•  刹那の永遠
    〜純×紫苑〜 





     まるで、大切な大切な宝物を抱えこむように。
     背中からそっと回された腕の中に抱きしめられ、紫苑はキーボードを叩いていた指を止めた。
     モニターの画面に集中していた意識が一気に拡散し、仕事から日常に引き戻される。
     首筋に降りかかる吐息。
     布越しに伝わる体温がやさしく紫苑の背に重なっていく。
     それを心地よいと感じる瞬間が、紫苑は好きだった。
    「純?」
     その名を囁けば、回された腕に力がこもる。
     甘えるように紫苑の肩にもたれかかったまま、純はそのまま動こうとはしない。
     少し癖のあるやわらかな髪に指をさしいれながらなでるようにかきまわして、紫苑は静かな声で尋ねた。
    「何か、あったのか?」
     ピクリと。
     純の躯が小さく強張ったのが密着した部分から伝わってくる。
     その理由がわからず、何かまずいことを言ってしまったのだろうかと戸惑う紫苑に、純は溜息と言葉を飲み込んだ。
     抱きしめたいと思った。
     もっと近くで彼の体温を感じたいと。
     傍らの彼がとても愛おしくて、その躯に触れていたいと、そう思ったから腕をまわした。
     自分たちはそのことを許しあう関係にあるはずだ。
     それなのに………
    「理由が……必要ですか?」
    「―――――」
     少しだけ傷ついたような声で返されて、紫苑はようやく自分の失言に気づく。
     黙りこんでしまった純に、「悪い」と小さく頭を振った。
    「謝るトコじゃないです」
     口調からその表情が読めなかったことが、紫苑を少し不安にさせる。
     唇を開きかけたものの、紡ぐ言葉を捜しあぐねてしまった紫苑の肩口に顔を埋めたまま、純はまっすぐな想いを言の葉にのせる。
    「紫苑さんが好きだから……だから俺、ここにいます。好きだから、触れていたいと、そう思います」
    「純……」
    「それだけじゃダメなんですか?」
     もう一度謝謝罪の言葉を口にしそうになって、こみ上げた言葉を慌てて呑み込んだ紫苑は、声を出すかわりに純の腕にそっと触れた。
     その熱に促されるように、純が言葉を紡ぐ。
    「このまま……このまま一緒にいてください。ずっと、ずっと一緒に」
     あまりにも真摯なその言葉が、穏やかに凪いでいた紫苑の心を落ち着かなくざわめかせる。さざ波の上で揺れる木の葉のように、心もとない気持ちにさせられる。
     そうだな、と、素直に頷くことのできない自分が、少しだけ哀しくなった。
     いとも簡単に永遠を口にできるのは。
     そしてそれを無条件で信じられるのは。
     若さゆえの特権だと、紫苑は思う。
     純よりも少しだけ多くの時を重ねてきた自分は、永遠を望むことの怖さと虚しさを知ってしまっている。
     うたかたの夢。
     かつての物書きがうたった言葉の通り、人の心は移ろい、やがて命は消える。
     だから、信じることが出来ない。
     永遠の誓いを。
     すぐに言葉を返すことが出来ないままうつむいてしまった紫苑の前に立ち、純はその眸を覗き込むように膝をついた。
     そして、まるで紫苑の心に浮かんだ言葉を汲み取ったような言葉を紡ぐ。
    「俺を信じてください。俺、ずっと紫苑さんと一緒にいたいんです」
     曇りのないまっすぐな眸と引き結ばれた唇に宿る、深い想い。
     知らず、引き込まれてしまいそうになる。
    「そうだな……」
     俺も、と、ふわりと微笑んで頷いた紫苑に、ようやく安堵したような笑顔を浮かべた純は、まるで、何かの儀式であるかのようにうやうやしく唇を寄せ、吐息が触れ合うほどに近づけた唇を、そっと触れ合わせた。
     技巧も何も持ち合わせてはいない、幼い口吻け。
     けれども、ふわふわとした綿菓子のような甘さとくすぐったさを感じるのは……相手が純だからだ。
     だから、こんなにも心地よい。
     じわりと満ちる、この感覚を、なんと形容すれば良いのだろう?
     それは、微熱にも似た甘い酩酊感。
     震えながら願う、必死の想いが伝わってくる。
     刹那ならば信じられる。
     そして、刹那がつづけば、永遠になる。
    「ずっと、一緒だ……」
     口吻けの合間に囁き返すその言葉は、多分、こうあって欲しいと願う未来予想図。
    「ホントに?」
    「ああ、ホントだ」
    「どうしよう……すっげぇ嬉しい」
     満面の笑みの中で細められる、その誠実で純真な眸に捕らわれながら。
     彼のぬくもりに包まれているこの一時だけは、永遠を信じてみてもいい。
     そんな気がした。








     End