•  リーンカーネーション  
    〜賢斗×ルーク〜 




    「輪廻って信じる?」
    「いきなりどうしました?」
     西洋の血が半分入っているルークから出てきた思わぬ言葉に、賢斗が首を傾げる。
    「これ、友達に借りた本なんだけどさ。命がけの任務を受けた主人公が、『来世でまた会おう!』って恋人に言い残して死地に赴いていくんだよ。『生まれ変わっても絶対にキミを見つけるから』って」
     昨日からなにやら真剣に分厚い小説を読んでいたルークだったが、どうやらその展開がお気に召さなかったらしい。
    「そこ、号泣シーンらしいんだけど、なんかボク全然共感できないんだよね。だったら、まだ『あの世で待ってるよ』って言われた方が納得できるんだけど」
     あまりにも情緒のない展開に、賢斗は思わず呑んでいたコーヒーを吹き出しそうになった。
    「それは……物語としてはアウトじゃないっスか?」
    「そうかなぁ?」
    「売れないですよ、そんな本」
    「ちょっと! 何その言い方?」
     眦を釣り上げたルークがめんどくさく絡んできそうだったので、さりげなく話題を逸らす。
    「まぁ、俺に前世の記憶があったら、輪廻もありだと思いますけど」
    「あるの? そんな記憶」
    「ないですよ」
     この流れでなんでそうなる? と、眉間に皺を寄せる賢斗に、だよねぇ、という、ルークのあまりにもいまさらな応え。
     噛みあっているのかいないのか良くわからない会話はいつものことだ。
     それでうまくいっているのだから、自分たちはそれでいいのだろうと、賢斗は思う。
    「まぁ、輪廻とか、もし信じられたらロマンチックだな、とは思うけどね。でも、やっぱり今この瞬間がすべてだと思うんだ。キミの言う通り、今のボクたちに前世の記憶がない以上、死んじゃったらそこですべてが終わるんだよ」
     なにやら熱く語るルークに、賢斗はどこまでもクールに応じる。
    「小説世界ですよね? 受け止め方は自由なんだから、そういうもんだと思って読んでおけばいいんじゃないか」
    「そうなんだけどさぁ」
     まだ不服そうに言うルークに、賢斗がこう解釈する。
    「気休め、ってゆーか、心のよりどころなんじゃないですか?完全に死んでしまってもう二度と会えないって思うより、たとえ姿が変わっても、いつか、どこかで巡り会えるって思ってた方が、人間、ちょっとは救われるんですよ。きっと」
     綺麗にまとめた賢斗に、ルークが感心したように言った。
    「読んでないのに、ボクなんかより、よっぽどわかってるねぇ。………だったらさ。もしキミだったら、その状況でなんて言う?」
    「は? 知りませんよ」
     だいたい、そんな状況はありえないっスよ、と嫌そうに言う賢斗に、ルークは詰め寄った。
    「考えてよ」
     期待に満ちた眸で見つめられ、律儀な賢斗はうっかり言葉を考え込んでしまう。
     適当に無視しきれないのは、もう、性分としか言いようがない。
     暫し唸ったのち、真顔でこんな答えを導き出した。
    「俺だったら……」
    「キミだったら?」
    「来世でまた会おうって言うよりは、今この瞬間、おまえに会うために生まれて来たんだ、って言う方がよっぽどありだと思いますけど」
     ブラヴォー!と、喜色満面で手を叩いたルークは、勢いよく賢斗に抱きついて言った。
    「そっちの方がよっぽどグッとくるよ。賢斗! キミの書いた本、絶対売れるよ!」
    「ないですって! そもそも書かないし」
    「えぇ? ボク読んでみたいな」
    「ありえないっス」
    「じゃ、明日みんなにも聞いてみるよ。大絶賛だと思うんだけど」
     恐ろしいことをサラッと言ったルークに、賢斗は眦を吊り上げた。
    「どこのみんなっスか!?」
    「え? 職場?」
     ルークの職場は即ち、賢斗の職場だ。
    「余計なことは絶対に言わないでくださいよ!?」
    「どうしてさ」
    「俺が憤死します」
    「えーー!? そーゆー展開!? やめてよね」
     想像もしたくないよ、とブツブツ言うルークの唇に人差し指をあてがって、「だったら黙っててくださいね」と、念を押す。
     そんな賢斗の指の腹にチロリと舌を這わせたルークは、蠱惑的な微笑を浮かべて思わせぶりに口にする。
    「わかったよ。じゃあ、黙ってたらどんなご褒美くれるんだい?」
    「…………本気で言ってるんです?」
    「ボクはいつだって本気だよ」
     この、小悪魔め、と。
     28歳の男子を例えるにはどうかと思うような言葉を胸の内で呟いて。
     賢斗はおしゃべりな唇を塞ぐべく、吐息さえ奪うような熱烈なキスをした。




    End