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「でね、すごいせつなげに呼んでたのに、分かってなかったみたい。」 くすくす笑いながら言う。誰かに、聞いてもらいたかったから。 「へえ。とんでもねえ野郎だな。」 「まったくね。」 なじみのお客様。もう2月ぐらい前から、通ってきてくれる。話しやすくて、やさしくて。つかの間の幸せって、そう感じちゃったらその後が辛くなる事は分かっていたけど、この人が来てくれることはすごく嬉しかった。 「身代わりっていうのは分かってたんだけどね、あれだけ優しく抱かれると、ね。すごく、私も切なかったな。」 そう。ちょうど、あなたがするくらいやさしく扱われたの。そういうと、驚いたように私を見た後、彼は真っ赤になって、そっぽを向いた。...ちょっと可愛いかも。 「へえ、そうかい。」 あれ?もしかして...... 「ねえ、もしかして、拗ねてたりする?」 おおきく、ためいきをつかれた。 「あんなあ。」 「なぁに?」 「...他の男の話はすんなよな。」 .........そういえば、それ、注意されてたのに。 他のお客様のお話はしない事って。...つい、忘れてたかも。 「ったく。......だいたい本気で惚れた女がこんなところで働いているだけでも嫌なのに、さらに他の男の話をされた日には.........」 見つめる私に気がついたのか、彼は赤くなった。 「ありがと。」 私は一言だけ呟く。すごく、切なかった。だって、結局のところ、決まり文句。こんな世界での色恋沙汰には、本気になっちゃいけない。ここは一夜限りの夢なんだから。 「ありがと。私も好きだよ。」 だから、言葉を返す。どうせ見るなら、甘い夢をみましょ。 「.........だったら、おれと、一緒になってくれねえか?」 「?なってるじゃない。」 「いや、だから、そうじゃなくて......おれの妻になる気はねえかって、ことだよ。」 幸せにするから、と。 ......... 本気にしちゃいけないと分かってるけど、その一言は嬉しかった。 「ありがと。うん、なりたいな。」 いい夢をありがとう。そう思うから、満面の笑みで、答えてあげる。 なのに、彼は、怒った顔をする。突然、抱きしめられた。 「おれは、本気だ。おれの妻になってくれ。」 すごく、緊張しているのだろう。直に触れている肌越しに、それが伝わってくる。 「...本気にして、いいの?」 ぽつりと呟く。信じたかった。本当に?...信じても、意味はないのに。 「ああ。おれは、本気だ。」 何も言えなかった。私の閉じた瞳から、涙が、滴り落ちる。 「おい?」 彼が不安げに私を見る。 「無理だもん。」 彼の腕の中から脱け出し、私はベッドの上に起き上がった。 「私はこの娼館に売られたから。...借金があるの。私の意志で、自由になる事はできないの。」 うつむく。涙が、零れ落ちる。私のじゃない借金が私を縛り付ける。 「なら、お前を娼館から、買い取ってやる。そしたら、おれの妻になってくれるな?」 思わず、彼を見つめた。 「お前でなければ、嫌なんだ。」 恥ずかしいのか、私を抱きしめて、照れたように、でも真剣に彼はいう。 物語みたいな口説き文句。まさか、自分がいわれるとは、思わなかったな。私は、微笑む。営業用ではない。ここ何年もしてない、心の底からの笑顔。 健やかなる時も、病める時も、死が二人を、別つとも.........
Fin. |