•  Whereabouts of the passion
    03







     口吻けは喉に降り、耳朶を噛み、鎖骨を舐める。
     たくし上げられたシャツの中に隠れていた乳首を舌先で転がされたとき、電流のように巡った言いようのない心もとなさと逃れようのない愉悦に、何故か泣きたくなった。
    「……っ――――」
     指先で辿り、舌先で舐め上げ、水音を立てながら純が俺の躯に触れていく。そうやって俺の躯を這っていた指先が器用にズボンを寛げ、取り出した半勃ちになったモノに躊躇いなく口吻ける。
    「んぁッ……」
     熱い吐息にすら感じて昇りつめようとしたその瞬間。
     渇いた蕾に触れられた指の感触に、甘やかな快楽に浸りきっていた俺は、一気に現実に引き戻された。
    「やっぱやだ!」
    「大丈夫だよ」
    「無理!」
    「どうして?」
    「だって……」
    「だって?」
    「怖ぇよ!」
     そんなところにそんなものが入るわけがないって言う恐怖。
     そうやって純と繋がることによって俺の中で何かが変わってしまうことに対する恐怖。
     なにより、断続的に俺を混乱させているのは、いままで味わったことのない未知の快楽に対する恐怖。
     自分でコントロールできない感覚に呑み込まれてしまうことが、たまらなく怖かった。
     逃れようと身を捩る俺の髪をなでながら、純は囁きつづける。
    「大丈夫。怖くない。俺がいるから。ずっとそばにいるから」
    「…………」
     口を開いたらみっともない言葉がこぼれ落ちてしまいそうで、必死で唇を噛み締める。
     馬鹿みたいに頭を振り続ける俺に、純はどこまでもやさしかった。
    「愛してるよ、紫苑さん。だから眸を開いて。ちゃんと俺を見て」
     反則だろう、と、言いたくなるような甘い囁きに誘われるように、俺はただ呆然と純を見上げていた。
     そんな俺の目尻にキスを一つ落としてにっこりと微笑んだ。
    「だから……いい?」
    「………」
    「ここ、触っても平気?」
     指先が、俺の窄まりの形に添うように押し付けられる。
     羽が触れるような、あまりにも軽やかな刺激に躯を震わせた俺は、微かに頷いた。
     それは、ほとんど反射的な反応だった。
    「ありがと」
     そんな俺の額に口吻けた純は、ジェルか何かで濡らした指先で入り口を揉み解していく。まるで、マッサージを施すかのような丁寧さで、その場所を撫で、窄まりを押し、探るように押し広げる。
    「――――!!」
     泣きたくなるような恥ずかしさを堪えながら、下肢から揺らめくように這い上がってくる喜悦の波に、翻弄される。自分でさえ見たことのないその場所を純の眸に晒し、そして触れられているという事実がかつて味わったことのない羞恥と昂揚を俺に与えていた。
     必死で頭を振ってその感覚をやり過ごそうとするのだけれども。
     丁寧な愛撫に次第に柔らかくなっていくその場所は、より過敏にうねるような快楽を生み出していく。
     あやすようなキスを俺の顔中に何度も何度も繰り返しながら頃合を見ていたらしい純の濡れた指先が、綻んだ蕾の入り口に押し当てられ、そのまま俺の中に潜り込んできた。
     押し広げられる感覚が、圧迫されるような苦痛を生む。
    「ぁッ……やだッ……」
     けれども。
     完全に勃ちあがったペニスが、そんな俺の言葉を完全に裏切っていた。
     反射的に締め付けてしまった俺を手と言葉であやしながら、指先が俺の内部にゆっくりと分け入ってくる。
     恐ろしく長いものを差し込まれたような感覚にゾワリと肌が粟立ったけれども、実際は人差し指一本分にすぎない。
     だが、俺にはもう、十分すぎるほどのシロモノだった。
    「痛い?」
    「気持ち悪い……」
    「大丈夫。すぐに気持ちよくなるよ」
    「嘘つけッ―――」
     ゆっくりと内部をかき回すように指を動かされ、羞恥と痛みで気絶しそうな俺は、必死で懇願していた。
    「抜いて……」
    「ダメ」
    「お願いだから……」
    「もう少し我慢して」
    「無理……」
     涙目になってしまっている俺の目尻にキスをして二本目の指が納められる。
     あまりの圧迫感に息をつめた俺は、本当にもう、死んでしまうと、半ば本気で思ったけれども。
     探るように内部を蠢いていた指がとある一点をついた瞬間、信じられないような快感が走り、俺の躯は大きく跳ねた。
    「――――ぁあっ!?」
     背が撓り、自分のものとは思えないような嬌声があがる。
    「ここだね」
    「や……」
     何がここなのかもわからないまま、俺の意識ははっきりいってぶっ飛んでしまった。
     内部で蠢く二本の指に執拗にその部分を擦り上げられ、クッと押し上げられた瞬間、俺は欲望を吐き出していた。
    「………っ――――」
     どくどくと。
