫は優雅に『黒髪』を舞った。 宴もたけなわ、陰間達が客を自分の部屋へと引き連れてゆく。 千寿丸は何をしたらいいのかわからないので、座敷の隅で座っていた。 「君、初めて見る顔だねぇ。」 40代くらいの、グレーのスーツを着た男が、千寿丸に近づいてきた。 「僕といいことして遊ぼう。」 男はそう言うなり、千寿丸を奥の座敷へと連れて行こうとする。 「お客様、この子は今日入ったばかりなんどす。お相手はうちがしまっさかい、堪忍しとくれやす。」 「君が?いいね、楽しくやろう。」 男を引き連れて座敷を出るとき、花琴太夫と千寿丸の目が合った。 花琴太夫は千寿丸にウィンクした。 (僕を守ってくれたんだ) 千寿丸は、花琴太夫にお礼を言おうと、花琴太夫の部屋の前の襖に立った。 中から声がする。 千寿丸が襖の隙間から覗くと、花琴太夫が長い黒髪を振り乱し、着物の裾を捲くし上げて喘いでいた。 その後ろではさきほどの男が呻きながら激しく腰を振っていた。 千寿丸は初めて見るその光景を見て、襖を閉め、階段を駆け下り、厨房の隅で蹲った。 (とんでもない所に連れてこられた) 花琴太夫の喘ぎ声がまだ千寿丸の耳に焼き付いている。 (あんなことを、次は僕がされるかもしれない。) その夜は一晩中、千寿丸は厨房で蹲っていた。 拓尊によって諸兄と引き離された千寿丸は、遊郭で花琴太夫の元で働くことに。世話役の花琴太夫の情事を見て、千寿丸はその場から逃げ出す・・。 遊郭のことはあまり詳しくないので、想像で書きました。ちょっと変な部分があったりしますが、それは許してください。 新キャラ、花琴太夫は京都出身で、借金をした両親のために拓尊に売りに出されたという設定です。 「麗鶴楼」にとっては無くてはならない存在。 性格は穏やかで、千寿丸の身の危険が及んだときに、何かと助けてくれるいい人。 千寿丸にとって頼もしい味方になります。 次回は千寿丸が他の禿(かむろ)達からいじめを?!そして拓尊の野望が明らかに・・。 |