「ねぇ、賢斗」
情後の少しかすれた艶っぽい声で甘えるように呼びかけられれば、誰だって悪い気はしない。
「なんですか?」
答えた俺の顔は緩んでにやついていたに違いない。
ところが………
「髪を洗ってくれないかい」
気だるげに躯を投げ出していたルークの唐突な要求。
そりゃあ、びっくりするだろう。
「髪?なんで俺が…」
「汗かいちゃってさ。なんだか気持悪いんだよね」
とりあえず、シュミレーションしてみる。
けれども、ルークの髪を洗っている自分の姿が想像できなかった………というより、ルークの意に沿うようにうまく洗える気がまったくしなかった俺は、その申し出をお断りすることにする。
「あとで自分で洗ってくださいよ」
するとルークは、肘で身体を支えて上体を起こすと、俺に聞かせるためだけにわざとらしい溜め息を落とした。
「冷たいねぇ、賢斗。誰のせいでこんなに消耗してると思ってるのさ。ボクはもう、指一本動かすのも億劫なんだよ」
「俺だけのせいですか?」
責任の一端は担ってもいい。
だけど、全面的に俺のせいにされるのは不本意だ。
俺だけががっついていたみたいで、なんだか悲しくなる。
そんな俺の思いは承知の上なのか。
「んー。どうかな?」
肯定も否定もせずに俺を見るルークの眸が、からかうように笑っている。
「…………」
「責任の所在はおいといてもさ。たまには甘やかしてくれてもいいんじゃないの?」
「それ、本気で言ってます?」
「モチロン本気だよ?」
嘯くルークに乗せられたわけでは決してないけれども。
結局俺は、仰せの通りにルークの髪を洗うハメになってしまった。
まぁ、わかっていたけどね。
この人の頼みを俺が断りきれるはずなんてないんだ。
力加減、泡加減は自分の髪を洗うような感じでいいんだろうけど、他人の髪を洗うなんて初めてのことだから、どうしていいのかわからない。
おっかなびっくりの手つきの俺に、もっとしっかり洗って、とか、もうちょっと右、とか、細かく注文が入る。
「ちょっと賢斗、泡立てすぎ」
「文句言わないでください」
「目が開けられないじゃない」
「あける必要がどこにあるんスか?あとすすぐだけなんだから、もうちょっとだけ瞑っててください」
「わかったよ」
口を噤んで下を向いたルークの髪を包む白い泡を洗い流してみれば、うなじに咲いた、小さな紅い花が妙に鮮やかに眸に写る。
それは、この人が俺の腕の中にいたという証。
こみ上げる内側からの熱に誘われるまま、その花の上に唇を押し当てて、きつく吸い上げた。
「ちょっと賢斗」
不意打ちに、ルークの躯がピクリと跳ね、非難めいた声があがる。
ちょっとした意趣返し。
これぐらいは許してくれてもいいだろう。
「がっちり痕がついたんじゃない?」
嫌そうにルークが零す。
「もともとついてましたよ」
「余計にタチが悪いじゃないか。誰かにからかわれるのはボクなんだよ?」
ルークの首にキスマークを見つけたところで、わざわざ囃したてるようなものはいまさらいない。
けれども……
「たまには主張させてください」
俺の存在を。
「まったく……。これじゃあ、いったいどっちが甘やかしてるのかわからないじゃないか」
呆れたような呟きが、まんざらでもなさそうなことに気づいていることは、ルークには内緒の話。
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