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老人は千寿丸に一歩一歩、迫っていった。 千寿丸はじりじりと後ずさりをしたが、壁にぶつかってしまった。 「儂の孫に何をした?」 腹の底から響き渡る大音声で老人が言った。 老人の顔には幾筋も血管が浮き上がり、紅潮し、まるで赤鬼のようである。 千寿丸は逃げだそうとした。 そこへ、連絡を聞いて駆けつけて来た諸兄が校長室のドアを蹴破って入ってきた。 ポマードで固めた髪は乱れ、ドルチェ・ガッパーナのスーツは所々に皺が寄り、鞄を振り回してドアの近くに立っていた妙宝丸の顔面に当たってしまった。 「あ、すまぬ。千寿丸、どうした?一体何があった?」 老人は諸兄に気づき、千寿丸から離れた。 「諸兄様・・申し訳ございません・・編入初日に廊下で喧嘩を・・」 そう言うと千寿丸はいままで堪えてきた涙を一気に流した。 たちまち諸兄のスーツは千寿丸の涙でずっしりとおもくなった。 「よしよし、泣きたいときは泣け。それから話を聞こう。」 諸兄は千寿丸をギュッと抱きしめた。 「失礼、あなたのお孫さんが、うちの千寿丸に何か?」 諸兄は千寿丸をしっかりと抱きしめながら拓尊に言った。 拓尊はゆらりと諸兄に歩み寄った。 「いえね、そちらの千寿丸君がうちの孫の鼻にパンチを喰らわせたとか・・」 千寿丸は泣きやみ、妙宝丸を睨みながら言った。 「諸兄様、あいつが諸兄様のことを少年狂いと中傷したから殴ったんです。」 諸兄の表情が険しくなった。 「それにあいつ、僕のことを藤原一族のコネを使って入った捨て子って・・僕はちゃんと編入試験に合格して入ったのに!」 諸兄は拓尊につかつかと歩み寄った。 「暴力を振るった千寿丸は悪いが、人を中傷するあなたのお孫さんの方がもっと悪い。お孫さんに人を中傷するのをやめるよう、教育の程、よろしくお願い致しますね!」 拓尊は気まずそうに黙っていた。 「千寿丸には私からしっかり言っておきますので、今回は処分はなさらないでください。この子は心根が優しい子で、暴力はまったく振るいませんので。」 自分を必死に擁護する諸兄に、千寿丸は胸が熱くなった。 諸兄は千寿丸とともに、校長室を後にした。 ところかわって拓尊邸ー 「お前の鼻にパンチを喰らわした千寿丸とやらはどんな奴だ?」 拓尊は酒を飲み干しながら、膝の上の可愛い孫に言った。 「あいつはね、孤児なんだって。なんでも赤ん坊の頃、養護施設の門前に捨てられてて、施設長が自分の手で育てたってさ。藤原の家に入る前は、商店街で食堂を営む夫婦の養子だったって・・」 拓尊にはその夫婦には心当たりがあった。先月大阪湾で一家心中をした。 「妙宝丸や、お前は千寿丸が憎いか?」 「憎い、とっても憎いよ!!あいつ前の中学校で校内1番の成績で、模試では上位に入ってたんだってさ。まあ、僕の敵にならないことは確かさ・・・」 拓尊にはもう、孫の声は聞こえなかった。 拓尊は千寿丸の瞳を思い出した。 怒りに満ちた、聡明な光を含んだ瞳。 あの少年が欲しい。 あの清らかな白い肌を、メチャクチャに汚してやりたい。 拓尊の企み、明らかに。 千寿丸を我が物にしようとする拓尊。 狡猾な手段を使ってでも千寿丸を自分の物にしそうだな・・。 自分の孫を使ってでも。 この小説の中では拓尊は妙宝丸が目を入れても痛くないほど可愛がるじぃさんという設定にしてみました。 悪役にもギャップが必要かなと思いまして。 |