探していた後ろ姿をその場所にみつけた紫苑は、そっと近づいて、声をかけた。
「何やってんだよ?」
ひとり、屋上で遠くを見つめていた純は、その声に振り返り、太陽を背にした紫苑の姿に眩しそうに眸を細める。
「別に……」
言葉はそっけないけれども、穏やかな口調に拒絶の色はない。
隣にならんでフェンスにもたれかかった紫苑は、覗き込むようにして純を見つめた。
「もしかして、楽屋、落ち着かない?」
曖昧さのカケラもないストレートな物言いに、純は苦笑する。
「そんなことないよ」
「ほんとに?」
「紫苑さんにウソついてどうすんだよ」
「ならいいけど」
紫苑の気遣いは全く見当違いだ。
成り行きでメンバーに加わった自分に対して、みんな快く接してくれている。
楽屋は純にとっては居心地が良すぎて、だからこそ、逆に戸惑ってしまうくらいだ。
だからこそ、彼等に甘えることなく、ひとりになってしっかりと自分と向きあいたかった。
今日は、純がバンドに加わってから、はじめての音楽番組の収録の日だった。
まったく緊張していないと言えば嘘になる。
地道にバンドとしての活動を続けてメジャーデビューまで駆け上った彼らと、その中にぽっと加わった自分と。
ましてや、ヴォーカルと言うセンターポジションで、果たして自分は違和感なく番組を乗り切ることが出来るのかと、考えた瞬間震えが走りそうな気がして。
そんな自分を奮い立たせるために、この場所に来た。
何かに挑もうとするかのように、まっすぐに前方を見据える純の横顔を静かに見つめる紫苑は知っている。
自分に気合を入れたいときに一人で空を見上げる純の儀式めいたこの行動を。
だから…………
「純」
「何?」
だから、エールを送ろう。
自分たちの夢に巻き込まれるような形で新しいスタートを切ることになった純のために。
自分にだけにしか送ることの出来ないエールを。
ふいに頭をなでられて、純が驚いたように眸を見開いた。
そのままわしゃわしゃと、お気に入りの犬をなでまわすようにやさしく髪を掻き回される。
「紫苑さん?」
意図するところがわからなくて動くに動けないと、困惑した視線を向ける純に、紫苑は笑って言った。
「純は純のままでいてくれていいから」
「紫苑さん……」
「俺たちにあわせようとか、うまくやろうなんて、考えなくていいよ。誰もそんなこと、望んでないと思うから」
紫苑の言葉がやさしく響く。
「……そうかな」
「ああ、そうさ」
良くも悪くも自分勝手。
そんなバンドだ。
だけど、最高に居心地のいい、かけがえのない場所。
それはずっと変わらない。
だから、案ずることも、臆することも、なにもないのだ。
まっすぐにぶつかっていけばいい。
何があっても受け止めてくる仲間がいる。
「そろそろみんなのところに戻ろう」
「はい!」
先を歩く、華奢な背中を見つめながら。
紫苑の触れた髪を指先で抓んだ純の貌には、極上の笑顔が浮かんでいた。
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