     白濁した迸りが俺の下肢を濡らす。
    「ん、ん、ん………」
     今までのセックスでは味わったことがないような快感に恍惚としていた俺の息が整うのを見計らったかのようなタイミングで、ずるりと指を抜き取られた。
     襞が引きずり出されるかのような感触に、新たな震えが走る。
     俺のその部分はどんなふうになってしまっているのだろう?
     馬鹿みたいなことをぼんやりと思っていた俺の汗ばんだ額に口吻ける純の下肢が、痛いほど張りつめているのがわかる。
     俺の視線が何を凝視しているのかに気付いた純がからかうような表情を浮かべた。
    「……気になる?」
     気にならないわけがない。
    「入れるのかよ? ソレ………」
    「入れて欲しい?」
     口にするだけでも、相当の勇気が必要だった問いをぶつけた俺は、逆に問い返されて途方にくれてしまった。
    「―――――」
     男として。
     どう答えて欲しいのか、わかっている。
     けれども。
     やはり、男として。
     二つ返事で頷くこともできなかった。
     そんな俺の葛藤をきちんと汲み取ってくれているらしい純は、少し困ったような微笑を浮かべた。
    「大丈夫。いきなり最後までやっちゃうようなムチャはしないから」
     途端に込み上げたこの想いを、なんと表現すればよいのだろう?
    「……悪い」
     呟いた瞬間、涙が一粒、こぼれ落ちた。
    「何で謝るの?」
    「わかんない。けど……ごめん」
    「泣かないでよ。俺、いじめたみたいじゃん」
    「…………」
     黙って頭を振り続ける俺に、純はバツの悪そうな表情で言った。
    「悪いけど、ちょっとトイレ行って来ていい?」
    「―――ごめん」
     言った瞬間、ピン、と額を弾かれた。
    「謝んない。気持ち良かったでしょ?」
    「うん」
     これには素直に頷くことができた。
    「良かった」
     ―――――俺がどれだけ紫苑さんを好きか。どんなふうに好きか。
     伝わったよ、純。
     ちゃんと伝わった。
     決して自分の欲望だけを押し付けるようなことはせずに、大切に大切に扱ってくれた。
     俺の躯を気遣ってくれたのもすごくよくわかる。
     そのことが、ただひたすらに、嬉しくてたまらない。
     受け入れたいと思った。
     そんな純を、受け入れたいと。
     いまは、無理かもしれないけど、でも………
    「どうしたの? ぼんやりして」
    「うわっ」
     思案している間にトイレから戻ってきた純に、至近距離まで顔を寄せられて飛び上がった俺は、それでも、これだけはどうしても言わなければと言葉を搾り出す。
    「……その、んと、……次は……」
    「?」
     ボソボソと歯切れ悪く口ごもる俺の言葉を拾おうと、純が耳を寄せる。
    「次は、ちゃんとするから―――って、うわっ!!」
     まともに眸をあわせることができず、消え入るような声でなんとか呟いた俺は、その腕の中に抱きしめられて情けない声をあげた。
     真っ赤になった俺の耳元で、意地の悪い言葉が囁かれる。
    「ホントに? そんなこと言ったら、どんなに嫌がってもやめてあげないよ?」
    「やっぱ次の、次……?」
     そもそも、なんで俺が受ける側限定で話をしているのかということに疑問も持たず、へたれ全開で尻込みする俺に、純が笑い声をあげた。
     久しぶりに見る、年相応の笑顔に胸が痛む。
    「紫苑さん、大好き」
    「俺も。好きだよ、純」
    「―――――!!」
     今なら言える。掛け値なしの本音。
     あんなふうに、何かに追い詰められたような表情は、もう二度とさせたくはないと。
     心から思う。
    「大好きだよ、純……って、え? ちょっと……なんで――――」
     驚愕に見開かれた純の眸からポロリとこぼれた涙を目にした瞬間、俺は気付いてしまった。
     いままで純からたくさんの言葉をもらってきたけれども、俺は一度もそれに見合う言葉を返したことがなかったことに。
    「……ごめん」
    「だから、何で紫苑さんが謝るんだよ」
    「……うん。ごめん」
    「ばか…」
     泣き笑いを浮かべた純を抱きしめて、俺は鼻の奥にツンと込み上げる痛みに耐えた。
     随分と遠回りをしてしまったけれども。
     だからこそ、今のこの瞬間の至福を噛み締める。
     もう、迷わない。
     ここからが、俺たちのはじまり。







       End
    最後までお付き合いくださいましてありがとうございます。
    個人的にはもっといろいろ書きたいなぁ、と思う二人だったりします。
    他のメンバーも楽しく動いてくれそう(笑)


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